福津市で17代目となる農家「くわの農園」を営む夫婦がいる。桒野真光(くわの・まさみつ)さんと妻の由美さんだ。最初の出会いは25年以上前のことだったと思うが、僕が働いていた青果卸売会社に、由美さんから一通のメールがきた。
「加工用のキャベツを栽培しているのですが、契約できませんか?」ということだった。
調べてみると自社のホームページも開設していて栽培している作物や風景を写真や文字を使って発信されていた。会って話してみたところホームページの作成も更新も由美さん自身で行っているということだった。当時はまだインターネット環境をそろえるのは手間もコストもかかる時代だったのに、個人農家でここまでやるのはすごいな、と感心したことを覚えている。
数年間キャベツの取引をさせてもらったが、その後も由美さんはホームページ、ブログ、SNSを積極的に活用し自社のPRだけでなく、農業の現状を発信してきている。その効果もあるのか、テレビやラジオ、雑誌などにも頻繁に登場するようになり僕もその活躍ぶりを目にしていた。
今回、「UMAGA」において僕の記事は、飲食店の現場だけではなく、もっと川上の生産現場にも切り込んでみようということになりました。令和の米騒動という身近な社会問題もあり第1回目は、福津市で米や野菜作りをしている「くわの農園」の桒野由美さんに日本農業の現状と“稼げる農業”へ向けての戦略について聞いてみることにした。
くわの農園について
― お久しぶりです。お元気でしたか?
由美さん はい、いろいろ大変ですがなんとかやってます。「くわの農園」での私の肩書は“はぴバイザー”(「HAPPY+アドバイザー」の造語)なんです。農業を通してみんなを幸せにしたい、という気持ちで相変わらず明るく元気に頑張ってます。
― なるほど、由美さんにぴったりの肩書ですね。それでは改めて「くわの農園」が取り組まれている農業の内容について教えてください。
由美さん 夫の真光が義父から後を継いだのが1998年ですが先祖から数えると17代目になります。代々この場所でみかん・米農家として長年生計を立てていたそうなのですが、義父がキャベツやいちごへの取り組みも始めました。現在は、米6町(60,000㎡)、キャベツ6町(60,000㎡)、ハウスいちご3反(約3,000㎡)、それに唐辛子やにんにくなどの小物野菜を合わせると13.8町(138,000㎡)の耕作面積で経営しています。
― 17代目なのですね。ということは江戸時代から?
由美さん それが初代はいつからという資料は残ってないのです。とりあえず今打ち合わせしているこの倉庫は100年以上前に建てられたもので、庭にある蔵はもっと古いと思います。
― 従業員はご家族だけですか?
由美さん 私たち夫婦と息子、それにパートタイムで働いてくれているスタッフさんが5人です。
― 息子さんも就農されたのですね。
由美さん そうなのです。大学3年の時にコロナ禍になって、周りの友達も内定取り消しになる人も多く就職が大変だったのです。だったらこの際一緒に農業やるか、となりました。小さい頃から農作業の手伝いはしてくれていたのですんなり仕事には入れましたね。新規就農者の場合は補助金制度がありますが息子の場合は自営就農ではなく親元就農なので、新規就農者の認定はもらえませんでした。しかし一般の新規就農者は5年以内に約1/3が離農するというデータもあるので、それなら親元就農の場合も何かしらの支援制度があれば後継者問題の解決にも少しは役に立つと思いますけどね。
農業の厳しい現状
― ここ最近の異常気象、物価高騰、害獣対策、相場変動、後継者の問題など、農業を取り巻く環境はなおさら厳しくなっていると思いますが、由美さんの感じる点があれば教えてください。
由美さん まずは近年の異常気象と言われる事象ですね。猛暑は作物にとっても働く環境にとっても非常に厳しいです。集中豪雨による被害も増えてきていると思います。去年8月に福津市でも大きな豪雨被害が発生しましたが、作物だけでなく畑の土が流されたり設備が壊されたり、近隣の道路が通行止めのままで畑に行けなくなったりなど、未だに復旧していない箇所もあります。このまま気温上昇が続けば栽培する作物の品種や時期を考え直すことも必要になると思います。
