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「指名NGリストこそジャニーズ問題の象徴」元サンデー毎日編集長が指摘

10月2日のジャニーズ事務所の記者会見に「指名NG」リスト=質問をさせない記者のリスト=があったことが判明した。事務所側は一切の関与を否定しているが、「この会見こそがジャニーズ問題の象徴だ」と元サンデー毎日編集長・潟永秀一郎さんは受け止めている。6日に出演したRKBラジオ『立川生志 金サイト』で次のようにコメントした。

かつて「調査報道の鬼」と呼ばれた記者の怒り

まず大前提として、週刊誌の編集長だった私もジャニー氏の問題を耳にしながら追及しなかったどころか、所属タレントを表紙やインタビューなどで積極的に起用してきた一人として、“同じ穴のムジナ”というそしりは免れないと思っています。ただ、そのムジナの一匹だから見えることもあります。今回の記者会見のやり取りがまさにそうでした。
 

実は私、会見の模様は生中継ではなく、その後のニュース番組でしか見ていませんでした。なので、なぜ会見が紛糾したのかもよくわかっていなかったんです。その翌日、毎日新聞で「調査報道の鬼」と言われ、権力と戦い続けてきた先輩記者が私に連絡してきました。

「あの会見はひどい。なぜ、ジャニーズが勝手に設定した時間制限と一問一答の縛りを、当然のように受け入れたのか。しかも、質問をさせる記者とさせない記者を明らかに選別していたのに、それに異を唱えた記者に、事務所側が『子どもたちに恥ずかしいから、ルールを守ろう』と言って。さらに驚くべきは、それに拍手で賛同した記者が結構いたことだ。事務所もメディアも、何も変わっていない。かつてその輪の中にいた一人として、君もちゃんと考えろ」

なぜかその場にいなかった私が、えらい勢いで怒られました。
 

それで、帰ってすぐに会見の録画を最初から通しで見たんですが、確かに指摘通りだと思いました。その時点ではまだNGリストの存在はわかっていませんが、「明らかに記者を選別している」という指摘も当たっていたわけで、身内ながら慧眼だと思います。
 

逆に言うと、それを疑えなかった自分は、記者としての勘が鈍っているし、先輩に言わせれば「業界の毒がまだ抜けていない」のかもしれません。反省を込めて、あらためて私が会見から見えたことをお話しします。

「実利が伴う仲間意識」があの拍手を生んだ

突き詰めれば、それは拍手に象徴される仲間意識です。以前この番組でジャニーズ問題を取り上げたとき、私も所属タレントさんと個人的に知り合うと、彼らが尊敬の念を込めて面白おかしく話すジャニー喜多川氏の人物像に戸惑いながら、とても「あなたは何もされなかったのか」とは聞けなかったし、そう見ること自体が失礼だと感じた――とコメントしました。
 

私など、ほんの浅く短い付き合いですが、長年ジャニーズ事務所を担当してきた「ジャニ担」と呼ばれる人たちは、ほぼ身内でしょう。しかも、その付き合いには実利が伴います。サンデー毎日も表紙やインタビューを載せれば、時として売り上げが伸びましたが、写真集やカレンダーなどを出していたところは桁違いでしょうし、まして視聴率の1%に大金が動くテレビ業界にとって、人気の所属タレントをキャスティングできるかどうかは一大事です。
 

そのサジ加減を事務所が握っていたわけですから、はっきり言われなくても、その意を汲んだり忖度したりというのは、仕事熱心であればあるほど染みついたはずです。その結果として、脱退したメンバーを干したり、意に沿わない共演者を排除したりということが、いつの間にか暗黙のルールになっていった。だから今回、事務所側が時間や質問回数などを制限しても、その“ルール”をおかしいと思わなかったのではないか、と。あくまで私見ですが。

根強く残るタレントとメディアの仲間意識

また、金銭的利益とは直接関係ない記者やライターも、関係が良ければ取材を受けてもらえたり、時には特ダネをもらえたり。逆の立場になれば、接触すら拒まれるわけですから、構図は似たり寄ったりです。
 

もっとも、それは芸能取材に限ったことでなく、これも反省を込めて言いますが、警察や検察と言った当局取材も、官邸や役所、政治家などの取材も構図は同じで、記者は食い込むために力を尽くします。行き過ぎると、それは「癒着」と批判されるわけで、そうならないためには、どれだけ親しくても「書くべきことは書く」ことしかありません。
 

余談ながら、さっきお話しした先輩記者は、ある記者クラブのキャップ当時に「書く」ことを貫いた結果、キャップ在任中の大半、記者クラブへの「出入り禁止」を言い渡されて、部下と共に放浪した伝説の人です(笑)。
 

つまり、この会見で、特にあの拍手で図らずも露呈したのは、その関係性=事務所や所属タレントとメディアの仲間意識=は、今も根強く残っていて、そのサークルの外の人たちは共通の敵だということです。
 

