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習近平主席BRICS首脳会議を欠席…背景と日本との関係をウォッチャーが分析

飯田和郎

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中国の習近平国家主席がブラジルで開催されたBRICS首脳会議を欠席し、さまざまな憶測を呼んでいます。東アジア情勢に詳しい元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが7月7日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し「日本とも無関係ではないかもしれない」とコメントしました。

BRICSの重要性と中国の多国間主義

BRICSとは、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの頭文字を取った主要新興国の枠組みで、2001年に発足しました。現在ではさらに5か国が加わり、東南アジアを中心に10か国がパートナー参加しています。BRICSは、世界経済を主導してきたG7(主要7か国)とは一線を画し、その経済成長とともに影響力を増してきました。

中国はこれまで、ロシアや北朝鮮といった国との二国間関係を重視する一方で、BRICSのような多国間組織の構築を主導してきました。例えば、ロシアや中央アジア諸国などで構成される上海協力機構(SCO)もその一つです。BRICS内では、長年の国境紛争を抱える中国とインドのように一枚岩ではない部分もありますが、アメリカ中心、先進国中心の世界秩序を崩すためにも、BRICSやSCOは中国にとって重要な「道具」なのです。

それだけに、習近平主席がBRICS首脳会議を欠席したことは、大きな注目を集めています。代わりに、中国からは李強首相が出席しています。

欠席の理由はブラジル訪問時期か、それとも…

中国外務省は7月2日、李強首相がBRICS首脳会議に出席すると発表しました。当然、習近平主席が出席するものと見られていたため、「首相が行く」という発表で習近平主席の欠席が明らかになりました。外務省のスポークスマンはBRICSを「グローバルサウスの発展と協力を促進する重要なプラットフォーム」と高く評価し、アメリカの一国主義を暗に批判しましたが、習近平主席が参加しない理由については説明しませんでした。

石破総理が6月下旬に予定していたNATO(北大西洋条約機構)首脳会議への出席を直前で取りやめたのは記憶に新しいですが、習近平氏は2013年に国家主席に就任して以降、BRICS首脳会議には毎回必ず出席し、開催国を公式訪問したり、周辺国を歴訪したりするなど、トップ外交を展開してきました。それだけに、「なぜ今年は行かないのか?」と不思議に思う声が出るのは当然です。

ここからは推測の域ですが、まず考えられるのは、開催国ブラジルでは昨年11月にG20サミットが開かれ、習近平主席はこの時にすでにブラジルを訪れているという点です。わずか8か月しか経過していません。また、BRICSメンバーであるロシアのプーチン大統領が現地ブラジルには「行かない」とすでに表明していたことも、習主席の判断に影響した可能性もあります。

健康不安説と国内問題への専念

まさか健康不安があるのか、という声も一部の中国ウォッチャーや元外交官の間で聞かれます。しかし、習主席は6月中旬には中央アジア諸国首脳会議出席のためカザフスタンを訪問し、さらに6月下旬には北京を訪れた各国首脳と次々と会談し、その映像も国営メディアで流れています。これらの活動を見る限り、健康問題ではないとすれば、「ブラジルに行かない」という判断は「国内問題に専念したい」という意図があるのではないでしょうか。

国内問題として考えられる要素は主に二つあります。

一つ目は、中国では毎年夏は政治的に重要な意味を持つ季節だということです。共産党の現役最高幹部や長老が避暑地に集まり、重要な会議が開かれます。その事前準備も非常に大切です。一方、BRICS首脳会議の開催時期は年によって異なりますが、今年は偶発的にこの避暑地での重要会議と、遠いブラジルでの首脳会議が重なりました。(以前このコーナーでも報告しましたが)習近平氏がトップを務める中央軍事委員会の混乱が続いており、6月末には軍事委員会メンバーの2人目が新たに解任されました。そのような中で夏の重要会議が控えているのです。

もう一つの要素は、今年の夏、2025年が中国にとってもわれわれ日本にとっても「特別に重要な夏」であるからです。

「抗日戦争勝利80周年」という特別な夏

日本でいう「戦後80年の夏」は、中国から見れば「抗日戦争(=日本との戦争)に勝利して80周年」の夏にあたります。7月7日は、日中戦争の発火点となった盧溝橋事件から88年にあたります。北京郊外にある盧溝橋付近で起きた日中両軍の発砲事件を指しますが、今日の記念式典に習近平氏が出席し、中国共産党にとって「戦勝80周年の特別な夏」を演出するかもしれません。

そして、8月15日を挟み、9月3日には北京の天安門広場で、抗日戦争勝利80周年記念式典が開かれる予定です。習近平主席は重要演説を行い、軍事パレードを挙行するでしょう。この式典にはプーチン大統領も参加すると見られています。日本との戦争に勝ったということは、共産党が中国を統治する正統性を示す最大の根拠です。日本が降伏文書に調印した80年前の9月2日の翌日である3日を、中国は戦勝記念日と定めています。

重要なBRICS首脳会議を欠席してまで、習近平主席にとって「この夏」が意味するものは一体何なのか、注目せずにはいられません。中国政治の内部はなかなか見えませんが、だからこそ、「ああかもしれない、こうかもしれない」とあれこれ推測を巡らすのは、難しいながらも興味深い作業なのです。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。