PageTopButton

「ネットクリーンアップ作戦」が示す中国社会の病巣をウォッチャーが解説

飯田和郎

radiko podcastで聴く

中国政府が国家を挙げて「インターネット クリーンアップ作戦 2025」を展開している。9月29日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、東アジア情勢に詳しい元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが出演し、この一大キャンペーンの目的と、その背景にあるネット空間の暴力、そして社会の病巣について解説した。

ネガティブ感情を「一掃する」政治キャンペーン

社会主義国の「キャンペーン」とは、映画や歌のPRではなく、国を挙げて目標に邁進する政治キャンペーンのことを指します。今回、中国政府でインターネットを管理する部門が展開する「インターネット クリーンアップ作戦 2025」。その狙いは、ネット空間の秩序維持と、ネガティブな感情の扇動の一掃にあります。

この作戦の目的は、

「インターネット上において、利用者のネガティブな感情を扇動したり、悪意のある挑発を行なうなど、すべての不正行為を一掃する」

というものです。ネット空間での暴力は、社会の分断を進める要因であり、中国に限らず、日本も例外ではありません。しかし、中国では国家を挙げてこれに取り組むという点で、その危機意識の高さが伺えます。

取り締まりの対象となる三つの主要な行為

今回の特別作戦は、SNS、ショート動画、ライブ配信などのプラットフォームを徹底的にチェックし、サイバー空間の秩序を維持しようというものです。具体的に取り締まりの対象となる行為は多岐にわたります。

1. レッテル貼りと対立の扇動

人々の関心を集めている出来事を利用して、アイデンティティ、地域、性別などの情報をこじつけ、いわゆる「レッテル貼り」「烙印押し」をする行為の取り締まりです。考え方が異なる人たちの間の対立をあおったり、一方のグループを扇動し、悪意を持って相手を打ちのめしたり、ある種の虐待ともいえる行為が中国でも広がっています。

2. 悪意を持ったねつ造と陰謀論の拡散

事件・事故や災害など、緊急事態に関する情報を、悪意を持ってつなぎ合わせ、事実ではないことを拡散する行為です。根拠のない「陰謀論」の拡散も含まれます。また、宗教がかった「教祖」を名乗り、人々の不安につけ込み、就職や結婚、教育に関する商品や講座を売り込むといった手口も広がっているといいます。

3. 暴力を煽動・美化する行為

「暴力には暴力で対抗する」ことを提唱し、生々しく血みどろで恐ろしい映像を拡散する行為も対象です。AI(人工知能)で暴力を美化する過激な動画を合成したり、ネット上の視聴者に喧嘩を仕掛け、その様子をライブ配信する、といった悪質なケースも絶えません。

これらとは対照的に、「努力しても無駄」「勉強は意味がない」と、悲観的な感情を過度に誇張し、否定的な人生観を煽る動画やライブ配信も問題視されています。これらの情報が社会の活力を失わせ、究極的には「中国共産党なんて信じられない」という不満に繋がりかねないため、当局は危機感を抱いているのです。

サイバー犯罪の具体例と公安省の対応

中国の公安省(警察庁に相当)に設置されているサイバーセキュリティ局は、すでにサイバー犯罪に関する事例を公表し、取り締まりを進めています。

例えば、内陸部の四川省では、「ジャイアントパンダが虐待されている」「パンダの毛皮が売買されている」など事実にないことをねつ造し、パンダ保護活動のスタッフをネット上で攻撃した男3人が逮捕されました。この3人には懲役1年から1年6か月の実刑判決が言い渡されています。

また、今年5月には上海で、AIの編集技術を悪用して、水泳・飛び込みの選手が「審判員を買収した」とするねつ造動画を作成・投稿した男が検挙されました。この男はフォロワー獲得や動画の再生回数を狙っていたといいます。

公安省は、こうした取り締まりを進めるとともに、ネットユーザーに対しても積極的な通報を求め、悪意をもってネガティブな感情を煽動する行為に共同で対抗するよう促しています。

愛国主義と現実の境界線

サイバー上の犯罪行為は中国に限ったことではありませんが、中国の巨大人口という背景に加え、都市部では日本をはるかに凌ぐほどネットに依存した社会になっている点がポイントです。

さらに、中国のサイバー攻撃は、外国との安全保障問題にも及んでいます。中国政府系のハッカー集団「ソルトタイフーン」が、世界各国の重要インフラなどを標的にしているとされ、盗まれた情報がスパイ活動に使われている疑いもあります。

危惧されるのは、こうした動きがニュースとして外国から中国に逆流し、「勇ましい中国」「果敢な中国」といった歪んだ自画像になってしまい、ネット空間での攻撃がさらに激化していることです。こうしたネット上の暴力は、国内のプロ・サッカー選手のラフプレーやサポーター同士のトラブルなど、「実際の暴力」に影響しているという中国の評論家の分析もあります。

ネット社会としては日本を先に行くともいえる中国。現実と非現実の境界線が見えなくなっているのかもしれません。ここでも、愛国意識に結びついた中国社会の病巣を見て取れるようです。

この記事はいかがでしたか?
リアクションで支援しよう

この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。