事務所が後継の社長、副社長に所属タレントを選んだ背景には、そういう現実があると私は思います。特に井ノ原副社長は人柄が評価され、敵の少ない人物ですし、全く外部のプロ経営者が現れたら、その関係性は壊れてしまいますから。
 

付け加えれば、これは何もジャニーズ事務所に限ったことでなく、多かれ少なかれ、タレントに限らず、ほかの大手事務所との関係性でもあることです。例えば、あるキャスティングとバーターで事務所が若手を売り込み、その若手が人気になれば、また次の若手――という仕組みで大手の所属タレントが売れていく。だから才能も大手に集まる、という、ある意味、資本主義の弱肉強食が象徴的に表れる業界でもあります。
 

今回のことをきっかけに、そうしたすべてがクリアに整理されればいいのでしょうが、残念ながらそうはならないだろうというのが私の見立てです。

巨額の相続税を支払うことになったジュリー氏

もう一つ、なぜ事務所の対応は後手に回ったのか、です。
 

今回、ジャニーズ事務所は、被害者補償のための会社(スマイルアップ)と、所属タレントらのマネジメントに特化した新会社に分かれて、創業家の藤島ジュリー景子氏はすべての代表取締役を降り、スマイルアップの100%株主として被害者への補償とケアに専念することになりました。
 

会見でも質問が出ましたが、なぜそれを前回の会見で言えなかったのか、最初から打ち出していれば、スポンサー企業も含めて、世間の反応は違ったはずだと、私も思います。
 

理由は、ジュリー氏自身が手紙で明かしました。巨額の相続税です。手紙にはこうありました。「ジャニーとメリーから相続したとき、ジャニーズ事務所を維持するために事業承継税制を活用しましたが、私は代表権を返上することでこれをやめて、速やかに収めるべき税金全てをお支払いし、会社を終わらせます」と。
 

事業継承制度というのは、相続税を支払うと会社がつぶれて社員も路頭に迷うようなことがないように設けられた税制上の特例で、一定の条件を満たせば贈与税や相続税を猶予・免除される制度です。
 

対象は株式を上場していない中小企業で、ジャニーズ事務所は年間売り上げおよそ800億円と言われる業界最大手ですが、資本金が1000万円なので中小企業の扱いになり、ジュリー氏はこの制度を利用して相続しました。
 

ただ、現時点では免除ではなく「猶予」で、最終的に免除されるには「相続から5年以上、会社の代表者であり続けること」などが定められています。ジュリー氏は2025年5月以前に事務所の代表を降りると相続税を支払うことになり、その額は数百億円とも言われますから、当初は何とかあと1年半、代表取締役に留まったまま、この問題を乗り切れないかと考えたのでしょうが、世間は厳しかった。
 

CM契約の打ち切りや紅白の出場見送りなどタレントへの実害が及ぶに至って、ついに決断したということでしょう。放置すれば所属タレントの流出は止まらず、事業存続も危ぶまれますから。

指名NGリストは事務所にとって痛恨の極み

最後に、今回の「指名NGリスト」について少しだけ。ジャニーズ事務所は「リスト作成には一切関与していない」としていますが、これにはちょっと違和感があります。というのも、誰が好ましく、誰が好ましくない取材者なのかという判断を、会見業務を請け負っただけのPR会社でできるとは到底思えないからです。
 

まぁ「好ましくない」ほうは「前回の会見の様子からピックアップした」という言い訳もできるでしょうが、存在が噂される「優先的に指名するリスト」が本当にあった場合、さすがにこれは説明困難でしょう。
 

また、もし本当にリストに同意していなくても、事務所自ら「では(NGリストの記者は)後半で当てるようにします」とPR会社が言ったことは認め、実際にリストに載った記者の多くは「時間切れ」を理由に指名されなかったわけですから、結果は同意したのと一緒です。
 

せっかく巨額の相続税を払う覚悟でジュリー氏が代表を退き、会社を分割して「ジャニーズ」の名前まで消して再出発しようとした会見なのに、これは事務所にとって、本当に痛恨の極みでしょう。
 

ただ、それを招いたのは、従来通りのメディアとの関係性でこの事態を乗り切れると考え、一方的にルールを課して会見に臨んだことだと思います。既にステージは変わっているのだと理解しなければ、再出発は厳しいものになると思います。

 

◎潟永秀一郎(がたなが・しゅういちろう)
1961年生まれ。85年に毎日新聞入社。北九州や福岡など福岡県内での記者経験が長く、生活報道部(東京)、長崎支局長などを経てサンデー毎日編集長。取材は事件や災害から、暮らし、芸能など幅広く、テレビ出演多数。毎日新聞の公式キャラクター「なるほドリ」の命名者。

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