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台湾「火遊び」の代償か?トランプ関税交渉の行方をウォッチャーが解説

飯田和郎

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7月28日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に、東アジア情勢に詳しい元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが出演し、26日に行われた台湾のリコール投票の結果と、それが今後のトランプ関税交渉に与える影響について解説しました。台湾が直面する外交交渉は、まさに「火遊びのツケ」となるかもしれません。

リコール投票の全否決が示した台湾有権者の意志

7月26日、台湾で行われた立法委員(国会議員)のリコール投票は、結果として対象となった最大野党・国民党の24人全員のリコールが否決されました。これは2週間前にこのコーナーでも取り上げた、立法委員を解職すべきというリコール請求で、与党・民進党支持の市民団体が「国民党議員は過度に中国へ接近している」と警戒し、民進党本体も関与して進められてきた動きでした。

頼清徳政権としては、リコール成立後に補欠選挙を実施し、現在の少数与党体制から脱却して、中国との関係においてより独自色を強めたいという目論見があったはずです。しかし、リコールが全て否決されたことで、その目論見は潰えました。

これは、台湾有権者が、頼清徳政権の乱暴とも稚拙とも思える手法に「ノー」を突き付けた、と捉えることができます。そして重要なのは、そんな台湾の現政権の動向を、北京だけでなくワシントンも注視しているという点です。これが今日のテーマである「トランプ関税」の話へと繋がります。

北京のマーケットに見る「交渉」と「駆け引き」

先週、大きなニュースとなったトランプ関税ですが、日本とアメリカ両政府は相互関税の税率を25%から15%に引き下げることで合意しました。8月1日の発動予定を前に決着しましたが、その評価は様々です。

このような「交渉ごと」を考えると、私は北京に駐在していた頃のことを思い出します。北京の中心部には、不思議なマーケットがありました。そこでは世界的なブランド品が売られていたのですが、大別して2種類ありました。一つは偽ブランド、いわゆるコピー商品。もう一つは、海外の有名メーカーが中国国内で製造した一流品そのもの、あるいは製品検査で小さなキズが見つかるなどした不合格品を不正に横流ししたものです。高級時計、衣服、バッグ、ゴルフクラブなど、何でも揃っていました。

値段は値札があるわけではなく、店番をしている店員との交渉、駆け引きで決まります。安く手に入れたつもりでも、同じものを中国人や他の国の人がもっと安く手に入れている、ということが日常茶飯事でした。私が満足して買って勤め先に戻り、現地の中国人スタッフに交渉の話をすると、「なんでそんな高い値段で買ったんだ。私ならその半額で手に入れていた」と呆れられたものです。日本人は概して、このような駆け引きが得意ではないかもしれません。

各国の関税交渉と安全保障の要素

話をトランプ関税に戻しましょう。日本と同様にアメリカとの関税交渉を終えたアジアの国々を見てみると、ベトナムは当初の46%から20%に、インドネシアは32%から19%にそれぞれ引き下げられました。そして、フィリピンは7月22日、マルコス大統領がワシントンを訪問した後、20%の予定だった関税がインドネシアと同じく19%で決着しました。下げ幅や最終的な関税率は各国で異なります。

今後、注目したいのはどこか。貿易大国といえば中国ですが、米中双方で現在交渉中であり、うまくまとまらなければ、アメリカは中国に54%、中国はアメリカに34%という高い関税を発動させることになります。これは世界の経済を大きく揺るがす事態となるでしょう。そして、中国と同じように、日本から近く、まだ交渉がまとまっていないのが韓国と台湾です。

アメリカとフィリピンの首脳会談では、両国の同盟関係を確認し、安全保障協力をさらに強化することを約束しました。具体的には、アメリカ軍がフィリピンの基地の使用を拡大していくことです。これは南シナ海で海洋軍事力を強める中国を牽制する狙いですが、安全保障問題がトランプ関税の交渉において重要な要素になっているのは、韓国、そして台湾も同様です。

韓国、そして台湾に残された交渉の課題

韓国も日本と同様、閣僚をワシントンに送り込んで交渉を続けています。6月6月に就任した韓国の李在明大統領はまだ、トランプ大統領と会談を行っていません。韓国にとって最大の輸出商品は自動車で、8月1日から予定される25%の関税を日本同様に15%に下げられるかどうかが目安になるでしょう。一方で、韓国の政権が北朝鮮にどのような姿勢で向き合うか、米韓同盟をどのように位置付けるかも、関税交渉妥結に向けた大きな要素となるはずです。

もっと厄介なのが台湾です。台湾は行政院副院長(副首相に相当)をワシントンへ派遣し、アメリカ側と4回目の交渉に当たっています。トランプ大統領からは「32%にする」と通告された関税を、どこまで引き下げられるかが焦点です。

台湾はまだ妥結に至っていませんが、冒頭で触れたリコール投票、そして頼清徳政権側の目論見が失敗したことと、この交渉は関係してくると思います。対象となった24人の議員全員のリコール不成立は、台湾の政権にとって大打撃です。一方、中国側は台湾に対して、ハード、ソフトの両面で様々な攻勢を強めていくのではないでしょうか。弱り目の頼清徳政権にとって、これまで以上に頼りにする相手は、やはりアメリカということになるでしょう。

ディールと安全保障、複雑に絡み合う要素

トランプ政権も台湾政治の混乱を注視し、それを「取引(ディール)」の材料にする可能性もあるでしょう。頼清徳総統は7月23日、関税に関する対米交渉について、「互いにメリットがあり、また互いを補完し合えること。これが交渉の原則だ」と語っています。

しかし、トランプ政権は関税交渉において、台湾サイドにさらなる譲歩を突き付けていくようにも思えます。関税率そのものだけではなく、アメリカからの農産品のさらなる市場開放、またアメリカ製の武器の購入とリンクする可能性もあります。

このように考えると、様々な事象が互いに結びついていくことが分かります。安全保障という要素が、貿易交渉に強く影響を与えているのです。交渉によって関税は当初提示された課税率から引き下げられるとはいえ、どの国も対米輸出関税はこれまでより大幅に引き上げられることになります。

タイムリミットの8月1日が迫っています。北京のマーケットのように、交渉や駆け引きによって得したと感じるのか、それとも交渉の甲斐なく損をしたと実感してしまうのか。まだ妥結していない韓国や台湾がしたたかに振る舞えるのか、様々な要素と絡むだけに、そのような視点からも注目していきたいと思います。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。