「1人1社しか受けられない」高校生の就職活動 “不思議なルール”の背景
人手不足などを背景に、高校生の就職活動も学生に有利な売り手市場になっています。応募が始まる9月を前に本格化する就活の現場を取材すると、大学生の就活にはない「約束事」がありました。
目次
企業からの求人が増加
記者が最初に訪ねたのは、北九州市小倉北区にある東筑紫学園高校です。
RKB 浅上旺太郎記者「こちらの高校の就職指導室では、高校を卒業した後に就職を希望する生徒向けの説明会が行われています」
説明会では、生徒たちが、企業から学校に届く求人票の見方や職場見学のマナーなどについて熱心に学んでいました。
高校生「JR西日本に就職しようと思う。運転とか切符を売ったり人に関わる仕事をしたい」
高校生「最初はどの会社を選んだらいいのかなと思って、親に相談しています」
この高校には、今年、7月中旬時点で例年より多い800以上の企業から求人がきています。少子化に加え、新型コロナによる離職などで労働市場は人手不足に陥っているため、多くの企業が初任給など待遇面の改善をアピールしているといいます。
2~3年で先生のボーナス超える?!
東筑紫学園高校 就職指導主任 相良正浩さん 「求人票を見ると、大きい会社は賞与が年間100万円とか、200万円を超えるとか書いてある。就職して2、3年したら先生のボーナスを超えるんじゃないっていうぐらいの景気の良さですよね」
企業の本音「若いほど有利」
北九州市に本社を置く建設会社「今本工業」 これまで新卒の高校生を採用したことはありませんが、今年本格的に採用活動を始めました。
採用担当の米田一期さんは理由をこう説明します。
今本工業 採用担当 米田一期さん「若い人は物事を吸収しやすい。技術職なので若ければ若いほど有利な職場。年齢が上がるにつれてできることも増えていきます」
従業員の平均年齢は38歳と徐々に高齢化していることも、より若い人を採用したい理由のひとつだといいます。働きやすい職場環境を整えようと、夏にはファン付き作業服などを支給しているほか、1年半ほど前に週休2日制を導入しました。
今本工業 採用担当 米田一期さん「目標は最低1人でもとりたいと思っています。現場が若い人に教えることになるので職場の活性化にもつながります」
売り手市場でも「1社しか受けられない」現実
実は、高校生の就職活動は大学生の就職活動とは多くの点で異なり、独特の慣例があります。
そのひとつが、「1人1社」制。9月にスタートし一定期間行われる就職活動で、1人の高校生が応募できるのは原則1社のみ。福岡を含む多くの都道府県が企業や高校と申し合わせていて、「1人1社制」が慣例となっているのです。
民間研究機関の調査によると、1社だけを調べてその企業の入社試験を受け内定をもらう高校生が、全体の過半数を占めています。(出典:55.4%リクルートワークス研究所「高校生の就職とキャリア」)
「高い内定率」でも「高い離職率」の弊害
より高い内定率につながっている一方で、仕事の内容などを詳しく知らないまま就職するため、1年以内に離職する人の割合が16.3%と大卒者よりも高くなっています。(厚生労働省まとめ 大学卒の離職率は11.8%)
生徒の選択肢を広げるため、厚生労働省と文部科学省は2020年、「1人1社」制の見直しを求める報告書をまとめました。
その後見直しの動きは出ているものの、最初から複数社への応募を認める自治体はまだ一部にとどまっているようです。
「1人1社」制 国は見直しを求めている
福岡県はどうでしょうか。高等学校卒業者就職問題連絡協議会が今年3月に出した「申し合わせ」文書をみると、「1人2社までの応募・推薦を可能とする」と記載されています。しかし「その時期(受験日)は、11月1日以降とする」とあり、就活がスタートする9月からの約2か月間は、1社しか受けることができません。
取材をすすめると、学校現場には『内定が出やすいし指導もしやすい』と1人1社制にメリットを感じている先生も多いことが分かりました。また多くの生徒は先生からの説明を聞いて『これが当たり前』だと感じているようです。一方、これまで採用実績がない企業にとっては、「受けてもらいにくい」という状況があります。
説明会は企業を知る貴重な場所
生徒と企業のミスマッチを防ぎ、選択の幅を広げる必要性は社会でも認知されるようになり、数年前から高校生を対象にした企業説明会が全国各地で開催されています。7月、北九州市で行われた合同企業説明会には23の企業や団体などが参加しました。福岡県警のブースでは「指紋の採取」、美容師の採用を行う企業のブースでは「パーマをかける」など、実際に体験できる内容が目立ちました。
説明会に参加した高校生「いろいろな企業を一度に見ることができて参考になります」
説明会に参加した高校生「1社しか応募できないので、『これ』って決めていかないと。他にもいいなと思う企業があったとしても選べなかったりするので、きちんと色々調べて本当にここがいいと思ったところを受けようと思います」
一方、企業もこうした説明会は「知ってもらう」チャンスになるといいます。
北九州市で金属加工などを行う花田工業の大池芳幸社長は、「売り手市場もあるんでしょうけど中小企業にとってはかなり厳しいです。自分たちの仕事の魅力やもの作りの楽しさを発信して熱意を伝えるしかないかなと思います。知ってもらわないことには来てもらえませんから」と話しました。
高校生の就職活動を取材して RKB毎日放送 浅上旺太郎記者
思っていた以上に売り手市場だということと、高校生の就職活動がこれほどまでに不自由だとは・・・と驚きました。私は大学の新卒採用で就活をしましたが、多くの企業を受ける中で「自分に合う職種や企業がだんだん分かってきた」感覚があります。1社しか受けられない高校生はこうした機会がない中で人生の大切な選択をしなければいけません。
各業界で深刻な人手不足が続くなか、高校新卒者は、企業にとっても貴重な人材です。短期間で離職してしまうケースを極力減らすためにも採用する側とされる側、お互いの理解を深めるさらなるしくみづくりが重要です。
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この記事を書いたひと
浅上旺太郎
山口県出身。九州大学法学部卒。2015年入社。本社報道部、現在の情報番組部を経て2022年6月から北九州報道制作部。福岡県警・北九州市政などを担当。最も印象に残る取材は2017年7月の九州北部豪雨。