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「世界史上の大事件・水俣病」を知る絶好の機会がまもなく福岡で開幕

福岡アジア美術館で「水俣・福岡展」が10月7日(土)から11月14日(火)まで開かれる。水俣病を「世界史上の大事件」と捉えるRKB毎日放送の神戸金史解説委員長は、その準備に当たるボランティアの様子を取材し、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で伝えた。

福岡で10年ぶりに開催される「水俣展」

「水俣・福岡展」が福岡アジア美術館(福岡市博多区)で10月7日(土)から始まります。主催は、認定NPO法人「水俣フォーラム」。30年近く前から水俣病についての展覧会を全国各地で続けてきた団体です。福岡では10年ぶり2度目の水俣展となります。


水俣病は、私たちの地元・九州で起きた、世界史上に記録される大規模環境汚染事件と考えてよいと思います。それを学ぶ絶好の機会です。パネルや実物が展示されて、説明員が解説してくれます。
 

(過去の「水俣展」で展示された患者の遺影)

何と言ってもすごいのは、会期中、休館日の水曜を除いてほぼ毎日、ホールで講演会や映画上映会などが開催されることです。31ものホールプログラムが予定されています。前売り券は1000円で、10枚つづり券8000円、当日券は1200円(大学生以下は半額)。ぜひ、のぞいてみてください。

著名人も多数参加する多彩なプログラム

ホールプログラムは、大きくA~Fのシリーズに分かれています。
 

Aシリーズ「私と水俣病」は10回開催され、毎回患者を会場に招いて、識者の話と合わせて2時間の講演になります。その識者の顔ぶれがすごい。ノンフィクション作家の柳田邦男さん(10月15日〔日〕14時~)、文芸評論家の斎藤美奈子さん(11月10日〔金〕19時~)、小説家の田口ランディさん(10月13日〔金〕19時~)たち著名人がたくさん登壇します。
 

Bシリーズ「水俣から考える」は7回、識者が2人登壇する2時間。大ヒット中の映画『福田村事件』の監督・森達也さんが、「真偽・虚実」のテーマで地元・熊本日日新聞の元編集局長と登場したり(10月20日〔金〕19時~)、気鋭の評論で名を知られている歴史研究者の藤原辰史さんが「食」をテーマに語り部の杉本肇さんと登壇したりします(10月31日〔火〕10時~)。
 

それから、Cシリーズ「先駆者に学ぶ」は、水俣病を広く世に伝えた故人をしのぶ形で、「作家 石牟礼道子」(11月5日〔日〕14時~)では作家の坂口恭平さんと米本浩二さんが、「医師 原田正純」(11月12日〔日〕14時~)の回では、評論家の佐高信さんらが登場します。
 

すごく重厚で、1回1回がすごく楽しみなラインナップがホームページに出ています。

水俣・福岡展2023公式サイト

準備が進む「水俣・福岡展」

(展示の解説を練習するボランティア)


ボランティアの展示説明員は約30人いるそうです。先日、福岡市で開かれた練習風景をのぞいてきました。座学を受けた後、会場に掲示されるパネルや年表を前に、自分は来場者にどんなふうに説明するかの実践です。高齢の女性が、パネルが映し出されたプロジェクターの前に立って、自分の言葉でしゃべり始めました。

高齢の女性:10年前に脳梗塞で、やっとこれだけ歩けるようになりました。

服部直明・水俣フォーラム事務局長:あまり、身体に負担にならないようにやってくださるのがよいと思いますので。

女性:よろしくお願いします。(スクリーンの映像を見て)水俣病というのは、お医者さまによって発見されるというか、今まで見たことのないような患者が多発するようになったと報告されたのが1956年なんですね。初めに発見された子供が5~6人いたのですが、その中の1人で、田中……、一番年下の、2歳半くらいの…。えっと、「実子」さんが5歳のお姉ちゃんですね。

服部さん:いや、「静子」さんがお姉さん。

女性:田中「実子」さんという2歳何か月かのお嬢さんと、3歳上のお姉ちゃん(静子さん)と2人が水俣病にかかっている。その上のお姉さんは無事だったんですね。(中略)

発表後に服部さん:先のことまで言い過ぎているかな。知識があるからですけど。見ている人にとっては、ここでは症状についてちゃんと伝えるのが大事かな、と。それぞれのところでどういう言葉を出すのか、整理立てた方が分かりやすいと思いますね。

(ガイドの講習に当たる事務局長)

「胎児性水俣病」とは

展示説明員が約40分、ツアーのように入場者を連れて案内していきます。人によって言うことは違いますが、それぞれ個性があるので構いません。ただ、「大事なところは押さえておきましょう」という指導が行われていました。
 

