「放送まで10秒前」。ディレクターの声に全身が固まる。8月、プロ野球ホークスのテレビ実況デビュー日のことだ。入社後、ラジオ実況で経験を積み2年。ようやくつかんだ「プロ野球のテレビ実況中継」という舞台だった。
実際にマイクに向かうと、想定外の展開が待っていた。ホークスが前半でまさかの7失点。予想していなかった展開に、頭の中が真っ白になった。「何と言うべきか」。一瞬、声を失ったのだ。
実況担当者にとって、時に沈黙は恐怖となる。緊張に加え、言葉を探す焦りが追い打ちをかける。その時だ。先輩の「中継に想定内などない」という一言が浮かんだ。目の前の事実を伝えるしかない。その覚悟が、不安に揺れる心を落ち着かせてくれた。
この日のために私は今季の試合を全て録画。繰り返し視聴し、間合いや言葉を体に染み込ませた。先輩の実況癖まで覚えてしまったほどだ。
中継は瞬く間に終わり、安堵と後悔がないまぜの感情だった。解説者へのふり、試合の流れの整理など課題ばかりが浮かんだ。それでも先輩は「よく頑張った」と私に声をかけてくれた。一球に心を込める選手のように、私も一言に心を宿す。ホークスの躍進にならい、今後も実況者としての歩みを進めたい。
9月27日(土)毎日新聞掲載
この記事はいかがでしたか?
リアクションで支援しよう


















