高市早苗総理の「存立危機事態」答弁に対する中国の強硬姿勢がエスカレートする中で、外交局長会談での「ポケットに手を突っ込む」行為が波紋を広げている。東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、11月24日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し、日中関係の悪化局面で私たち日本人が取るべき対応について解説した。
エスカレートする中国の対抗措置
高市早苗総理の台湾有事に関する「存立危機事態」の具体的事例への発言に対し、中国の習近平指導部が打ち出す対抗措置はエスカレートしています。
中国政府は国民に日本への渡航自粛を呼びかけ、11月に2年ぶりに再開されたばかりの日本産水産物の輸入を19日に事実上停止しました。経済分野だけでなく、日中間の有識者討論会「東京-北京フォーラム」も開催直前に延期が決定されました。
外交面でも、先週南アフリカで開催されたG20サミットでは、中国は習主席ではなく李強首相が出席しましたが、李強首相は高市総理との会談を拒否しました。中国外務省のスポークスマンは、李強総理が会談予定はないと述べ、実質的に「会うに値しない」という姿勢を示した形です。
「ポケットに手を突っ込み」の映像が持つ意味
こうした中で、18日に北京で行われた日中外務省の局長同士による協議での、中国外務省アジア局長の態度が問題になりました。中国の局長が、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、日本の金井正彰・アジア局長と相対する場面が報じられたのです。経済・文化交流の停止よりも、この「ポケットに手を突っ込み」の映像や写真の方が、日本人の中で中国への不信を増幅させたように思います。
「ポケットに手を突っ込む」行為は、日本ではマナーとしてふさわしくありませんが、中国では一般論として日本ほど礼を欠く行為ではありません。習近平国家主席や首相が、寒い屋外の地方視察などで、コートや上着のポケットに両手を入れたままメディアに登場することはたまにあります。
しかし、今回の場面は中国外務省の庁舎内で、ズボンのポケットに両手を突っ込んで客人に相対するというものです。上着のポケットに入れるのとでは、ニュアンスが大きく異なります。そして、中国側は「この行為が日本ではより失礼な行為と受け取られる」と知っています。日中のマナーの相違があるとしても、これは横柄な態度と受け取らざるを得ません。
中国が計算した「日本の反応」
この「手をポケットに突っ込む」映像や写真は、中国の国営メディアが撮影し、中国国内、そして日本を含む海外へ配信したものです。国営メディアのワンショットには、国家の意図や狙いが十分に込められていると考えられます。
写真の中には、日本の局長が頭を下げ、中国の局長に「お話を伺う」ようにも思えるカットもありました。これは協議を終え、日本の局長が去ろうとする場面のものです。日本の局長は、通訳の担当官が訳した日本語をしっかり聞き取ろうとして、頭を下げ、耳を近づけるように、前かがみになっています。その一瞬を、いわゆる「切り取られ」たのが、真相ではないでしょうか。
中国の狙いは、国内向けに「主導権は我々にある」とアピールすると共に、日本側に対して「わが国の固有の領土である台湾の問題に、日本の新しい総理が騒ぎ立てている。お灸を据えてやった」という意図を示すことでしょう。職位は同じでも、日本の局長を「軽く扱ってもよい」という姿勢が見て取れます。
さらに、中国は日本人の反応も計算しているはずです。日本人一人ひとりに、発端となった「台湾問題では絶対に譲歩はあり得ない。容認できない」という習近平主席の強い姿勢を確固たるメッセージとして送り付けているのです。
日本の庶民が担う役割
挑発的にも映る中国のやり方に対し、私たち一般の日本人こそ、冷静にならなくてはいけません。
日中関係が緊張した今、些細なことでも、日本において日本人と中国人観光客との間でトラブルが起きたり、中国人経営の店に嫌がらせをしたりすれば、中国メディアを通じて国内で大きく報道されてしまうかもしれません。それは、中国政府が望む「やっぱり、日本は危ない」「野蛮な国だ」というイメージを補強し、相手の思うツボになりかねません。
心の中で怒るのは自由ですが、どう振る舞うべきかという問題は別です。インバウンドは減りそうですが、それでも多くの中国の方たちが日本を訪問しています。以前にも紹介しましたが、彼らは我々日本人の振る舞いを観察しています。たとえば「青信号で横断歩道を渡る」「観光地ではゴミは捨てずに持ち帰る」といった、当たり前の規範や価値観を彼らはウオッチしているのです。
私は「日本人は優れている」という、国家や国民の優位性を強調する一部の声には同調しません。しかし、こんな時だからこそ、我々が培ってきた規範、価値観を大切にしたい。日本を訪れ、日本人の所作を観察している中国人インバウンドは、「あれ? 中国で政府が言っていることと違うぞ」と気づくはずです。日中関係の今後は、我々ふつうの庶民の振る舞いが、小さな役割を担っています。
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この記事を書いたひと

飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。





