10年前の水俣展で説明員をした当時大学生の女性が、29歳になった今、また説明員として参加していました。「胎児性水俣病」についての彼女の説明です。

女性:この方は、上村智子さん(1977年に21歳で死去)。水俣病の象徴的な写真でよく登場する方です。抱いているお母さんがよく言われていたのは、智子さんが胎児性水俣病になって、でも下の子たちは影響を受けずに育った、と。智子さんは水俣病を背負ってくれたということで、「宝子(たからご)」として、家族みんなで智子さんを囲んで生活されていた、という話があります。

女性:胎児性水俣病がどうして発症するのか。お母さんの胎盤を通してメチル水銀を摂取してしまって、自分は魚を食べていない胎児の状態で脳が影響を受けてしまって、生まれてきた時にはすでに水俣病の症状が出ているという病気です。

女性:……あ、そうだった、さっき言い忘れた。当時の医学界では、お母さんの胎盤を通して、悪影響のある毒は子供に行かないと言われていたんですけど、その後の研究で、メチル水銀は胎盤を通して、お母さんより赤ちゃんの方に吸収されて行ってしまうことが分かり、胎児性水俣病という存在が明るみに出ました。

当時、胎盤は子供に毒物が行かないようにする組織で、「子供への影響はない」と主張されていました。熊本の医師・原田正純さんたちが研究し、子供にメチル水銀が到達していることを明らかにしました。世界で初めて、胎盤を毒物が通過すると証明したのです。
 

水俣という地域で起きた大規模環境汚染ですが、影響の長さ、広さ、ひどさ……世界史上に残るものだとこういう点からも分かります。

名作ドキュメンタリーの上映会も

RKBも含めて多くのメディアが水俣病について報道してきたわけですが、なかなか世の中は動きませんでした。ユージン・スミスさん(1918~78年)という有名なアメリカ人カメラマンが撮影したり、日本では土本典昭さん(1928~2008年)がずっと水俣についてドキュメンタリー映画を作ってきたりしています。
 

(水俣の海を望む野仏)

今回の「水俣・福岡展」でも、土本監督「水俣」シリーズの中で主要作品5作品を一挙上映するプログラムも予定されています。
 

英国映画協会(BFI)は、1925~2020年まで、毎年の日本映画ベスト1を発表しています。1975年のベスト1は、土本監督の『不知火海』が選ばれています。その際の評価として、「水俣という港町で起こった水銀汚染の恐ろしい影響と惨事を、深く慈悲深い視点で、長きにわたる調査を通じて、いくつかの傑作を作った。『患者さんとその世界』では、水銀で汚染させ、にもかかわらずその罪を逃れようとするチッソ社との闘いも描きながらも、土本のフォーカスはあくまでも患者たちであり、彼らとの共同作業によって、スクリーンには彼らのリアリティが繊細で共感的に顕れる」とされています。
 

『患者さんとその世界』完全版も、10月12日(木)19時から上映されます。

水俣病は過去の問題ではない

水俣病の発生に人類が気付いて70年近く。現在でも解決したとは言えません。主催者の「水俣フォーラム」は、このように説明しています。

「第一に汚染地域の全住民健康調査さえなされないまま補償をめぐる争いが続くからであり、第二にこの事件同様の加害構造と被害の放置拡大を指摘される事態が福島においても続いているからであり、第三に原因物質の有機水銀による健康影響が次世代を含む全世界で危惧される状況にあるからです」

(チッソとの交渉=撮影:河野裕昭)

9月27日、近畿地方の住民がチッソと国などを訴えた裁判の判決がありました。被害者救済特別措置法の条件に該当しないため救済を受けられなかった人たちも含め、全員を水俣病と認定し、各275万円(総額3億5200万円)を支払うよう国などに命じています。
 

画期的な判決ですが、本当にこのままいくのかは予断を許しません。水俣病はまだまだ今も続いている、と考えるべきだと思います。水俣・福岡展に、ぜひ行ってみてください。
 

(「水俣・福岡展2023」のポスター)

【水俣・福岡展】
会期:2023年10月7日[土]~11月14日[火](水曜休館) 
時間:9時30分~18時(金・土は8時、最終日は16時まで)
会場:福岡アジア美術館(福岡市博多区)
チケット:一般=当日1,200円、前売1,000円、10枚つづり券8,000円、フリーパス10,000円(大学生以下は半額)

◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)

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この記事を書いたひと

神戸金史

報道局解説委員長

1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。