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消えたクルーズ船「アドラ・マジックシティ」と中国の国家威信の行方

飯田和郎

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東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、2月16日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演。あす17日に旧正月(春節)を迎える中華社会を前に、日中関係の冷却化がもたらした「博多港から消えた国産大型クルーズ船」という異変から、中国の国家戦略と現場の窮状を読み解きました。

春節の博多港に漂う異例の静けさ

中国や台湾など中華社会はあす17日、旧正月=春節を迎える。例年なら、中国本土から多くの中国人インバウンドが福岡、そして九州各地でにぎわうはず。それが日中関係の冷却化によって、今年は大きく減っている。その中国人インバウンドを、私は、中国の「ある国家戦略」と関係づけて分析します。

台湾有事を巡る高市総理の発言を端緒に、中国は自国民に、日本への渡航自粛を強く要請しました。この春節で、3か月が経過します。

渡航といえば、交通手段。福岡空港と中国本土各地を結ぶ空の便は運休、運休が相次ぎ、現在は週25便と、関係冷却化前の半分以下になっています。日本の航空会社は福岡から中国へ便を出していないため、これはすべて中国の航空各社です。

彼らは「機材繰り」が欠航の理由=つまり、飛ばす飛行機がさまざまな理由で、「足りない」と説明していますが、そのまま信じる人は、日本にも、中国にもいないでしょう。

さて今回、私が取り上げるのは、飛行機ではなく、もう一つの輸送手段=クルーズ船について。空の便以上に「日中関係のいま」を鮮明に映し出しているのが、博多港のふ頭から姿を消した、ある「巨大な船」の存在です。

習主席の号令で誕生した「海をゆく巨大ホテル」

クルーズ船は朝、博多港に着いて、夜に出航します。乗船客は原則として、福岡では宿泊せず、いわば「日帰り」。その日一日だけの観光やショッピングを楽しむのです。中国人の間でも豪華客船の旅は人気を集めてきました。

「我々の手で我々のクルーズ船を建造しなければならない」

中国が誇る造船力と聞けば、自分たちで製造した航空母艦がまず思い浮かびますが、海洋進出の象徴は、空母だけではありません。習主席は「中国人の手で、国産のクルーズ船を製造せよ」と命じたのです。これは2013年4月、ベトナムに近い、中国屈指のリゾート地・海南島を視察した際に発したものです。まさにリゾート地にふさわしい指示だったといえます。

それから10年が経過した2024年1月、中国初の国産大型クルーズ船「アドラ・マジックシティ」が営業航海を開始しました。古代王朝の時代からスケールを力の象徴としてきた中国らしく、とにかく巨大です。

全長324メートル、、総トン数13万5500トン。比較する例を挙げると、北九州・新門司と関西を結ぶ阪九フェリーや名門大洋フェリーの最大級の船が1万5000トンから1万6000トンクラス。見慣れたフェリーに比べ、この「アドラ・マジックシティ」は総トン数にして約12倍のスケールです。

クルーズ船に限れば、三菱重工長崎造船所で生まれた「ダイヤモンド・プリンセス」が有名ですが、これでも「アドラ・マジックシティ」より、ひと回り小さい11万5875トンです。

乗客定員は5200人、乗員は1500人。そして2000以上の客室を有し、26のレストランやバーがあります。総工費は現在のレートで、約1200億円。「海をゆく巨大リゾートホテル」と言った感じです。

「日本外し」という名の国家戦略

この船の拠点は上海。所有する中国の運航会社が打ち出した寄港地の“日本外し”は、船の建造同様、トップ=習主席の意向に沿った決定です。さきほども説明したように、2024年1月が初航海ですが、そのときさっそく博多港にやってきました。その年は博多来港が45回、翌2025年は53回を数え、多い時は同じ週に複数回やってきました。

それが、高市発言後、入港キャンセルが相次ぎ、最後に寄港したのは昨年12月15日。そして、春節の大型連休を前に、中国外務省は中国国民に対して、改めてこう呼びかけました。

「日本では社会不安が高まり、中国人を標的とした犯罪が急増している」

しかし、その主張は事実と異なります。実際には日本国内で中国人が被害に遭った凶悪犯罪件数は近年、減少傾向にあります。当然、日本政府は「そうじゃない」と反論しています。

中国が言う「社会不安」の一つに、日本で頻発した地震も理由に挙げていました。中国側の言い分はともかく、航空機の何十倍の客を一度に運ぶクリーズ船の方がある意味、見た目にインパクトは大きい、日本へ与えようとするダメージが大なのかもしれません。

さらに数字を挙げます。昨年2025年1年間の訪日中国人客は909万人。前年比3割増でしたが、12月に限ると、前年同月に比べ45%に急減しました。また日本百貨店協会によると、昨年12月の全国百貨店の中国人客数と売上高は前年同月比でいずれも4割減りました。

翻弄される「身内」の中国人経営者たち

ただ、私には習近平指導部は一つの視点が欠けているように思えます。中国からのクルーズ船が博多港にやって来ないこと、中国からの飛行機が飛んで来ないことで、ダメージを受けているのは、観光関連に従事する日本人だけではありません。上陸した同胞を相手にビジネス展開する中国人経営者が実は大きなダメージを受けつつあるのです。

先ほど紹介したクルーズ船から下りた「日帰り」の団体客を運んできた観光バス会社は、九州在住の中国人が経営するケースもあります。彼らは稼働しない車両の処分を検討し始めたと聞きます。日本製品をそろえた中国系免税店は、コロナ禍が終わって、やっと息を吹き返したものの、また苦境にあります。

彼らの中には九州という地方にビジネスチャンスを求めた若手・中堅経営者が多くいます。母国からの思わぬ“仕打ち”を受けているわけです。そして、この船の運営会社も、中国人が好む日本へ、博多へ寄港できず、ビジネス上、大きな影響を受けているでしょう。

繰り返しになりますが、「アドラ・マジックシティ」は習近平氏の号令の下、国家の威信を示そうと誕生した大型船です。日本を含む外国を巡って、本来なら、中国の造船の実力を見せつけたいはずです。

その「アドラ・マジックシティ」が、次にいつ博多港に寄港するのか、私は市の担当者に電話で尋ねてみました。その答えは「1件、寄港の予約があったが、それも取り消された。3月末までは博多へ来る予定はありません」といものでした。これも今日の日中関係を映し出す数字といえます。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。