『海街diary』作者・吉田秋生の連載中コミックを熱く語り合ってみた
目次
吉田秋生(あきみ)さんが連載中のコミック『詩歌川(うたがわ)百景』は、420万部も売れた前作『海街diary』と表裏をなす物語。RKB神戸金史解説委員とフリーライターのタカクラミエさんが、このコミックへの熱い思いをRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で語り合った。
吉田秋生の大ヒットコミック『海街diary』
コミック『詩歌川百景』(小学館)の第3巻が発売されました。大注目のマンガです。
作者の吉田秋生さんは、月刊『Flowers(フラワーズ)』を舞台に活躍している女性のマンガ家で、2018年まで12年間にわたって連載された『海街diary』は、3姉妹が暮らす鎌倉の古民家が舞台です。
是枝裕和監督が2015年に映画化しました。3姉妹役は綾瀬はるかさん・長澤まさみさん・夏帆さんという豪華メンバーです。15年前に3姉妹を置いて、別の女性と一緒に家を出ていった父親が、山形県の温泉町で亡くなった、という連絡が来ます。
父親と女性の間には「すず」という娘が生まれましたが、女性とは死別。父親は、さらに陽子という女性と、連れ子同士で再婚していました。つまり、父親が亡くなったことによって、中学生だったすず(俳優は広瀬すずさん)は、全く血縁がない陽子さん母子と生活していました。
このすずが、山形から鎌倉に来て、母親の違う3姉妹と暮らす物語が『海街diary』。魅力ある人が多数登場する、群像劇です。
『海街diary』 全9巻 420万部
『詩歌川百景』 1~3巻 40万部
(小学館調べ、紙+デジタルの累計部数)
『海街』すずの「血のつながらない弟」が『詩歌川』の主人公
今回の『詩歌川百景』は、すずが鎌倉に行った後に山形の温泉街に残った、血のつながらない弟・和樹が主人公の群像劇です。時々「すずさんの所に行ってきたよ」とか「LINEが来たよ」という形ですずの話題が出てきます。しかし、すず本人が姿を現すシーンはありません。でも、そんなところもファンにとってはたまらないんです。
福岡市在住のライター、タカクラミエさんが『詩歌川百景』のファンだと知り、マンガ談義をしてみました。
※タカクラミエさん:福岡市在住のライター。元書店員という肩書きも13年目。毎日新聞に、脳出血夫との介護生活「眼述記」連載中。読書ミニコミ「読婦の友」は今年で10号。
タカクラ:毒親であったり、虐待親であったり。そういうところに育った子供たちが主人公。家の中で「大人が大人であることを放棄」した時に、子供は自然と大人にならざるを得ない、と思うんですね。賢い優しい子ほど平気な顔をしてやっちゃう。そこをマンガに描いてくれている作品じゃないかなと思うんですね。
神戸:『海街diary』も、その点では重なるところがありますね。
タカクラ:そうですね。やっぱり母親がろくでもないところがあって、放棄されてしまった娘たち3人と、また別の放棄された子供とが一緒に暮らしていくという話ですもんね、『海街Diary』は。そこを丁寧に書いてくれているところが私は一番好きだなと思っています。「疑似家族を取り戻す」と言うか。家族を取り戻す話が多いような気がしますね。
『海街diary』も『詩歌川百景』も、設定では「親に左右されてしまう子供たち」がいて、でもその子たちはすごく明るく生きています。時々、ささやかなエピソードが入ってきて傷つくこともありますが、魅力のある脇役の人に支えられて育っていく。それも、とてもさわやかに。絵もすごく柔らかくいい。景色をとてもきれいに描いているし、表情がとてもいいと僕は思っています。
普通の人が持っている「ささやかなトゲ」
タカクラさんが「印象深いシーン」として挙げたのは、『海街diary』1巻の、山形県の温泉街で亡くなった父親の葬儀でした。父にとって3人目の妻・陽子さんは、人目をはばからず泣き崩れていました。葬儀社から、喪主のあいさつを求められて、妻は「あたし、とても…」と拒み、そして「そうだわ! すずちゃん、どうかしら。なんたって実の娘だし」と言い出すのです。そこで、3姉妹の長女でしっかり者の幸(さち)―綾瀬はるかさんが演じました―が「それはいけません!」とはっきり言います。
幸:これはおとなの仕事です。失礼を承知でいわせてもらえば、これは妻であるあなたの役目だと思いますよ、陽子さん。おとなのするべきことを子供に肩がわりさせてはいけないと思います。(1巻46ページ)
