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トランプ政権下の排他性が日本に好機をもたらす!?IT人材獲得の可能性

潟永秀一郎

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関税の引き上げをはじめとして、トランプ大統領が次々打ち出す過激な政策は「トランプショック」と呼ばれ、世界を揺るがしていますが、ある面では「これはチャンスだ」と捉える動きもあるそうです。いったい、どんなことなのでしょう? 元サンデー毎日編集長の潟永秀一郎さんが、6月13日に出演した『立川生志 金サイト』で解説しました。

トランプ政権の排他政策の背景

本題に入る前に、その背景となっているアメリカ国内の問題をお話しします。一つは、ハーバードをはじめとする有名大学とトランプ政権の対立です。おさらいしましょう。

きっかけは、イスラエルによるガザ地区への攻撃激化と、それに伴う住民の犠牲でした。ご存じの通り、ガザ地区は「天井のない監獄」と呼ばれるように、周囲から閉鎖された逃げ場のない土地です。広さは日本の種子島ほど。そこにおよそ200万人が暮らし、世界で最も人口密度が高い場所の一つです。

もとはと言えば、イスラム過激派組織ハマスがイスラエルに越境して1,000人以上を殺害し、250人以上を拉致して人質にしたためですが、その後のイスラエルの反撃は熾烈を極め、国連などによると一般市民5万人以上が犠牲になり、20万人近くが難民となって、さらに餓死者が出るなど多くの住民が飢えに苦しんでいます。

この状況に全米各地の大学では抗議活動が広がりましたが、政権はこれを「反ユダヤ主義」だとして大学側に事実上、思想信条の自由を制限するよう求めました。ハーバード、コロンビア、プリンストンなど有名大学を含む60校に対し、国の方針に従わなければ助成金を凍結すると警告。一部の大学は従いましたが、受け入れない大学は助成金を止め、特にハーバードに対しては留学生の受け入れもできなくしました。

留学生について言えば、トランプ政権の対応はさらに厳しさを増し、アメリカ国内の大学への留学を希望する人たちの学生ビザの新規受け付けを一時停止するよう指示し、審査を強化する方針です。対象となる学生ビザは、ゆうに70万件を超えるとみられています。

もう一つは、これもご存じ、移民政策の厳格化です。トランプ大統領は就任直後に移民規制の大統領令に署名し、政権発足から100日で7万人近くの不法移民を強制送還したほか、1日平均6百数十人を逮捕。さらにこれを「1日3,000人逮捕」まで増やすよう、当局に指示しました。年間100万人規模です。

一口に「不法移民」と言いますが、その中には紛争や政情不安などから祖国を追われ、逃れてきた人もいます。亡命認定には時間がかかるため、TPS(一時保護資格)という制度に基づいて在留する人たちで、ウクライナやミャンマー、ソマリアなど17か国が対象国に指定され、全米に100万人以上いるとされます。

また、アメリカには、両親が不法移民であっても、アメリカで生まれた子どもはアメリカ市民として認める「出生地主義」が憲法に明記されていますが、トランプ大統領はこれを終了させる意図があるとされ、実際に第一次トランプ政権下でも親だけが強制送還された例が多発し、現在も続いています。

いま、ロサンゼルスなどで起きているデモなどの抗議活動は、こうした一連の移民政策、特に強引な家宅捜索や逮捕に反対するもので、全米各地に広がりつつあります。ご存じの通り、一部が暴徒化したロサンゼルスには、ついに海兵隊まで投入され、対立が先鋭化しています。

日本にとっての「チャンス」

つまり、アメリカでは今、留学であれ、就業であれ、審査は厳格化され、ひと言で言うと排他的な国に変わりつつあり、かつてのような自由で寛容な国というイメージは失われました。そしてこれが今、若年人口の減少とエンジニア不足に悩む日本にとってはチャンスだ、という話が本題です。

コメ問題などであまり大きく報じられませんでしたが、政府は6月4日、「総合科学技術・イノベーション会議」を開き、トップを務める石破首相は「アメリカ政府の政策転換で研究活動に懸念が生じているなか、アメリカを含めた優秀な海外研究者の招聘などを強化する」と表明し、関係閣僚には「海外の研究者受け入れを進めるよう」指示を出しました。

大学側も既に動いており、東北大学が300億円を投じて、国内外のトップレベルの研究者約500人を採用する計画を打ち出したほか、東京大学や大阪大学、広島大学、立命館大学などが受け入れを表明し、九州大学のカーボンニュートラル・エネルギー国際研究所も検討しているそうです。

既にアメリカ側からも、NASA(アメリカ航空宇宙局)をはじめとして、受け入れの問い合わせが来ているといいますが、課題は高額な報酬です。教授クラスだと年間3,000万円を下らないとされ、「国際卓越研究大学」第1号に認定されて政府の支援が受けられる東北大学以外は苦慮しています。

ただ、政府として海外の研究者受け入れを表明しているのですから、研究内容は精査するにしても、国として相応の支援はすべきだと、私は考えます。またもや選挙を前に、国民一人当たり2万円配るとかいう話が出ていますが、実施されれば総額2兆数千億円です。税収が上振れした分を充てると言いますが、それって国民が一生懸命働いた果実でしょう? ならば未来につながる使い方をしないと、報われないと思うんです。

