9月12日放送のRKBラジオ『立川生志 金サイト』に出演した、元サンデー毎日編集長・潟永秀一郎さんが、デジタル化の波に直面する新聞業界の現状と、生き残りをかけた新たな挑戦について語った。新聞の発行部数が激減する一方で、その存在意義を守るために多角化経営に乗り出す現場のリアルな姿が明かされた。
新聞部数半減、スマホ普及率97%
私たち昭和世代が進学や就職で一人暮らしを始めるとき、テレビは必須でしたし、大学生でも大抵、新聞は取っていました。それが今や、大学生で新聞を読んでいる人は1割を切ったとされ、テレビすら持たない人が増えて、動画はもっぱらYouTube、ドラマもTVerなど配信で――と、様変わりしましたよね。
では、新聞の発行部数はどうなったのか。新聞協会のデータを基にその推移を見ると、2000年当時、協会に加盟する全国の新聞社の合計発行部数は5370万部でしたが、去年2024年は2709万部。なんとほぼ半分になってしまいました。それでも2017年まではまだ、年間100万部ほどの減少数だったんですが、2018年からは200万部ペースに倍増して、その流れが止まっていません。
この間なにが起きたのか――。見事に逆の相関関係にあるのが、スマホの普及率です。2000年当時はまだ、いわゆる「ガラケー」だったのが、2007年にAppleが「iPhone」を発売してスマホ時代が幕を開け、日本では2010年ごろから普及し始めます。その後の伸びはすごくて、5年後には世帯普及率が5割を超え、2017年に7割に達します。新聞の部数減に拍車がかかるのは、この頃。以後、2019年に8割、2021年には9割を超え、最新のデータでは97%、ほぼ全世帯です。この間、新聞の世帯普及率は90%台から50%台になっていますから、見事に逆の相関関係なんですね。
報道機関としての使命と経営のジレンマ
もちろん新聞社も、この状況を指をくわえて見ていたわけではなく、全国紙を中心に、電子版やデジタル版と呼ばれる会員制の有料配信サービスを充実させていくんですが、残念ながらまだ、部数の減少に伴う販売・広告収入を補えるほどの規模には育っていません。日本では、Yahoo!などポータルサイトを通じて無料で読む人が先に増えたことと、特に若い世代では、今やそうしたニュースサイトですらなく、SNSを通じて情報を得る人が増えていることも大きく影響しています。
実際にさまざまな現場に足を運んで取材し、いわゆる「一次情報」を配信しているのは新聞社やテレビ局とかなんですが、その価値を評価していただけないと、正直、取材網の維持は厳しくなります。それでも新聞社はそもそもの目的、存在意義が「報道」ですから、他の収益をつぎ込んででも守らなければなりません。余談ですが、以前私、メガバンクの友人と飲んだ時、「毎日新聞社は、新聞発行やめて不動産業に特化すれば超優良企業ですよ」と言われたことがありましたが、少なからぬ新聞社が所有不動産をオフィス賃貸したり事業を起こすなど、さまざまな資産を活かして経営を支えています。いわゆる多角化です。
実は私も今、毎日新聞グループ企業の一社で新規事業を担当していて、まさに試行錯誤の日々です。関東圏の毎日新聞やスポーツニッポン新聞の印刷を担っているんですが、印刷部数が減少する中、その分をほかの収益で補わなければなりません。それは自社を守るだけでなく、発行する新聞を守るためにも必要だからです。
印刷業に関して言うと、グループ外の日刊紙や業種別の専門紙、企業や自治体の広報紙など、年間で合計すると大小200紙近くの印刷を請け負って、今や総印刷部数のうちグループ会社が占める割合は3割程度まで減っています。近年、新聞印刷から撤退する企業や工場もあって、その受け皿になっている面もあります。
ちなみに、新聞の印刷に使う輪転機って、1機いくらくらいすると思いますか? これが何と、周辺機器まで含めると20数億円。うちにはこれが本社工場だけで10セット、神奈川や埼玉などサテライト工場も含めると23セットあります。よく冗談で、「これが全部ビルだったら儲かるのに」というんですが、新聞というメディアは、取材・編集・発信という報道機能の後ろに、印刷や新聞を運ぶ輸送網、販売店など多くの人と費用をかけて成り立っています。時代遅れと言われればそれまでですが、多種多様な報道機関の存在が民主主義を守るうえでとても大切なことだと、きれいごとでなくそう思っているから、時にマスゴミと言われながら、その役割を守っているわけです。
