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自民316議席の衝撃…「昭和リベラルの終焉」と若者の現実的選択

潟永秀一郎

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真冬の総選挙も終わって、結果は自民党が316議席を獲得して圧勝。一つの党で定数の3分の2を超えるのは戦後初という、まさに歴史的勝利でしたが、一方で立憲民主と公明の両党が合流した「中道改革連合」は改選前の3分の1以下、49議席と惨敗しました。2月13日放送のRKBラジオ『立川生志 金サイト』に出演した、元サンデー毎日編集長・潟永秀一郎さんがその背景にある「昭和リベラルの終焉」と、自身の予測を覆した「若者の変化」についてコメントしました。

「選挙勘」の敗北宣言

実は私、この結果に打ちのめされていまして、それは長い記者生活で培ったはずの「選挙勘」がもう錆び付いたというか、正直言いますが、私この結果、全く読めなかったんです。今日は、その反省を込めての振り返りです。ちょっと難しい話になりますが、お許しください。

今さらですが、世論調査って当たるんですねぇ(笑)。各社が報じた終盤情勢で、軒並み「自民300超え」という数字が出ましたが、それでも私、実感がなかったんです。過去、議席が大きく動いた2005年の郵政解散や、2009年の政権交代選挙の時のような熱気、盛り上がりはないし、自民は「高市人気」頼み。

その高市さんも公示後、週刊誌に旧統一教会絡みの献金疑惑などが出て、その後も「円安ほくほく」発言や、NHKの党首討論ドタキャン問題もあって、必ずしも追い風ばかりではなかったからです。しかも直近の参院選、衆院選で自民党が半数割れする原因となったのは裏金問題。そこに連座する、いわゆる「裏金議員」を公認し復権させたわけですから、大勝ちする論拠を見出せませんでした。

では、何を見誤ったのか、あれから考え続けた結果、二つのキーワードが浮かんできました。

「信任投票」への転換と高市戦略

一つ目は「信任投票への転換」です。

小泉政権が大勝した2005年総選挙が典型ですが、あのとき小泉首相は郵政民営化に反対する議員を「抵抗勢力」と切り捨て、党内抗争による解散を「小泉改革への信任投票」に転換しました。当時の世論調査で国民の関心事は、景気や雇用、年金などが上位で、郵政民営化はそう高くなかったにも関わらず、「改革か抵抗勢力か」という構図に置き換えることで、強いリーダーシップの演出に成功し、自民・公明の与党で3分の2を超える議席を獲得しました。

似た構図はほかにもあって、例えば 1986年、中曽根内閣の「行革選挙」は、国鉄分割民営化などの行政改革推進か反対か、推進する内閣への信を国民に問い、300議席を超えました。また、リクルート事件などに端を発した1993年の「政治改革選挙」は、自民から分裂した新生党などが議席を伸ばして自民党が下野し、日本新党などとの非自民連立政権が生まれました。こちらは逆に、自民党から造反議員が出て内閣不信任案が可決された結果でした。

そして過去、最も振れ幅が大きかったのが、2009年の「政権交代選挙」です。当時の民主党は自民党長期政権からの脱却を訴えて民主党政権への信を問い、議席をおよそ3倍に増やして実現しました。もっとも、この結果は小選挙区比例代表制という選挙制度に負う所も大きくて、小選挙区に限って見ると、得票数の合計は民主党のおよそ47%に対して自民党は39%、8ポイントの差が議席数では200議席近くの差になりました。

今回の選挙手法は2005年の小泉劇場に近く、景気対策などで野党との政策的争点があまりない中、憲政史上初の女性総理である高市首相は「国論を二分する政策への挑戦」と「強いリーダーシップ」を前面に打ち出して、選挙を自身の「信任投票」に転換しました。後押ししたのはネット戦略で、特に高市首相出演のYouTube動画広告は推定3億円近くの広告費をかけて1億6000万回再生を達成し、他を圧倒しました。また、2009年政権交代選挙をさらに上回る小選挙区効果で、選挙区で自民の得票総数は中道のおよそ2.3倍でしたが、獲得議席数は248対7と35倍もの大差がつきました。

自滅した野党と「昭和リベラルの終焉」

これが自民党の積極的勝因とすると、半面の消極的勝因は野党=とりわけ中道改革連合が自滅した面が大きかったと思います。キーワードは「昭和リベラルの終焉」です。

今回、中道の激減が大きくクローズアップされていますが、その陰でもう一つ、歴史的トピックがありました。昭和の政界で長く最大野党だった社会党を源流とする社民党が、ついに衆院で議席を失ったことです。立憲民主の源流は、96年にさきがけや社会党右派などが結成した旧民主党ですが、中道で落選した前職123人全員が立憲民主の議員だったことと合わせて、私には「昭和リベラルの終焉」という、一つの区切りに映りました。

