【江戸ことば~その2】現代語に残るベイブレード・ベーゴマの「べー」とは?
RKBラジオ『サンデーウオッチR』で、RKB毎日放送の神戸金史解説委員長が不定期に登場して解説するのは「江戸ことば」。2回目(2024年12月29日)の放送は、江戸語を知ることでわかる「現代の言葉の語源」がテーマだった。
再び『江戸語の辞典』から
下田文代アナウンサー(以下、下田):おさらいですけど、江戸ことばっていうのは?
神戸金史解説委員長(以下、神戸):江戸時代に、今の東京で使われていた言葉ですね。「てやんでえ」とか「べらんめえ」とか。ああいった言葉をしゃべっていた時代に記録されたしゃべり言葉の中から、面白いものを持ってきています。
下田:その時代のどんな人たちがしゃべっていた?
神戸:町民ですね。幕末になってくるとだんだん緩んできて、下層の武士たちはそういう言葉を使うようになっていきますけども、主に町民が町民文化の発展とともに作ってきた言葉です。
「あてずっぽう」「あさっぱら」
神戸:今日はこれから行きましょうか。「あてずっぽう」。「ずっぽう」とは何でしょう?
下田:ずっぽう…何だろう。「鉄砲」みたい?
神戸:「寸法」です。江戸語の辞典には、そう漢字で書いてあったんです。あては「当て」。「物差しもなしに長さを測ること。確かな目的や成算もなしにことをなすこと。当て寸法の訛り」とあります。あてずっぽうの「ずっぽう」は、「寸法」である。どうです?
下田:面白い!
神戸:次はこれです。「朝っぱら」の「ぱら」とは?
下田:うーん、「腹」?
神戸:お! 腹です。「朝腹」と漢字で書いてあったんです。「朝腹なの?」と思ったら、元々は「朝飯前の意味」だったと。朝、お腹をいっぱいにする、朝飯の前だから。「朝っぱらからなんだい、うるせえな」。
下田:食事もしていないのに、なんで急に朝からいろんなこと言うの? っていうこと?
神戸:朝飯前の「朝っ腹」と漢字で書いてましたね。
下田:なるほどー!
「キザったらしい」「ちゃかす」の語源とは
神戸:「キザ」。どうして「キザ」と言うのか?
下田:キ……気持ちの「気」。
神戸:うん、当たってる!
下田:「ザ」は……。
神戸:これは難しいな。「気障り」の略がキザなんですね。どういうことかと言うと「気になること」という意味で「気障り」と言っていたのが、次第に「気にくわぬこと」になり、「言動・風俗の嫌味なこと」になり、「色情的でいやらしいこと」になっていく。
下田:「キザなやつだね」って、若干ネガティブが入ってる。
神戸:だから「嫌味なこと」が発展して、江戸時代は結構「いやらしい」という意味で「キザ」という言葉を使っています。「気障り」が省略されて「キザ」になっている。「そうなの?」と思いました。もう一つ、これはどうでしょう。今で言う「ちゃかす」の「ちゃ」とは?
下田:…お茶? お茶を沸かす感じ?
神戸:「茶を沸かす」=ちゃかす。いい線いってます! 「茶」というのは江戸時代「冗談」とか「無駄口」という意味で使われていました。
下田:あ、「茶々入れる」とか?
神戸:そうです、その通りですよ! 相手の言うことをはぐらかす、愚弄するというのを、「茶にする」と言っていたんです。元々「冗談」「無駄口」が「茶」。「茶にする」というのは「相手の言うことをはぐらかす」。それで「茶かす」という現代語になってるわけですね。
罵倒語「カス!」の由来
神戸:では、これはどうでしょう。悪い言葉ですが、「このカス!」とかあるでしょ。この「カス」って何でしょう?
下田:カス……「加える」?
神戸:ちょっと違うな、粕漬けの「粕」ってあるでしょ。酒の粕ね。「糟っ食らい」という言葉が江戸時代にはありました。下等の酒を飲む酔っぱらいを嘲って、「糟っ食らい」って言っていたんです。そこからですね。例えば男を罵倒する時、「カス野郎!」
下田:それは酒粕のカスから!
神戸:そう! 「安酒を飲んでいる馬鹿野郎」っていう感じ。
下田:ははは!
神戸:それから、神主さんは禰宜(ネギ)ですけど、「糟禰宜!」。安酒(糟)を飲むから「糟っ食らい」。そこから「糟野郎」とか。今はあまり使う使っちゃいけない言葉ですど、実は安酒の粕。
下田:そうなのねー。
「ベイブレード」に生きる江戸語
神戸:じゃ、超意外な奴、これはどうでしょう。ベイブレードの「ベイ」。
下田:え? ベイブレード?
神戸:ベイブレードってわかります、子供が遊ぶ……。
下田:ベーゴマみたいな?
神戸:そうそう、現代風のベーゴマですよね。アニメや映画にもなっているけども、その語源はもちろんベーゴマです。では、ベーゴマの「ベー」とはなんですか。
下田:…「米」じゃないんですか?
神戸:あ、それは全然違うな。「バイ」と呼ぶ貝があったんです。
下田:ああ、バイ貝。
神戸:バイ貝は巻貝じゃないですか。貝殻に鉛を詰め込んで、貝独楽(ばいごま)を回していたんです。「貝独楽」は江戸弁で「ベーゴマ」になっちゃうんですよ。
下田:すごーい!
神戸:「貝独楽」と書いて「ばいごま」と読んでいた。僕も子供の時にベーゴマをしていました。貝はなくて鉛だけでしたけど、江戸時代は型としてバイ貝に鉛を入れて、それで遊んでいた。それがベーゴマになっているわけですね。それがベイブレードにまだ生きている。
下田:すごい!
神戸:すごいでしょ。ベーゴマで遊ぶことを「バイ廻し」って言うんだと、解説で書いてあって知る。
下田:名前は「与えられたもの」として普通に使用していますけど、「この名前は何だろう?」って興味を持つことで、歴史とか源に触れることができますね。
この「ひょっとこ野郎!」
神戸:じゃ最後にこれ。「ひょっとこ」。どういう意味ですか?
下田:ひょっとこ踊り、したことありますよ。
神戸:タコみたいに、口を尖らせて。
下田:そうそう。
神戸:「ひふきおとこ」、漢字で書くと「火吹男」。「火吹き竹で火を吹くために口を尖らせた顔を神楽で描いた仮面」を「火吹き男」と呼んでいるそれが「ひょっとこ」になるわけですね。醜い人を罵って「このひょっとこ野郎!」とか。
下田:ひどい言葉です。
神戸:江戸時代の言葉って結構ひどいんですよ。火吹き男が訛って「ひょっとこ」になっていたのはこの辞典で初めて知りました。
下田:すごい勉強になるー!
神戸:でしょ? 今でも使われている言葉が、実は江戸時代に源があって、こんな理由で生まれた、と全く知らないで僕らは使ってるんです。日本語の奥の奥に、江戸語がちゃんと生きている。そういうことが詰まった辞書なんです。大好きな江戸ことば、まだまだいっぱいあります。
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この記事を書いたひと
神戸金史
報道局解説委員長
1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。