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【ウォッチャーが解説】シンガポールの「理想郷」舞台に米中の駆け引き

ラジオ

国際社会は、中国にどう向き合うか―――G7広島サミットでも議論の一つだった。その中国とアメリカとの関係は、このところずっとギクシャクしたまま。米中関係の行方について、東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長がRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』でコメントした。

「理想郷」に30か国以上の国防・安全保障の責任者が集まる

毎年6月になると、アジア・太平洋地域の安全保障の観点から、注目を集める都市がある。それはシンガポール。6月2日から3日間、シンガポールで「アジア安全保障会議」が開かれる。

参加するのはアメリカのオースティン国防長官、中国の李尚福国防大臣ほか、日本の浜田靖一防衛大臣ら。30か国以上の国防・安全保障の責任者が一堂に集まる。2022年は、就任1年目の岸田首相も出席した。この「アジア安全保障会議」は、シンガポールの中心地にある高級ホテル「シャングリラホテル」が会場になっていることから「シャングリラ(理想郷)会合」と呼ばれている。

そのシャングリラ会合は2002年に始まった。主催しているのは、イギリスのシンクタンク「国際戦略研究所」だ。民間の会合だが、中身はかなり政治的な重みを持つ。

会合では国際戦略研究所が決めたプログラムに則って要人や研究者の講演、パネルディスカッションがあるが、「せっかくこれだけの顔ぶれが同じ時期に、同じシンガポールに集まったのだから」と考えるのが普通だろう。2か国間、または数か国による国防・防衛大臣の個別会合・会談が行われる。時として、そちらの方が重要性を持つかもしれない。

今回は浜田防衛大臣と李尚福国防大臣による、日中防衛担当大臣の開催が決まっている。G7広島サミットでは中国への関与の重要性が確認されたばかり。日本と中国の防衛当局間では、ホットラインの運用がこのほど、始まっている。日本と中国のそれぞれの大臣は5月16日、専用回線を使って協議している。李尚福氏は3月に国防大臣に就任したので、2人が顔を合わせるのはこれが初めてだ。

また、日本と韓国の間でも防衛担当大臣会談が予定されている。こちらは実に約4年ぶりの会談になる。2018年12月、能登半島の沖合で、韓国海軍の駆逐艦が、日本の海上自衛隊の哨戒機に対し、レーダー照射を行ったというトラブルがあった。レーダー照射は「攻撃の意図がある」と受け取られる。あれ以降、日韓の間では防衛当局の間でも、関係が冷え込んでいた。

最近になって日韓関係は、首脳同士の相互訪問(=シャトル外交)が再開し、改善基調にある。5月29日も海上自衛隊の護衛艦が、自衛艦の旗「旭日旗」を掲げ韓国プサンに入港した。
さらに、日韓両国に、アメリカのオースティン国防長官を加えた日米韓3か国防衛相会談も行われる見通し。5月31日朝、弾道ミサイルとみられるものを発射した北朝鮮の情勢がメーンになる。

アメリカの会談申し入れを中国側が拒否

シャングリラ会合の公式スケジュールとは別に行われる、これら会談や会合。そんな中「アメリカと中国の国防大臣会談は行われない」というニュースが流れてきた。アメリカ側は会談したいと申し入れたが、中国側は会談を拒否するとの返事が来た。これは大きな意味を持ちそうだ。

2022年8月のペロシ下院議長(当時)の台湾訪問、それに今年2月にはアメリカの領空に中国の偵察気球が侵入した事件あった。そのすぐあとに計画されていたブリンケン国務長官の中国訪問は延期になった。

さらに4月に台湾の蔡英文総統が訪米し、アメリカの今の下院議長のマッカーシー氏と会談した。中国はあの気球について「民間用だ。偵察気球ではない」と主張したが、アメリカは戦闘機を使って撃ち落とした。先ほど、日本と中国の防衛当局の間のホットラインの話をしたが、緊急事態に備えた米中の国防当局の間のホットラインは機能していない。

アメリカは中国の国防大臣を制裁対象に

ロシアはウクライナ侵攻を続ける。そのロシアへの向き合い方についても、米中両国の間には深い溝がある。

実は、アメリカと中国の国防大臣会談の開催が決まらないのは、そのロシアにも関係している。実はアメリカは、李尚福国防大臣を制裁対象のリストに入れている。李尚福氏が中国中央軍事委員会の要職・装備発展部の部長だった2018年9月、アメリカは、李尚福氏が「ロシアからの最新鋭の戦闘機や地対空ミサイルシステムの調達に関与した」として、個人を制裁対象に指定した。アメリカの査証(ビザ)の発給停止を含む制裁対象となった。それもハードルになっている。

その李氏はこれまで、ミサイル開発で中心的な役割を果たしてきた。習近平主席が強い関心を持っている分野だ。習近平主席は、李尚福大臣を高く評価し、3月に国防大臣に抜てきしている。

中国は、李尚福大臣への制裁の解除を求めてきた。アメリカ側は、制裁対象のままでも会談を開こうと伝えてきた。だが、中国側は結局、「習近平主席の評価が高く、新しく就任したばかりの防衛大臣が制裁対象のままなのは容認できない」とメンツの問題もあったのだろう。

アメリカにしても、中国にしても不安定な関係が続くと、経済や外交で大きな負担になる。シャングリラ会合のような国際的な会議が、関係をいいものにする転機になるはずだった。

関係正常化への歩みを探り始めている米中

国際社会にとっても、いつまでも米中がいがみ合っているのは、歓迎できない。ただ、ケンカをしながらも、米中の間ではさまざまな動きが出ている。5月25日にはアメリカと中国の商務大臣の会談がワシントンで実現した。

それに先立つ5月前半には、国家安全保障担当のサリバン大統領補佐官が中国の王毅・政治局員と、オーストリアのウィーンでひざ詰め会談した。王毅氏は現在、中国外交のトップ。会談は2日間で計8時間以上に及んだ。高官同士の対話が動き出している。

悪循環を避けるため、アメリカも中国も関係の正常化への歩みを探り始めている、と言ってよいのではないか。米中関係は、これまでも「山あり、谷あり」だった。「谷」=つまり、関係がよくないと、どちらも「山」を目指す=つまり、よい状態を目指す。ただ、経済分野とは違い、軍は別格の存在。今はアメリカに甘い顔はできない、ということだろう。

現時点では、正式な米中間の国防大臣会談は行われない。ただ、シャングリラ会合で予定されている催し、レセプションなどの場を利用し、アメリカと中国の国防大臣が、言葉を交わすなど接触することがあるはずだ。それが実現すれば、李尚福氏が今年3月に国防相に選出されてから初めて、2人の顔合わせとなる。

そういう機会があれば、関係改善への次のステップにつながるのではないか。冷たい対応に終始しても、成果はなくても、双方とも、その辺りのあうんの呼吸を理解しているはずだ。

その次は、延期されたままになっているアメリカのブリンケン国務長官の中国訪問につながることに期待したい。11月になれば、APEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議がサンフランシスコで開かれる。アメリカで開かれるAPEC首脳会議に習近平主席も出席する。バイデン大統領と個別の首脳会談を行わないわけにはいかない。環境整備が必要なのだ。

来年の年明け早々には台湾の総統選挙も控えている。このままでは、台湾をはさみ、米中の対立が一段と拡大する危険性もある。アジア・太平洋地域の、環境は変わりつつある。シャングリラ会合の機会を少しでも生かす努力を、米中双方で行ってほしい。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

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