7月16日に選考会が開かれた第173回芥川賞・直木賞は27年半ぶり、史上6回目の両賞「該当作なし」となり、話題になりました。この前の回、2025年1月に発表された第172回では、直木賞に西南学院大学大学院(福岡市)で学ぶ鈴木結生さんの「ゲーテはすべてを言った」が選ばれ、福岡の街がお祝いムードに包まれたのは記憶に新しいところです。しかし、実は、西南学院から芥川賞や直木賞に選ばれたのは鈴木さんが4人目で、RKBラジオで2016年から約10年にわたって『イッツ・オンリー・ロックンロール』に出演している東山彰良さんも西南学院出身で、2015年に直木賞を受賞しています。7月18日放送のRKBラジオ『立川生志 金サイト』に出演した毎日新聞出版社長の山本修司さんは、西南学院出身の作家による芥川賞・直木賞の受賞についてコメントしました。
西南学院出身の芥川賞・直木賞作家たち
西南学院出身で芥川賞・直木賞を受賞した作家は、鈴木さん、東山さんのほか、「影裏(えいり)」で2015年に第157回芥川賞を受賞した沼田真佑さん、そして2012年に「蜩ノ記(ひぐらしのき)」で第146回直木賞(正確には直木三十五賞)を受賞した葉室麟さんの4人です。
葉室さんは残念ながら8年前、2017年に亡くなりました。ちょうどそのころ私は福岡で毎日新聞西部本社の編集局長を務めていて、特に親しかったわけではないのですが何度かお会いしたことがあり、訃報が入ってきたときには本当に驚きましたし、せめていい訃報記事を掲載しなければと思ったことをよく覚えています。
東京で開かれたお別れの会で東山さんが「葉室さんは作品に自身の美学や哲学を込めていました。それはどんなにぶざまでも、どんなに理解されなくても、正しいことは美しいのだという美学。その美しさがきっと、誰かを救うという信念の下に小説を書いていました」と語っておられまして、素晴らしい作家だったことがよく分かると思います。
作家は亡くなっても作品は残りますので、ぜひ葉室さんの作品に触れていただきたいと思います。
4人は必ずしも九州出身ではないのですが、鈴木さんは福島県郡山市の出身で、牧師の家庭の一人息子として生まれ、聖書を読んで育ちました。昨年、北九州市が主催する林芙美子文学賞で佳作を受賞しています。西南学院大学を卒業後大学院に進み、英文学の専攻ということです。
東山さんは台湾の台北で生まれ、9歳からは福岡に住んで、西南学院大学の大学院へ進んで、大学で中国語の非常勤講師も務めました。沼田さんは北海道小樽市生まれで、親の転勤で中学校から福岡市で育って福岡大学附属大濠高校、そして西南学院大学商学部を卒業しています。何か親しみがわきますね。葉室さんは北九州市の小倉生まれで、県立明善高校、西南学院大学を卒業していますので、この方は根っからの九州・福岡ということです。
「西南文学賞」構想と東山彰良さんの新刊
東山さんが2015年に直木賞を受賞した作品は台湾を舞台にした壮大な青春ミステリーの「流」でしたが、その後2018年に「僕が殺した人と僕を殺した人」、これは長いので「ぼくころ」と略すのですが、毎日新聞社が主催する織田作之助賞を受賞したときに、それを記念するトークイベントを西南学院のホールで開き、私が聞き手となったことから大変親しくなったのですが、そのときに「西南文学賞」という九州発の文学賞を創設したらどうかと思いついて本気で取り組んだことがありました。これが今日のテーマです。
大学でいえば、例えば「早稲田文学」という文芸雑誌がありますが、これは1891年(明治24年)に当時の東京専門学校文学科の坪内逍遥が創刊したもので、早稲田大学出身の作家がここからたくさん育ちました。また『三田文学』は1910年(明治43年)に慶應義塾幹事の石田新太郎が主導して、文学科教授だった森鴎外と協議して永井荷風を主幹に据えて創刊され、こちらでは慶應義塾大学の作家が育ったわけです。
