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急接近する中国とインド、その陰の功労者は誰か?

飯田和郎

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9月1日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に、東アジア情勢に詳しい元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが出演。中国・天津で開催されている上海協力機構の首脳会議をテーマに、急接近する中国とインドの関係、そしてその背景にある国際政治の思惑について解説しました。

プーチン大統領も安全な「上海協力機構」

8月31日から、中国の天津で地域協力組織「上海協力機構」の首脳会議が開催されています。2001年に中国主導で発足したこの多国間協力の枠組みには、ホスト役の習近平主席に加え、ロシアのプーチン大統領やインドのモディ首相らが出席しています。

プーチン大統領は8月15日の米ロ首脳会談に続く外遊となりました。ウクライナ侵攻を理由に国際刑事裁判所(ICC)から「戦争犯罪人」に認定され、加盟国には逮捕義務がありますが、中国はアメリカと同様にICCに加盟していないため、プーチン大統領にとって安全な訪問先です。また、プーチン氏と北朝鮮の金正恩総書記は、9月3日に北京の天安門広場で開催される「抗日戦争勝利80周年記念式典」にも出席し、習近平主席と並び立つ予定です。

7年ぶりの訪中、急接近の背景

プーチン大統領とともに、この首脳会議で注目すべきはインドのモディ首相です。モディ首相は今回の訪中に先立ち、先週は日本を訪れ、石破茂総理との日印首脳会談で安全保障や経済、人的交流など幅広い分野での協力を確認したばかりです。

日本とインドは、アメリカ、オーストラリアを加えた4か国協力の枠組み「Quad(クアッド)」を通じて、中国の海洋進出を念頭に置いた安全保障協力を進めてきました。しかし、一方でインドは、このところ中国との接近を進めています。モディ首相の訪中は実に7年ぶりで、習近平氏と個別会談も行われる予定です。

インドと中国は、国境を接する地での領土問題や、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世のインド亡命をめぐる問題などで長年対立してきました。近年では2020年6月に、中国軍とインド軍が係争地で衝突し、死者も出ました。さらに、中国がインドの隣国パキスタンを支援するという複雑な構図も存在します。では、なぜこの二国が急接近しているのでしょうか。

トランプ関税が皮肉にも両国を結びつけた

インドと中国が接近した背景には、皮肉にもアメリカのトランプ大統領がいます。

トランプ政権は、日本や韓国に15%の追加関税を課しましたが、インドには当初、それを上回る25%の追加関税を課しました。これだけでもインドは態度を硬化させていましたが、先週27日には、一部のインド製品に対し、さらに25%上乗せした50%の関税を発動しました。アジアで最も高い関税です。

トランプ政権の言い分は、インドがウクライナ侵攻を続けるロシアから安価な原油の輸入を急増させ、ロシアの財政を支えているというものです。また、そのロシア産原油を加工した石油精製品をヨーロッパなどに輸出し、稼いでいることも非難しています。

アメリカとインドの関係がぎくしゃくすることで、中国はチャンスと見てインドに接近しています。対立してきた国境の緊張を緩和させるメリットがあるからです。

ロシアの老獪な外交手腕

実は、中国とインドの接近にはロシアも一役買っています。

5年ぶりとなる習近平主席とモディ首相の個別会談が、昨年10月にロシア国内で開催されたBRICSの首脳会議を利用して実現しました。中国とインドは国境問題などで対立してきたものの、それぞれがロシアと伝統的に友好関係を保っています。両国とも、主催国ロシアのメンツを傷つけるわけにはいきません。中国とインドの会談を取り持ったのがロシアだと考えれば、そこからはプーチン大統領のしたたかさが浮かび上がってきます。

インドにとって、中国との関係改善や関係強化は、今後アメリカと交渉していく上で強力なカードになります。そもそもアメリカや日本は、急速に力をつける中国をけん制するためにインドに近づいてきた経緯があります。その努力を重ねてきたのに、中国とインドの関係が良くなれば、これまでの戦略や努力が損なわれることになります。

さらに、ロシアも制裁によってだぶついた原油を売ってきたことで、中国やインドに「貸し」を作ることになり、自国に対する国際的非難をかわすことにも繋がります。ロシアにとってのメリットも非常に大きいのです。

複雑に絡み合う国際政治の駆け引き

トランプ大統領が各国に課した追加関税は、国際社会のパワーバランスにおいて、そのデメリットは小さくありません。

中国・天津で開かれている上海協力機構の首脳会議を、こんな図式で見ることはできないでしょうか。首脳会談を前に、同床異夢ながらにこやかに握手する中国の習近平主席とインドのモディ首相。そして、その握手の様子を会場の陰から見つめてほくそ笑むロシアのプーチン大統領。そんな様子が目に浮かびます。

日本も、モディ首相を招き、インドとの関係強化を図ったからといって、安心ばかりしていられないでしょう。国際政治のプレーヤーは、みな、老獪でしたたかです。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。