インド人ITエンジニアの可能性

もう一つのチャンスはITエンジニアの獲得。特に注目しているのは、インドの人材です。IMF(国際通貨基金)によると、2025年度のインドの経済成長率は6.2%、GDPはおよそ607兆円に達し、今年にはついに日本を抜いて世界4位になると予測しています。

人口は世界最大のおよそ14億人で、平均年齢は28歳です。14歳以下が4分の1を占める若い国で、モディ首相が2014年の就任以来進めてきたのが「デジタルインディア」政策です。特にIT人材の育成に力を入れ、総合人材サービスのヒューマンリソシア株式会社の調査によると、世界でおよそ3,000万人とされるITエンジニアを国別に見ると、3位は中国のおよそ350万人、2位はアメリカの450万人、そして1位は490万人のインドなんです。

日本は、と言うと、4位の144万人。インドのおよそ3分の1です。前の年からの増加数に至ってはインドが世界一、44万人も増えているのに対して、日本はほぼ横ばいです。

そのIT人材のトップ、上位1%を輩出しているのがインド工科大学(IIT)で、Google CEOのサンダー・ピチャイ氏など、錚々たる名前が上がります。

インド国内の主要都市などに23校を展開し、合わせて10万人ほどが在籍しますが、驚くのはその入試倍率です。IITを受験する前に二つの関門があって、まず、理系の大学を目指す学生が受ける共通テストの志願者が80万人以上、これを通って次の試験に進めるのがおよそ16万人で、この試験を通るのがおよそ4万人。これでようやくIITを受験できるんですが、合格者はおよそ1万6,000人なので、1次試験の志願者数からすると、競争率は50倍以上、合格率はわずか2%です。

それでも多くの若者がIITを目指す背景には、二つの理由があります。一つは収入の高さです。国民の平均年収がおよそ68万円なのに対して、IT人材は5百数十万円。10倍近くです。

そしてもう一つは、カースト=身分制度です。法的には1950年に憲法で廃止されていますが、今も農村部などには根強く残ると言われます。ただ、カースト制度が廃止される前の20世紀初頭もコンピューターはありませんから、ITエンジニアにカーストはなく、能力次第で未来が切り開けるチャンスなんです。まあ、とはいえ難関中の難関で英語力も求められるので、現実には経済力のある家庭でなければ難しいのですが、夢の入り口であるのは間違いありません。

日本企業での成功事例

片や日本――。経済産業省によると日本のエンジニア不足は既に40万人近く、2030年には79万人に達すると言われていますが、先ほど言ったように、そもそも少子高齢化が進む中、人材数は横ばいで、到底このギャップを埋めることはできそうにありません。

実はこうして私がインド人材の話をしているのは、身近にそのレベルの高さと活躍ぶりを見ているからなんです。いま私は、毎日新聞のグループ会社にいますが、そのIT部門を支えているのがIITの卒業生たちです。8年前にインターンシップで当社に来た4年生2人が、期間中のわずか3か月で、グループ各社で使う名刺管理システムの原型を作り上げました。

当時は第一次トランプ政権で、今と似た状況だったこともあり、なんと当社を就職先に選んでくれて、今は製品として700社以上にご利用いただいている法人向け名刺管理アプリ「ネクスタメイシ」を、ゼロから開発してくれました。彼らには全くなじみのなかった日本語の、漢字も仮名もローマ字も混じる名刺を読み込んでデータ化する仕組みですが、今や判読率は95%以上。それもこれも彼らの高い技術、特に人工知能(AI)でアプリが自動学習する機能のおかげです。

その後も、彼らを慕う後輩らが就職してくれて、現在IIT出身の社員は6人。今年も4人が今、当社でインターンシップを受けています。最初こそ言葉の壁はありましたが、何せ天才ですから(笑)、社員が英語に慣れる前に、彼らのほうが日本語に慣れて、リーダーはもう日本語ぺらぺら。しかもエンジニア同士ならIT用語は共通ですから、日本人社員も不自由なく一緒に仕事しています。

そんなIITには世界中の有名企業が採用に殺到し、GoogleやAmazonなど大手から決まっていきますが、インターンシップで行った先の企業に就職を希望してくれれば、それで決まります。いわば合法的な青田買いと言いますか(笑)、アメリカが排他的になっている今、「安全で暮らしやすい」と彼らが言う日本は、またとない採用のチャンスだと、これは身をもって感じます。当社はGALK(ガルク)という仕組みを使いましたが、ネットで「インド工科大学」「インターンシップ」と検索すれば、仲介企業が出てきます。

物価高は進み、暗いニュースが多い昨今ですが、うつむいていたら運も逃げます。研究者もIT人材も海外のトップレベルが採用できる、このチャンスを逃す手はありません。政府もぜひ、大学や企業の人材獲得を支援してほしいと、予算をかけてほしいと切に願います。だって、そこからGAFAのようなユニコーン企業が生まれるかもしれないんですから。

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この記事を書いたひと

潟永秀一郎

1961年生まれ。85年に毎日新聞入社。北九州や福岡など福岡県内での記者経験が長く、生活報道部(東京)、長崎支局長などを経てサンデー毎日編集長。取材は事件や災害から、暮らし、芸能など幅広く、テレビ出演多数。毎日新聞の公式キャラクター「なるほドリ」の命名者。