ただ、早稲田や慶應と西南学院とでは学生数を含めて規模が違いますので、私は西南学院から4人もの芥川賞や直木賞の作家が出たことはすごいことだと考えたわけです。そこで「西南文学」という言葉を勝手に作って「西南文学賞」を創設して、九州から育つ作家の登竜門にできないものかと思ったのですが、大学側も積極的ではなかったこともあり、残念ながらこのアイデアは立ち消えになってしまいました。
RKB毎日放送の社長も西南学院出身ということですので、できていたらさぞ盛り上がっただろうと思うのですが、これは仕方がありません。
それはともかく、西南学院卒の4人はいずれも大変素晴らしい作家で、これは弊社の本を宣伝するわけではないのですが、東山さんが1年半にわたって毎日新聞夕刊で連載した「三毒狩り」という作品が、7月下旬に発行されます。
私は事件記者で、福岡勤務当時は編集局長という幹部だったことで対談する機会を得て作家である東山さんとお付き合いが始まったのですが、まさか出版社社長として東山さんの本を出すことになるとはこれまで想像したこともなく、ご縁を感じるばかりなのです。
この作品はどこからどうやってこんなストーリーを創作したのだろうと思うほど中国を舞台にした壮大な物語で、上下巻で長い小説なのですが、全く退屈などすることなく読み進められる面白さですので、是非読んでいただきたいと思っています。
若手作家への期待と「本」を支える人々
さて一番最近受賞した鈴木さんですが、私は受賞式に出席しました。鈴木さんが受賞のあいさつで、小説の執筆について「無限の可能性がある言葉を選び取り、一つ一つ置いていくと、殺りくマシンになったような気分になることもあります。あり得たかもしれない可能性すべてを肯定するような瞬間が訪れることを目指し、小説を書いています。ますます神に対して、祈ることに近づいています」と語ったのが大変印象的でした。
そして選考委員の川上未映子さんが、鈴木さんの作品について「現代における文学、言葉のあり方そのものを批評する見事な構造を持っています。何より心に残るのは、作品の持つ不思議な明るさ。私はこの作品を読むことで新しい希望に出会えたような気持ちでいます」と絶賛したのですね。まだ20代。今後に期待して注目していきたいと思っています。
ここまで西南学院出身の作家さんについて述べてきましたが、福岡には高樹のぶ子さん、村田喜代子さん、町田その子さんといった素晴らしい作家がたくさんいます。最近では対岸の山口県下関市在住ですが、北川透さんが「プリズン ブレイク 脱獄」という最新の詩集を出し、その本の装丁を村田喜代子さんの作品をはじめ多くの装丁を手掛ける福岡市在住の毛利一枝さんが担当し、本の中には毛利さん撮影の写真がちりばめられています。
西日本新聞で村田喜代子さんのエッセイに毛利さんの写真がコラボしているのですが、本当に才能のある方で、本というのは作家だけでなく、様々な人の力でできているものだと改めて気づかされます。毛利さんは私もよく知っているのですが、この方は筑紫女学院出身で西南学院ではないのですけれども、新著が出ましたのでご紹介しました。
ちょっと脱線しましたが、世の中にたくさんの本があふれる中、この番組のリスナーは福岡を中心とした人が多いと思われますので、今日紹介した西南学院卒というくくりで本を手に取ってみるのも面白いのではないでしょうか。ということで、今日は私が勝手に名付けた「西南文学」についてお話ししてみました。
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この記事を書いたひと

山本修司
1962年大分県別府市出身。86年に毎日新聞入社。東京本社社会部長・西部本社編集局長を経て、19年にはオリンピック・パラリンピック室長に就任。22年から西部本社代表、24年から毎日新聞出版・代表取締役社長。






















