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存立危機事態「手の内」を明かした高市早苗総理への中国の怒りを解説

飯田和郎

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高市早苗総理の「存立危機事態」に関する国会答弁が日中関係の急激な冷え込みを引き起こしています。東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、11月17日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し、中国側の激烈な反応の背景、そして外交上の「あいまいさ」の重要性について解説しました。

歴代政権が避けてきた「存立危機事態」の明言

高市早苗総理の国会答弁を巡り、日本と中国の関係が急速に冷え込んでいます。発端は、11月7日の衆院予算委員会での答弁です。高市総理は、台湾有事について「存立危機事態」にあたる具体例を問われ、

「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと、私は考えます」

と述べました。「存立危機事態」とは、日本と密接な関係にある他国への武力攻撃の結果、日本の存立が脅かされ、国民の生命などが根底から覆される明白な危険が迫る事態を指し、2015年の安全保障関連法で新設されました。

歴代総理は、この「日本の存立が危ぶまれる事態」について、外交上の配慮から見解を明確にすることを避けてきました。しかし、高市総理は歴代総理として初めて、「台湾有事が存立危機事態にあたる可能性」を明言したわけです。これは、台湾有事の状況によっては、日本が集団的自衛権を行使し、自衛隊が米軍とともに武力行使に踏み切る可能性を示唆するものであり、中国に対する強いけん制となりました。

中国が発した「頭を打ち割られ、血まみれになる」

高市発言に対し、中国側は即座に、そして激烈な言葉で反発しました。中国外務省のスポークスマンは、以下の表現で日本を非難しました。

「中国人民の最後の一線に挑戦しようと妄想する者は、必ず中国側の正面からの痛撃を受ける。14億の中国人民が血肉で築き上げた鉄の長城の前で、頭を打ち割られ、血まみれになる」

「頭を打ち割られ、血まみれになる」という過激な表現に加え、「14億の中国人民が血肉で築き上げた鉄の長城」という言葉には、深い意味が込められています。これは、中国国歌の一節にある「我らの血と肉をもってして、我らの新たな長城を築こう」を引用したもので、国家統一、特に未だ達成できていない台湾統一を阻む高市発言は断じて許さない、という強い意志の表れです。

外交官による「斬首」発言と報復措置

さらに、中国の在大阪総領事である薛剣氏は8日、自身のX(旧Twitter)に、「勝手に突っ込んできたその汚い首は、一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」と投稿しました。外国に駐在する外交官として、品格を疑う極めて不適切な表現であり、日本政府は中国に対して抗議を行いました。

この総領事の投稿はすぐに削除され、中国側も当初は「まずかった」と判断したようですが、その後、一転して強硬な報復措置に出ます。中国外務省の公式ウェブサイトには大阪総領事に関するやり取りは掲載せず、国内的には「なかったこと」にして、高市総理への非難ばかりを強調しました。

そして14日、中国サイドは国民に対し日本への渡航を控えるよう呼び掛ける通知を出し、国有航空各社も日本行きの航空券のキャンセルや変更に無料応じるなど、国を挙げて態度を硬化させました。

この強硬姿勢への転換は、習近平指導部の判断によるものです。高市総理の答弁は、10月31日の日中首脳会談で「戦略的互恵関係の推進」を確認したわずか1週間後であり、習近平主席のメンツを潰す格好となったのです。

歴史問題を絡める中国と外交の「あいまいさ」

さらに中国は、この問題に歴史認識を絡めようとしています。先週14日、中国外務省のスポークスマンは、高市総理の発言に関して、

「第二次大戦中、日本の軍国主義は侵略戦争を始め、人道に対する凶悪な罪を犯しました。高市総理は最近、台湾に関する露骨な挑発発言を行ない、台湾海峡への軍事介入を示唆しました。こうした日本の行動は、アジア近隣諸国や、国際社会に強い疑問と疑念を抱かせます。日本は本当に軍国主義との関係を断絶したのでしょうか?」

と述べ、第二次大戦中の日本の軍国主義と高市発言を結びつけ、アジア近隣諸国や国際社会に疑問を抱かせると主張しました。中国は、今年が戦後80周年の節目であることを利用し、日本へのプロパガンダを再び強化する姿勢を見せ始めています。

歴代総理は、台湾有事が「存立危機事態」にあたる可能性について、皆あいまいにしてきました。外交上、この「あいまいさ」は大きな意味を持ちます。米中関係や中台関係など、敏感なテーマでは、あえて白黒をつけずに「あいまい」にすることで、お互いのホンネがわかっていても納得したふりをして、落としどころを見いだすのが常套手段です。

高市総理は、自身の考えを優先し、この外交上の「あいまいさ」というカードを使わず、手の内をさらしてしまったかもしれません。この発言が、今後、日中関係の長期的な冷え込みにつながる可能性が懸念されます。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。