― 物価高騰については、いかがでしょうか。
由美さん 相当に影響を受けています。燃料代が上がっているのは皆さんご存じでしょうが、種苗、肥料、農薬、その他の農業資材もコロナ禍前と比較しても1.5倍から2倍になっている感じです。トラクターや車などの機械も古くなると買い替えなくてはいけないのですが、購入費用や修繕費用もどんどんアップしています。さらに中東戦争の問題以来、ナフサ不足のためビニール袋やラップの高騰や品不足もすごいです。その他にも最低賃金単価の変更による人件費アップも大規模に従業員を雇っている農家さんは影響が大きいでしょうね。
― 最近日本全国でクマの出没などが問題になっていますが、畑に出没する動物などの害獣被害についてはどうでしょうか。
由美さん 福津市でもイノシシやシカは大きな問題になっています。勝手に畑を掘り返したり、作物だけでなくハウスの中で育てている植える前の苗を食べられたりと被害は増えています。畑やハウスに侵入できないように電熱線や網を張ったり鉄柵を作ったり対策はしているのですが、壊されたりします。去年の水害で修繕できてない部分もあり頭痛の種です。
― 米価格や野菜価格の推移についてどう思いますか。
由美さん 米の価格についてはたまたま去年は急騰しましたが、さかのぼって考えてもJA概算金(農家とJAで出荷契約時に支払われる玄米60kg=1俵当たりの金額)では農家の利益を確保した再生産価格には程遠いと思います。うちの場合は、直接個人のお客さんに販売するスタイルを作り上げてきたので影響は少ないですが、精米した状態で最低5kg入り3,500円から4,000円くらいで販売できないと事業としては意味がないと思います。野菜の相場については、さらに高い時と安い時の変動が大きいですが、毎年そのリスクにドキドキするのはご免なのでうちの場合はキャベツは加工向け栽培にして業者さんに固定価格で契約して販売しています。
― 就農者の高齢化や就農人口減少が農業界の大きな問題にもなっていますね。2015年と2025年を比較した場合、全国の農業従事者数が約200万人から約100万人に半減しています。平均年齢は65.8歳から67.7歳にアップしており現在就農者の約7割が65歳以上で70歳以上が過半数に達していますよね。これは離農者の増加に対して新規就農者の確保が追い付いてないということになります。後継者問題についてはどう思いますか。
由美さん うちの場合は、息子が就農してくれたので将来的に継いでくれることを前提に経営できるのですが、今お話したような状況の中で喜んで農業を継いでくれるような次の世代が果たしてどれだけいるのかは疑問ですね。これからは“稼げる農業”のビジネスモデルをつくることが次世代の農業者を確保することにつながると思います。
日本の農業を守る意義
― ところで、日本国内の農業の重要性についてはいろんな意見があると思います。「そんなに儲からないなら農業を辞めたら良いじゃないか」「輸入を増やしたら良いじゃないか」という声もあると思います。食料自給率や食糧安全保障の問題から考えるとそのような意見は極論過ぎるとは僕も思いますが、由美さんが考える日本農業を存続させる意義は何でしょうか。
由美さん 日本の農業について多くの著書を出されている宇根豊さん(九州大学農学部卒業で元福岡県の農業改良普及員)の本を読んですごく納得したのですが、「日本の農業は効率が悪い」「安い外国産を輸入すればいい」、そんな風に農業を単なる「食料をつくる工場(経済活動)」としてしか見ない言葉を最近よく見聞きするようになりました。田舎の美しい風景や豊かな自然は、実は農家の地道な手仕事によってゼロから生み出され、守られてきたものだと思うのです。宇根さんは「百姓の暮らしと仕事の副産物」である日本の美しい農村景観(棚田や里山、用水路など)は、観光や鑑賞のために作られたものではなく、百姓が日々泥にまみれて米や作物を育ててきた「営みの痕跡」であるとおっしゃっています。手入れされた田んぼや畦(あぜ)の美しさは、農家の献身的な働きによって維持されており、農業が衰退して耕作放棄地が増えることは、そのまま日本の国土と景観の崩壊を意味すると警告されています。
