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ブックレット『放送で気になる言葉2025』をもとに、RKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』で日本語を考えた放送(10月7日)から2週間。RKB毎日放送の神戸金史解説委員長の元に、さまざまな意見が寄せられました。10月21日放送の同番組で、改めて放送で気になる日本語を議論しました。
「高めの球」は「打ちごろ」なのでは?
神戸金史解説委員長(以下、神戸): 2週間前のこのコーナーで、ブックレット『放送で気になる言葉2025』(日本新聞協会放送分科会編集、2025年3月)について意見を交換しました。「総理/首相」「丁字路/T字路」の違いや、「うがつ」とはどんな意味か。「卒業式ぶり」という問題の言い方もありましたね。
田畑竜介アナウンサー(以下、田畑): ありましたね。
神戸: さまざまな言葉が出てきて面白かったのですが、反響がけっこう届いてびっくりしました。新聞社でスポーツをずっと担当してきた先輩からのメッセージです。
交渉ごとで一方の側の主張内容を評論する表現で「高めの球(高い球)を投げてきた」というのが、いまだに意味がわかりませんね(映像メディア、活字メディアの両方での解説記事などで散見します)
田畑: ああ、言いますよね。
「とてもじゃないが打ち返せない球(主張)」というなら「内角への厳しい球を投げてきた」と表現するのがよいのでは
田畑: ははは!
神戸: よりスポーツ的ですね。
田畑: 野球的ですね。
神戸: 「高めの球」は、「打ち損じてくれそうな球を投げる」という意味もあるかもしれませんが、「打ちごろの高め球」という感じですよね。球が上振れして、「打ちやすい高めに行っちゃいましたね」なんて言い方をするじゃないですか。高めの球が「打ちにくい厳しい球」という印象は、あまりないかもしれません。「いまだに意味がわかりません」とスポーツ担当の記者さんは言っています。
中井優里アナウンサー(以下、中井): 「高めの球」、聞きますけど誤解も与えやすい表現だなと思います。
神戸: あまり考えたことがなかったのですが、実はそうかもしれません。「内角への厳しい球を投げてきました」の方がいいかも。
田畑: ニュアンスは、より具体的に伝わりやすいかなと思いますね。
神戸: 「ちょっとこの主張は、相手の政党にとっては高めの球ですよね」という言い方をしますが。
田畑: その高めが、相手にとっては得意なのか苦手なのかわからないですもんね。
神戸: 『放送で気になる言葉2025』には入っていませんが、これはもう採用ですね。
田畑: ははは、「気になるぞ!」ということで。
神戸: 「厳しい球」と言い換えましょう。
「あわやホームラン、残念!」のおかしさ
神戸: スポーツの言葉で、元々『放送で気になる言葉2025』の中にあったのが「あわや」。
攻撃側が「もう少しでホームランだったのに残念」と言うつもりで「あわやホームラン」と使うのは誤りだ(21ページ)
神戸: よく覚えているんですが、同じ解説が小学校の国語の教科書に載っていました。
田畑: 「あわや」は、「大惨事」とかに使いますね。
神戸: 「悪いことが起きそうだったけど、起きなかった」時ですね。「あわや大事故につながるところでしたが」というような感じ。「あわや大ホームラン…残念!」という言い方はおかしい。打たれた相手チームだったら別かもしれませんけど。
中井: 「あわやホームランを打たれるところでした!」
神戸: 野球ファンの中で、「あわやホームランだったのに」って使う?
中井: 使っている方は、いるかもしれないです。
「ロケットが打ち上がりました!」もNG
神戸: 野球の話題が出てきましたが、もう1つ。『放送で気になる言葉2025』に「打ち上がる」という言葉が出ていました。
ロケットや花火の打ち上げに際し、「~が打ち上がりました」とリポートするケースが見受けられる(59ページ)
田畑: 「打ち上がりました」…何か違和感ありますね。
神戸: 「実際に放送で使われているのを聞いたことがあるな」と思いました。
人が打ち上げるものなのだから、ロケットや花火を主語にするなら、「~が打ち上げられました」が自然な言い方だろう(同)
神戸: ロケットが、自分で勝手に打ち上がりましたー!
