6400人以上の犠牲者を出した阪神淡路大震災から1月17日で、30年になる。一方、年明け早々、中国チベット自治区ではマグニチュード6.8の地震が起きた。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が、1月13日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、今回の地震の被災者の救助や復興について、宗教が絡む政治的意味合いという視点から、読み解いた。
富士山より高い都市で発生した地震
今回の地震は1月7日午前、チベット自治区第二の都市・シガツェを震源として発生した。中国メディアによると、126人が死亡、約4万6000人が避難したという。
シガツェは、ネパールとの国境にある。世界最高峰エベレストのふもとにある町として知られ、エベレスト登山の入口の一つだ。また、ブータンやインドとも隣接している。報道によると、被災地の標高は4000メートル以上と、富士山より高い位置にある。この季節は気温がマイナス20度近くまで冷え込むという。
この辺りの家屋は、耐震性に乏しい木造や、れんが造りがほとんど。大きな地震に襲われると、ひとたまりもない。
チベットに入れない海外メディア
今回の地震に関する報道で、気付くことがある。それは、日本を含む海外メディアは基本的にすべて、中国の国営メディアの報道に依存していることだ。報じ方として主に「中国中央テレビによると」だったり、「中国国営新華社通信の報道によると」といったスタイルだ。
地震は発生当初、被害の大きさが把握しにくい。だから、日本の国内であれ、海外であれ、メディアはいち早く現地に入ろうとする。今回は北京や上海からはるかに遠く、また被災地が標高4000メートルを超える厳しい環境にあるのも中国メディアに依存する大きな理由だ。
しかし同時に、チベットには「海外メディア、特に西側といわれる国々のメディアが行けない、行くことを許されない」という壁が存在する。特派員がチベット自治区へ入るには、自治区政府の担当部門に申請し、認可を得なければならない。しかし、誰もが想像できるように、許可が下りることはない。
チベットでの地震について現地では取材できない。それはチベット族という民族問題、チベット仏教という宗教問題が存在するからだ。被災地に入った中国の国営メディアが報道している内容は、軍隊の救助活動や、被災者への食糧や衣料品の支援、そしてそれらに感謝する被災者(=チベット族住民)など、いわゆる“いい話”“美しい話”が目立つ。
神経尖らせる習近平指導部
習近平主席は地震発生直後に、救助に全力を尽くすよう直接、指示した。「被災者に温かい環境を用意するように」と具体的な指示の言葉も、国営メディアは紹介している。ここで、共通して使われるキーワードが「団結」だ。指導者と被災者の団結、中央と地方の団結、そして、国民の大多数を占める漢族と、現地の少数民族・チベット族の団結だ。
習近平主席が直々に、指示を出す――。大きな災害が起きれば、チベットに限らず、トップがそのような指示を出すことがあるだろうが、チベットでは過去に、中央の統治に反発して大規模暴動が発生した。
2008年、チベット自治区に端を発した暴動・抗議活動はチベット自治区だけでなく、チベット族が居住する各地に飛び火した。この事態を受け、共産党指導部はチベット族に対してチベット語ではなく、標準語や共産党思想の教育を徹底した。いわゆる同化政策だ。その締め付けは、習近平政権になって一段と厳しさを増す。だから、指導部は自然災害であれ、チベットで起きた事態に、神経を尖らせる。
ダライ・ラマの声明に極端な反応見せる中国
チベットといえば、一人の人物の存在が気になって仕方がない。ダライ・ラマだ。
インドに亡命中の、チベット仏教において宗教的、政治的の最高指導者、ダライ・ラマ14世。今年90歳を迎える。インドに亡命したのは今から66年前。ダライ・ラマは、自分のいないチベットで地震が起きた7日、声明を発表した。
「壊滅的な地震が起きたという情報に接し、深く心を痛めています。亡くなられた方のご冥福、負傷された方の一日も早い回復をお祈りしています」
ダライ・ラマは、信仰心の篤いチベットの人たちにとって、もっとも大切な存在だと聞く。遠くインドにいても、その思いは変わらないのだろう。一方、中国外務省は、ダライ・ラマが声明を出したことについて、こう言っている。
「ダライ・ラマは祖国分裂主義者であり、その本質と政治的たくらみを、われわれはよく分かっている。高度な警戒を保っている」
「災害に乗じ『政治的なたくらみ』を、チベットに広げようとしている」ということだろう。災禍にある、自分と同じチベット族への純粋な思いだと感じるが…。このような極端な反応こそ、国際社会が中国を奇異に見る要因の一つではないか。
震源地は「生き仏」めぐり敏感な都市
中国当局が被災者の救助や、その後の復興に懸命になるもう一つの理由を、私の目から解説したい。それは震源地がシガツェということと大きく関係している。
チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマを「ダライ・ラマ14世」と紹介した。「14人目のダライ・ラマ」「14代目」ということだ。チベット仏教は「すべての生き物は輪廻転生する(生まれ変わる)」という教えに基づく。中でも観音菩薩の化身(=生き仏)とされるのがダライ・ラマ。その死去後に、生まれ変わりの男の子を探して後継者にする伝統が続いてきた。今の14世は、13世が死去したのち、2歳の時に位の高い僧侶たちに認定された。
ダライ・ラマに次いで高い位にある「生き仏」がパンチェン・ラマ。歴代のパンチェン・ラマが座主を務めてきた由緒ある寺が、このシガツェにある。
先代のパンチェン・ラマ10世が1989年に死去した後、ダライ・ラマはその生まれ変わりとして、当時6歳の少年を見出し、パンチェン・ラマ11世に認定した。だが、中国側はそれを認めず、別の少年を独自にパンチェン・ラマ11世にし、その人物は今もシガツェで活動している。一方、ダライ・ラマ側が先に見出した少年(=すでに35歳になっているはず)は、中国当局の手によって消息が不明のままだ。国外にいるダライ・ラマは、中国側の決定をどうすることもできない。
チベットに住む人たちにとっては、崇拝するダライ・ラマ14世が選定した「消えた11世」こそ、本当のパンチェン・ラマだ。中国政府が認め、現在、シガツェで活動するもう1人のパンチェン・ラマを「本物のパンチェン・ラマではない」と考えており、それがチベット族の共産党不信の一つになっている。その不満の渦が巻くシガツェで、大きな地震が起きた。
共産党政権にとって、シガツェは敏感なチベットにおいても、とりわけ敏感な町だ。習近平主席をはじめ中国当局が被災者の救助や、その後の復興に懸命になる、もう一つの理由がそこにある。そのような角度から、今回起きた地震を見ると、自然災害とは別の一面も見えてきそうだ。
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この記事を書いたひと
飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。