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「戦う狼」ならぬ「戦う猫」台湾の駐米代表に注目

台湾の蔡英文総統がロサンゼルス郊外で、アメリカ下院のマッカーシー議長と会談した。これに反発した中国は4月10日までの3日間、台湾本島を取り囲むように、海域・空域で軍事演習を実施した。さらに中国当局は軍事面以外でも対抗措置を取っている。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長がRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、もう一つ対抗措置の対象となった、台湾の駐米代表について注目していると語った。

もう一つの対抗措置

台湾近海での軍事演習は比較的、抑制的だったように思える。しかしそれは対抗措置の第一弾だ。台湾政策を主管する中国の部門は4月7日、台湾の蕭美琴・駐アメリカ代表に制裁を科すと発表した。内容は、蕭美琴代表本人や家族が、中国本土や香港、マカオへ行くこと、また、蕭氏と関係のある企業が中国本土の組織や個人と協力することを禁じるものだ。

ただ、蕭美琴氏は、アメリカのペロシ下院議長(当時)が台湾を訪れた昨年8月、すでに中国本土などへの入境が禁じられていた。今回は追加制裁という位置づけだ。

台湾の駐米代表とは?

台湾とアメリカは国交がないので「駐米大使」の呼称は用いない。台湾は日本とも正式な外交関係がないので、やはり駐日大使ではなく、駐日代表。各国に置くのは大使館ではなく「代表処」と称している。公用車のナンバープレート(外交官ナンバー)など、いわゆる「外交官特権」も与えられない。

台湾は正式な外交関係を持つ国がどんどん減って現在、世界で13か国しかない。それ以外の国々には「代表」を送っているが、基本的に外交官だ。ただ、重要な存在であるアメリカと日本に駐在する代表については、総統の意向を反映した、政治色の濃い任命が続いてきた。

蕭美琴氏はどんな人物か?

蕭美琴氏は現在51歳。教会の牧師だった台湾人の父親とアメリカ人の母親を持つ。生まれたのは日本の神戸だ。米コロンビア大で政治学を学んだのち、台湾の国会議員に相当する立法委員を務め、民進党の国際関係の責任者になった。

私も台湾で駐在していた時、交流があった。行動力があり、はっきりものを言う。ジェンダーをはじめ、人権、民主主義に強い信念を持つ政治家だ。

蕭氏は蔡英文総統の側近の一人で、2020年6月に着任した時は48歳の若さだった。蔡総統の信頼の厚さが窺える。今回の蔡英文総統のアメリカ訪問中も、ずっと蔡総統の傍らにいた。中国側は、蕭美琴氏を「台湾独立分子」また「戦争を引き起こす可能性のあるトラブルメーカー」と決めつけている。

ところで、中国の外交姿勢は「戦狼外交」と表現される。それになぞらえて、蕭美琴代表は自らの外交姿勢を「戦猫外交」と称する。彼女はこう説明している。

猫は、幅の狭い塀の上をつたって、歩くことができます。機敏に、そして柔軟にバランスを取ることができます。私は、戦う猫です

言い得て妙だ。塀の右側が「統一」、左側が「独立」だとする。バランスを崩して、塀の右側に落ちても、左側に落ちても、台湾は大変なことになる。また、相手に恐怖を与える狼とは対照的に、多くに愛される猫に例えるなんて、中国への皮肉が効いているし、センスもいい。

バイデン政権との関係は?

民主主義を推進する国や地域を集め、2021年12月と2023年3月の2回開かれた「民主主義サミット」はバイデン大統領肝入りの国際会合だ。この会合に、台湾はいずれもアメリカから招待されている。中国を過度に刺激しないよう、蔡英文総統は欠席しているが、蕭美琴代表はどちらのサミットでも「総統の代理、名代」としてスピーチした。

また、2021年1月に行われたバイデン大統領の就任式に、蕭美琴代表は正式に招待されている。台湾の駐米代表への招待は1979年に台湾とアメリカが断交して以来、初めてだった。バイデン政権の台湾への肩入れが読み取れる。

昨年12月、バイデン大統領は今後5年間で台湾への最大100億ドルの軍事支援を承認した。もちろん、蕭美琴氏1人の功績ではない。ただ、彼女が駐米トップになって、アメリカと台湾の関係がより接近しているのは確かだろう。

中国をイラつかせるアメリカの動き

アメリカと台湾による高官協議が3月31日、ワシントンで開かれた。テーマは、国連など国際機関に、台湾が参加できる機会を増やすことだった。台湾は、世界保健機関(WHO)総会へのオブザーバー参加を求めている。これは日本政府も長年、支援してきたが、中国などの反対で実現していない。健康、保健・衛生は、何人も享受すべきもののはずだ。

台湾は「外交空間」が狭くなっていると言われる。台湾が現在、国際的な枠組みに参加できるのは、アジア太平洋経済協力会議(APEC)、世界貿易機関(WTO)、オリンピックなど限定的だ。だから、このようなアメリカ側の動きは、中国をイラつかせている。

アメリカ国務省は昨年春から、台湾との実務面での付き合いを見直し、連邦政府の建物内や、台湾の政府オフィスにおいて、アメリカと台湾の定期会合の開催を認めた。蕭美琴代表と会っているのは、外交を管轄する国務省のホセ・フェルナンデス国務次官をはじめ、東アジア・太平洋の担当、また国際機関担当の国務次官補たちだ。

アメリカで共感を呼ぶ蕭美琴氏のキャラクター

ワシントンに「ツイン・オークス」と呼ばれる、130年以上前にできた洋館がある。その名前のとおり、庭に立派な樫の木が2本立つ。ここは台湾とアメリカが1979年に断交する前、台湾の駐米大使公邸だった。すごく資産価値のある建物だ。

断交した際、この建物の所有権が中国に渡るのを防ぐため、アメリカの上院議員が台湾と友好的なアメリカの民間団体へ譲渡した。その額はたった20ドル。その翌年、ツイン・オークスは台湾の政府へ、さらに安い価格で譲渡された。正式な外交関係はなくても、アメリカと台湾の友好を象徴する建造物だ。

現在は、蕭美琴氏がトップを務める台湾の駐米代表処が所有・管理するが、ここにも、アメリカの国務省の高官らが頻繁に訪れ、台湾側とさまざまな意見交換・情報交換を行っている。

蕭美琴氏の考え方はアメリカで共感を呼ぶのだろう。堪能な英語力、母親がアメリカ出身なのも、ワシントンでは大きな要素だ。ワシントンはいま、台湾外交の主戦場になっている。まだ若い蕭美琴氏は将来、もっと大きな舞台に立つかもしれない。それだけに、北京からすれば、厄介な存在に思えるのだろう。彼女は1月、ニューヨーク・タイムスのインタビューにこう答えている。

私たち台湾人は、いじめられることにだけ、憤慨しているのではありません。『友だちがいない』と言われることにも憤慨しているのです。

「世界に友だちはたくさんいるんだ」と。冒頭、蔡英文総統の訪米に対する中国の軍事演習は「抑制的」と分析したが、中国が大きな行動に出にくいように、蕭美琴氏がアメリカ側と事前に綿密に打ち合わせをしたからだろう。猫が幅の細い塀の上を伝うように――。「戦う猫」はしたたかだ。
 

◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

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