田畑: ああ、もうAIの時代か…そういうことじゃないですもんね。
神戸: 勝手に打ち上がりはせずに、打ち上げられるものなんですよね。主体が一致してないから、違和感を持つわけです。でも「ロケットが打ち上がりました」と確かに聞くので、注意した方がいいと思います。野球では「フライを打ち上げました」と言いますよね。
田畑: これはいいですね。「打ち上がりました」とは言わないですね。
神戸: 主語が何なのか、によって変わるんだろうと思います。
安易な「総理、受け止めを!」
神戸: 新聞記者時代の別の先輩から私に届いた意見です。
記者会見で「○○について、受け止めをお願いします」と質問するケースが、年を追うごとに増えていて、個人的にはすごく嫌でした。
田畑: ああ…これは聞きますね。
神戸: 今日の朝のニュースでも、「受け止めを」と言っていましたよ。
田畑: 記者が議員に質問する時ですね。
神戸: そうそう。断言しますけど、かつてはなくて、ある時期から突然出てきた印象です。政治部の取材で出てきた「受け止め」が、今は社会部の取材にも広がっている感じです。
田畑: 「どう受け止めていますか?」ならいいんですよね。
中井: 自然ですね。
神戸: 動詞を名詞化した「受け止め」が、急激に増えてきた時期があるんですよね。「学び」「気づき」もそうです。「深い学びがありますね」とか。
田畑: 「気づきがありました」。
神戸: 昔は言わなかったです。
田畑: ああ、そうかー…。使っちゃってるなあ。
神戸: ある時期から「学び」とか「気づき」が始まって、多分それから「受け止め」が政治のニュースでは普通に言うようになってきた。僕の勝手な推測ですが、歩いていく総理に向かって「総理、この件についての受け止めを!」と短く言えるからではないかと。
田畑: 長い文章で聞けないですもんね。あの短時間でなかなか。
神戸: 手を上げてさっと行っちゃうかも知れない。「総理!」と呼んでこちらを向いた瞬間に、「受け止めを!」と言ったら答えてくれるかもしれない。多分、政治部の総理番が大声で声をかけるところから始まったのではないかな、と思うんですよ。それが、県知事とかの記者会見でも「受け止めをお願いします」と言うように広がってきて。
政治部文化に政治不信の一端が?
神戸: でも、普通の方に「受け止めをお願いします」とは使いませんよね。街頭インタビューで、「ホークスが日本シリーズ出場を決めました。受け止めを」。
田畑: ははは。
中井: 言わないですね!
神戸:かなり特殊な政治用語だと僕は思いますね。業界用語で、特殊な場面に限定されていると思うんです。この新聞社の先輩は「きちんと『肯定的に受け止めていますか、否定的に受け止めていますか』など、より具体的に尋ねるべきではないのか」と言っています。
田畑: 時間があれば、そうしたいところ…。
神戸: 僕が政治報道に対してモヤモヤしているのは、政治家の本音がちゃんと報道できているのかどうかがよくわからないからです。ほとんどオフレコ取材の世界なので、表で言えることは基本的には限られている。政治家がしっかり本音を言っていないという思いが、どこかで政治不信につながっている気がするのです。政治家がきちんと会見で答えることをしてきていない。だから、「どうせしゃべらないだろう」という前提で、「一言でもちゃんと言ってくれれば、テレビの放送では使えるじゃないか」と考えて、「受け止めを!」。で、何か言ってくれれば「ああ、よかった、言ってくれた。本音は裏のオフレコで聞こう」と記者は胸をなでおろす。僕は、政治文化のこの辺りを変えた方がいいんじゃないか、と思っているのです。
『放送で気になる言葉2026』で採用してほしい
神戸: それから、「今の現状」という言い方をする人が近くにいるんです、と言う方もいらっしゃいました。
田畑: あ、それこそ昨日、放送で聞きました。
神戸: え、放送局の人間がしゃべった?
田畑: そうです。
神戸: アナウンサーの世界では絶対怒られるよ。
田畑: よく例に挙げられる重複表現の中に「今の現状」を入れましょう。これも「採用」ですよね。
神戸: 「今の現状」はアウトだよね。
田畑: 「現在の状況」が現状ですから。「今の現在の状況」というよくわからないことになります。
神戸: 「船に乗船する」とかね。
田畑: 「骨を骨折しちゃって」「頭痛が痛てー」みたいな。
神戸: 「今の現状」、採用です! 面白いですね。前回もご紹介しましたが、『放送で気になる言葉2025』(税別600円)は、日本新聞協会のホームページから一般の方でも買えるようになっていますので、興味があったら読んでみてください。こんな議論をするのも楽しいかも。
田畑: 自分のことも反省しながらね。
神戸: メッセージをくれた方、ありがとうございました。
田畑: 「学び」がありました。
神戸: ははは、「気づき」もね。
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この記事を書いたひと

神戸金史
報道局解説委員長
1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。





















