東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、11月10日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し、滞在先の台湾で実感した高市早苗総理への高い関心と、その背景にある台湾の複雑なアイデンティティ問題、そして中国の圧力について解説しました。
台湾で聞く「アンベイの再来」
私はいま、大学の海外交流事業で台湾を訪れています。現地の研究者や毎日新聞特派員時の旧友らと話す中で、誰もが口にする名前に驚かされました。それは、中国語で「ガオシー・ザオミャオ」、すなわち高市早苗総理のことです。就任したばかりの日本の新総理に対し、台湾では日本に劣らない「高市人気」が巻き起こっているのです。
台湾の人々が高市総理に熱い視線を送る最大の理由は、高市総理が台湾との親密な関係を公言してきた点にあります。特に先日、韓国で開かれたAPEC首脳会議において、高市総理がAPEC台湾代表である林信義氏と25分間にわたり会談したことが大きく評価されました。
高市総理は会談後、その様子を写真と共にSNSに投稿し、「台湾は緊密な経済関係と人的往来を有する極めて重要なパートナーで、大切な友人だ」と述べています。
中国の強い反発と「安倍路線」への期待
この高市総理の行動に対し、中国側の反応は厳しいものでした。中国外務省は、
「会談してSNSで声高に宣伝したのは、台湾独立勢力に重大にして、誤ったシグナルを送るものだ。その影響は極めて悪辣だ」
と述べ、日本側に「厳重な申し入れと強烈な抗議」を行ったといいます。台湾代表は昨年のAPECでも当時の石破茂首相と会談しましたが、中国側は型どおりの抗議に留まっていました。今回の強い反応は、中国に「高市総理は台湾に近いから」という強い警戒があることを示しています。
一方、台湾側では、この中国側の反発にも屈しない高市総理の姿勢が、「中国に毅然とした態度を取っている。明快だ」と映っています。私が台湾で聞いた「高市評」の中には、「高市はアンベイと同じだ」「アンベイの再来だ」という言葉もありました。「アンベイ」とは、中国語読みの安倍晋三元総理のことです。祖父の岸信介元総理以来、台湾と近しい関係にあった安倍元総理を「政治の師」と仰ぐ高市総理は、台湾から見れば「安倍路線を踏襲する、頼れるリーダー」として期待されているのです。
「台湾復帰記念日」制定で高まる拒否反応
高市総理誕生と同じ時期に、中国側も台湾への圧力を強化しています。10月25日、中国は「台湾復帰記念日」を制定し、北京で記念式典を開きました。これは、戦前の日本による台湾統治が終わって80年となるのを記念したものです。
中国共産党の首脳は、「両岸(中台)の同胞を団結させ、中華民族の偉大な復興をともに作り上げる」と、中台統一への機運を高めようとしました。しかし、台湾当局は即日、「中国共産党は一日たりとも、台湾を統治したことはないではないか」と強く反論しています。
確かに、台湾は日清戦争後に日本に割譲され、第二次大戦敗戦後の1945年に接収したのは中国国民党(中華民国)であり、そこには中国共産党は存在していません。習近平政権がこのような記念日を定めることで統一への機運を高めようとしても、台湾に根強い拒否反応があることは、台湾滞在中の私にもよくわかります。
「自分は何者なのか?」台湾の根深い問い
台湾では、ことあるごとに「自分はいったい、何者なのか?」と自己への問いかけが繰り返されます。
世論調査を見ても、「自分は中国人ではない。台湾人だ」と自己認識する人は、台湾全体の6割を超えます。10月1日に最大野党・国民党の新しい主席に就任した鄭麗文氏がは私は中国人だ」と公言するくらい、中国と近しいスタンスを取る人物ですが、こうした考えを持つ人は台湾の中では少数派です。
日本の支配が終わってから80年が経過した今でも、植民地のもとで日本人として育ったお年寄りの多くは、「我々はあの戦争で、日本人として負けたのか? それとも中華民国の一員として勝ったのか?」と自問自答しています。これが戦後80年=2025年の台湾の断面でもあります。
台湾への中国の圧力が強まる一方で、アメリカのトランプ政権の対中・対台湾政策も明確ではありません。頼清徳総統の支持率も高くない中、台湾は外交的に、「ガオシー・ザオミャオ」(高市早苗総理)に期待を寄せているわけです。
高市政権の周辺外交は、本来の保守強硬派の主張が薄まり、滑り出し上々と言えますが、その成り行きを見つめる目は、ここ台湾にもあります。福岡へ戻るフライトまでの残り半日、台北の街で、この期待の熱さを改めて確かめたいと思います。
この記事はいかがでしたか?
リアクションで支援しよう
この記事を書いたひと

飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。






