― 景観維持の点だけでなく洪水防止、水源涵養(すいげんかんよう/森林が雨水を蓄え洪水を緩和し渇水を防ぎ水質を浄化することで水源を守り育てる働きのこと)、土砂崩れ防止などの国土保全などの多面的機能もあるといわれますね。
由美さん 国土保全という意味では、農家が日常の農作業の中で無償で提供してきた「自然への働きかけ」そのものであり、社会全体でその価値を正しく認め、支える仕組みが必要であると思います。つまり、農家は単なる食料生産者ではなく「国土の管理責任者であり、景観の表現者」であるという考え方に共感しています。
― 一般の消費者と農家の価値観に相当な乖離があると思いますね。
由美さん 現在の日本の農業は20年前に比べて、さらに「国際競争力」や「大規模化」の波にさらされ、過去最多の倒産や急激な離農が進んでいます。その結果、まさに宇根さんが警告した通り、農家が手放した田畑は瞬く間に荒れ地(耕作放棄地)となり、豊かな水路は泥で埋まり、守り手のいなくなった地域にはイノシシやシカなどの野生動物がはびこり、人間が安全に暮らせない場所へと変わり始めています。
先ほどの「食料は輸入すればいい」「米は食べなくていい」「儲からないならやめればいい」という意見は、農業が持つ「美しい国土、災害を防ぐダムの役割をもつ農村地帯の風景、生きものたちの命を、ボランティア的に守ってくれているインフラとしての価値」を完全に無視していると思います。私も消費者の一人として思うことは、ただお米や野菜という「モノ」を買っているのではなく、それを通じて「日本の美しい風景とそこに暮らす命」を支えているのだということに、早く気づかなければならないのではないかということです。
「くわの農園」が目指す“稼げる農業”とは
― そんな厳しい状況で農業人口が減る中で「くわの農園」としては、とても元気に頑張っておられるように見えますが、由美さんが考えて取り組んでこられた“稼げる農業”への戦略について教えてください。
由美さん いろいろやってみてたどり着いた結論は、“自分で作ったものは自分で価格を決めて自分で売ろう”、ということでした。現在はどうやって利益を出して売り切るかという「出口戦略」をきっちり決めています。そのためのツールとしては、ホームページ、通信販売サイトやSNSの活用です。昔は市場の相場やJA価格に翻弄されることもありましたが、今はちゃんと作れば売れる、という気持ちで生産できるようになりました。その代わり販売については常に攻め続けてお客様を増やす努力を惜しむことはありません。
― 具体的にはどんなところに販売されていますか。
由美さん 米については消費者というか直接注文してくださるお客様への販売がほとんどです。ホームページや口コミでお客様を増やしています。「くわの農園」を応援したい!というお客様をどれだけ作ることが出来るかが勝負のポイントだと思います。
― 加工用キャベツはどうでしょうか。
由美さん 加工用の寒玉キャベツは、八洋食品様(餃子メーカー)や元祖もつ鍋 楽天地様などに長年契約販売させていただいています。プラスチック製の通いコンテナに収穫したものを先方に集荷に来てもらっています。段ボール箱を使わないことによりコスト削減し、輸送コストをかけない分すこしでもお安く契約できるようにしています。
― いちごはどのような販売をされていますか。
由美さん いちごも消費者や実需者への直接販売がメインですね。販売先は、個人のほか、ホテル、レストラン、カフェ、直売所(3か所)、いちご収穫体験(いちご狩り)などです。米といちごは個人向けの販売がほとんどで毎年リピーターさんに注文していただいてます。たまにはマルシェにも参加していろんな商品を販売しています。
― 商品として販売できないようないわゆる規格外品と言われるものについては、6次産業化(農業や水産業などの第一次産業が食品加工・流通販売にも業務展開している経営形態)に取り組んで加工品などの製造もされているそうですね。