ピシャッと言うんです。「自分に甘い大人の緩さ」に傷ついていく子供たちを守ろうとする姿勢がよく出ている、とタカクラさんがおっしゃって、私も本当にそう思いました。印象に残るシーンでした。
単なる対立ではなく……人間回復の物語
今回の『詩歌川百景』の中でも、死んだ人を怖がる小さな子供に、主人公の一人が言うのです。
「生きてる人間の方がよっぽどこわいのに」(1巻90ページ)。
こういう言葉、ストンとくる感じがします。
タカクラ:「ろくでもない大人に育てられた子供たちが、どう生き延びるか」ということを多分テーマに持っていらっしゃるんじゃないかと思うんです。「ろくでもない社会」対「子供」、という単なる対立じゃなくて、そこからどう両者がお互いを取り戻していくかまで描いているところが、「特別」なんだと思います。
神戸:大人の方も、回復していく…。
タカクラ:大人は、自分たちの責任で回復していかないといけないんですけども、子供たちに気づかされる部分もある。ただ、この『詩歌川百景』はまだ3巻なので、(ストーリー上)まだ放ったらかしにされている大人も多い。まず子供たちが、自分の痛みと向き合って、何かを取り戻していく。その痛みを与えてきた側の大人たちも、多分これから何か気がつくこともあるんじゃないかな。それぐらい深みのある話なので、注目して見ています。
ちょっと意地悪い人も出てきます。普段はニコニコと愛想も良くて優しい母親なんですが、ふと素が出てきて、余計なことを言う。それは、どこかで自分の立場を守りたいがため。でも、こういう一つ一つのことが子供の心にいろいろな傷をつけています。それがビビッドに描かれていくんですけど、負けないほど主人公たちは元気なんですよね。
大河小説を読んでいる気分になる濃厚さ
主人公たちは豊かな心を持っていて、ケンカするわけでもなく、耐えたり、慰め合ったり、それからやり返したり。そんなことが、いろいろな魅力的な人たちの中で展開されるマンガです。でも『海街diary』より、今回の『詩歌川百景』の方が、大人の嫉妬や無神経さが強く描かれている気もしています。
タカクラ:親がとんでもなかった場合でも、例えばおばあさんとか、おばあさんが大女将をしている温泉旅館の湯守のおじさんとか、近所の人とか、「信頼するに足る大人」がいるんですよね。その大人がきちんと誠実に接しようとしてくれているので、その人たちのことをちゃんとその子供の方からも捕まえないといけない、ということをマンガは伝えようとしている。
タカクラ:もしもそういう誠実な大人に出会えなかったとしても、本や映画の中に、このマンガの中にも、「信頼するに足る大人」がいるんですよね。本当に信頼も愛情もあらかじめ与えられた家の子供に比べたら、そういうところからつかめっていうのは大変なことかもしれないけども、でも「不幸なままの子供でいないため」には、そういうところから何かをつかんでこないといけない。ということを、吉田秋生さんはいつも言ってくれているような気がします。
温泉旅館の大女将は、魅力的なおばあさん。そして昔から内心で大女将に恋をしている「湯守」のおじさんは、職人さんとして、ずっと大女将を見守っている。1人1人のキャラクターがとても立っています。脇役でもみんな背景を持っていて、キャラクターを持っている。だから、このマンガは濃厚です。大河小説を読んでいるような気分になってきます。
さらに、映像として目の前にあるので、マンガの絵を見ながら、表情を見ながら、リアルに感情に入ってくる、傑出したマンガだと思います。「また映画になるだろうな」という気がします。
柔らかく、傷つきやすい若い人々へのエールになっているし、素晴らしい大人たちが見守っている。「この世の中は捨てたものではない」というメッセージも込められていると思います。『詩歌川百景』はそれだけで十分成り立っていますが、『海街diary』も読みたくなると思います。
(神戸解説委員(中央)と田畑・武田両アナウンサー)
※神戸解説委員からちょっと一言:魅力ある人がたくさん出てくる群像劇だからこそ、「人物相関図」をつけてほしい!
◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。
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この記事を書いたひと
神戸金史
報道局解説委員長
1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。