役割の例を挙げると、例えば2018年に毎日新聞が新聞協会賞を受賞した「旧優生保護法を問う」というキャンペーン報道は、支局の若手記者が、旧優生保護法のために15歳で不妊手術を強制された女性の思いを知り、取材を始めたのがきっかけでした。その後、多くの記者が加わって、差別や偏見を恐れて被害を訴え出られなかった人々の声や、過去の記録を掘り起こし、最終的に国による謝罪と救済に結び付きました。
また、今年の新聞協会賞に選ばれた信濃毎日新聞の「ガソリン価格カルテル疑惑」報道は、県の石油商業組合に加盟するガソリンスタンドが販売価格を事前調整していることをスクープし、公正取引委員会を動かして、最終的に全国一高い、とも言われた長野県のガソリン価格が下がりました。突き詰めれば、記者たちにそういう仕事をしてもらうために、報道機関の各セクションは働いているとも言えます。
印刷工場がキクラゲ農場に?ユニークな多角化事業
多角化の話に戻します。じゃあ、印刷会社はどんなことをやっているのか、例えばアプリ開発です。実は、うちにはインド工科大を卒業したITエンジニアが6人いて、「ネクスタメイシ」という法人向けの名刺管理アプリなどを開発、販売しています。元々は毎日新聞などグループ会社が使うために開発したんですが、評判が良くて一般販売を始め、現在800社以上に採用され、さらに成長中です。私はまだサンデーにいた頃ですが、8年前にインド工科大生のインターンシップを受け入れ、採用を進言した社員がいてくれたおかげです。
ドラマやCM、映画やミュージックビデオなどのロケ誘致事業も大きく伸びた一つで、江東区にある当社のビルは今、年間400件近いロケを受け入れています。具体的に言えないんですが、皆さんもきっと見たことがあるシーンがいっぱいです。出勤したら玄関にパトカーが止まっていて「何事か!」と思ったら刑事ドラマだった、ということもしばしばです。
平日にオフィスを全面的に貸し出す時は、社員は会議室に移ったり、リモート勤務に切り替えたりして対応しています。それは社長室も例外じゃなく、ロケの時は社長が資料や書類を大きなスーツケースに入れて出ていきます。ただ、これも社員が本社ビルの強み=都心に近くて駐車場が広く、機材を運ぶ大型エレベータもある=といった、ロケ地としての適性に気づいて、各方面に売り込みをかけた結果です。
また最近、話題になったのが、キクラゲの栽培です。こちらは埼玉の川口工場ですが、実は新聞印刷工場ってキノコ栽培に適しているんです。というのも、巨大なロール紙が高速で回る工場では、紙が切れないように温度と湿度を厳密に管理しています。しかも基本的に24時間体制ですから、もし停電など不測の事態があっても対応可能です。印刷の技術者が発案したんですが、キクラゲを選んだのは、中国製が9割を占めて国産に希少価値があるから。品質も評価され、東京への配送距離が短いこともあって、既に都心の高級中華料理店や有名ホテルなどで採用されています。
ほかにも、専門紙のニュースサイトなどを構築するWEB事業や、編集者が足りない地方紙さんの紙面制作をリモートで請け負う編集支援事業とか、とにかくできることは何でも挑戦して、軌道に乗れば事業化しています。
「歴史はオールドでも、取り組みはオールドではない」
思いは同業他社さんも同じようで、北は北海道から南は九州まで、多くの新聞社が、視察や意見交換に来られます。実は、福岡の地元紙・西日本新聞さんも新規事業による多角化に熱心な新聞社として知られ、豆腐の販売やコインパーキング展開などのほか、国内外のIT企業などと連携した各種事業があり、意見交換をさせてもらっています。
また先日は、農業に関わるベンチャー事業の説明会に出向いたんですが、こちらも地方紙やテレビ局の新規事業担当者が各地から集まって、皆さん、あらゆる可能性を追っているのは同じでした。そういえば、RKB毎日放送も宗像市に魚の陸上養殖施設を造って、サーモンの養殖に乗り出すとお聞きしました。
冒頭お話した通り、昭和からの既存メディアはどこもネットメディアの成長に押されていますが、それでも守るべきもの、果たすべき役割があると信じて、様々な挑戦をしています。歴史はオールドだけれど、取り組みは必ずしもオールドではないことが、少しでもリスナーの皆さんに伝われば幸いです。
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この記事を書いたひと

潟永秀一郎
1961年生まれ。85年に毎日新聞入社。北九州や福岡など福岡県内での記者経験が長く、生活報道部(東京)、長崎支局長などを経てサンデー毎日編集長。取材は事件や災害から、暮らし、芸能など幅広く、テレビ出演多数。毎日新聞の公式キャラクター「なるほドリ」の命名者。