由美さん はい、規格外といっても味や質は変わりませんので、お客様にはその説明をした上でなるべく一般の商品として販売させてもらっています。しかし、さすがに普通に食卓で食べるには無理があるなと思うようなものは加工品にしています。米の粒が小さすぎたり割れているようなものは米粉(登録商標:ふくつっ粉)にして販売しています。また米麹と麹調味料に加工もしています。唐辛子については、糖辛子(唐辛子の砂糖漬け)、乾燥唐辛子に、いちごは冷凍あまおう(加工用冷凍イチゴ)やいちごジャムにしています。また、夫の真光が狩猟もしているので、ジビエ肉や米、野菜を使ったペットフードを作っています。
冷凍あまおう(加工用冷凍イチゴ)/糖辛子(唐辛子の砂糖漬け)
米粉(登録商標:ふくつっ粉)/米麹&麹調味料「ニンニク麹」
― それらに取り組むために許可や免許が必要になることもありますよね。
由美さん はい、夫婦でたくさん取得しました。具体的には、ガス溶接免許、危険物取扱免許、食品衛生責任者、採取業、野菜果物販売業、米穀類販売業、精穀・製粉業、農産保存食料品製造・加工業(ジャム製造含む)、菓子製造業、漬物製造業、調味料製造・加工業、愛玩動物用飼料の製造業(ペットフード)、狩猟免許(罠猟・猟銃)、自動車免許(大型、大型特殊、けん引免許)などです。その他に資格などとしては、米粉マイスター、和食文化継承リーダー(農水省)、熱中症対策アンバサダー、ハーブコーディネーター、農業女子プロジェクトメンバー(農水省)です。
― すごい。“自分で作ったものを自分で決めた価格で販売する”という分かりやすい答えではあるものの、それを実行するのは相当な試行錯誤と勉強と努力、そして何よりも本気のやる気が必要だっただろうと改めて感心します。
最後に
― 最後に消費者のみなさんに訴えたいことはありますか。
由美さん 政治や行政も「消費者は安ければ安いほど嬉しいはずだ」と考えてしまい、なかなか農家を守るためのルール(お米の買い支えなど)を動かせずにいます。だからこそ、一番の鍵を握っているのは、いつもお米を食べてくださる「消費者の声」なんです。私たち農家がこれからも安心して美味しいお米を作り続けられる「ちょうどいい値段」を温かく理解していただき、「安さだけじゃなく、農家を守る政策を応援しよう!」という優しい世論が広がることが、未来のお米と日本の農業を守る大きな力になると思っています。私たちはこれからも変わらず、地味に地道にコツコツと、美味しいお米や野菜を作り続けていきます。今日も一杯のごはんを、大切に噛み締めて食べている私です。
― 僕の場合、30年以上青果流通や農業に関わる世界に生きてきて、加えて飲食店の皆さんとは取材を通じて交流させてもらってきました。農家と消費者、または農家の飲食店や工場など、顔と顔が見える関係性で、信用・信頼・応援・感謝などの気持ちの交換ができる商取引というものはまだまだたくさん成立していると思います。「くわの農園」の事例は、まさにそういう出口戦略を立てて“稼げる農業”に取り組んでこられた例だと思います。それも家族経営の個人事業でそれを実行されてきたのは素晴らしいですね。農家として自身の本音を正直にさらけだして長年情報発信されてきたことも大きいと思います。それが取引先の消費者や企業だけでなく、マスメディアの目にもとまり取材をたくさん受けたり出演されることにつながっているのでしょうね。
由美さん 同じの農家の方から「どうやったらお宅ばっかりそんなに取材してもらえるのですか?」などの連絡があったりもするのですが、裏技もテクニックもないんですよね。素直な本音を長年発信しているだけ、そしていろんなところに出ていってたくさんの人に会っているだけです。たくさんの人を農業を通じて幸せにしたいと思っているだけです。それが私の“はぴバイザー” (「HAPPY+アドバイザー」の造語)としての仕事ですからね。
― 今日はお忙しい中、ありがとうございました。さらなるご活躍を期待しております。お互い良い歳なので健康に気を付けて頑張りましょうね。
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