その前提として、まず「昭和リベラル」とは何だったのか、から。源流は社会党です。戦後民主主義の中、労働組合を支持基盤とし、反安保・護憲を掲げて福祉国家を目指す自民党の対抗勢力でした。それが1990年代、平成の幕開けと共に大きく変容していきます。

最初は93年、自民党の分裂をきっかけに新生党や日本新党、社会党など8党派による非自民連立政権が生まれて、「自民党 対 社会党」という55年体制が崩壊しました。政界再編の始まりです。ところが、この政権は1年も持たずに瓦解し、社会党はさきがけと共に自民党と連立政権を組んで、日米安保・自衛隊を事実上容認する方向へ大きく方針転換しました。ただ、その結果、社会党は支持層の反発を招いて党勢が急速に衰え、社民党となって臨んだ96年の総選挙で大敗し、小政党となって今に続いています。

また94年に選挙制度改革で小選挙区比例代表制が導入されたことから、2大政党化に向けた合従連衡で新進党が生まれますが、これも路線対立などからわずか3年で崩壊。その後、鳩山由紀夫・菅直人氏らが結党した旧民主党に社会党の離党組などが加わり、さらに小沢一郎氏が率いた自由党が合流して民主党が生まれ、2009年に政権交代を実現します。

その後は30代以上の方ならご存じの通り、その民主党政権も内部対立や政権運営の失敗などで、2012年の総選挙で308議席から57議席へ、歴史的大敗を喫して政権を失い、自民・公明による自公政権が生まれました。野党となった民主党は4年後、維新の一部と合流して民進党になりますが、翌年には執行部の提案で小池・東京都知事が結党した「希望の党」に合流し、排除されたリベラル派は立憲民主党を結党して2017年の総選挙に臨みました。結果、立憲が野党第一党となり、その後、希望の党は解党して実質的に国民民主党に引き継がれました。

そして今回の結果なんですが、昭和リベラルの衰退は「必然」のように思えてきます。理由の一つは、過去から何を学んだか、です。社会党が小政党に転落したきっかけは、方針転換でした。今回、立憲民主は公明党との合流にあたって、集団的自衛権の行使を含む安保法制の是認や、「原発ゼロ」から条件付き再稼働容認へ、基本政策を修正しました。また、執行部主導でバタバタと他党との合流を決めるやり方は、希望の党の時とそっくりに見えます。

もちろん、現実政策への転換や他党との合流は、二大政党制を目指すうえで避けて通れませんが、有権者に十分な説明もできない超短期決戦で、果たして適切だったのか。選挙結果、とりわけ都市部での無党派層の支持離れや、柏崎刈羽原発を抱える新潟県の4選挙区すべてを自民党に奪還されたことなどから、見える気がします。

逆に高市自民党は、社会保険料の軽減や子育て・教育支援など、リベラルな再分配の政策も取り込んで、消費減税と共に争点つぶしに成功しました。ネット戦略も含め、高市首相と周辺は直近2回の自民敗北から学び、唐突に見えて、かなり周到な対策を練っていたと思わせる戦いぶりでした。この差が全てだったかもしれません。

いずれにせよ、おそらくこれで4年近く解散総選挙はなく、長期政権になると思います。唯一、波乱要素があるとすれば、巨大与党は人事や処遇の不満、路線対立やスキャンダルなどで分裂の要素がありますが、そこは対立した石破政権からも一部閣僚を引き継いだ高市さん、抜かりなく安全運転を心がけるでしょう。

若者の「保守化」ではなく「現実路線」

最後に、今回総選挙で注目されたのが若年層の投票行動の変化です。朝日新聞の出口調査によると、比例で自民に投じた割合は10代から30代で前回の2倍近くに増え、参政党の支持拡大も含め「若者の保守化」が言われています。

でも、そうでしょうか? 例えば、高市首相が導入に慎重な「選択的夫婦別姓制度」について、朝日新聞の世論調査によると、18歳から29歳では賛成80%が反対16%を圧倒していますし、同性婚を法律で認めることについても、多くの世論調査で年代が下がるほど賛成の割合が高くなっています。ジェンダー平等への寛容度やLGBTQへの受容度も同様で、社会文化的には、むしろリベラルです。

ではなぜ、自民支持が増えたのか。それはイデオロギーの支持というより、「希望は欲しいが大きな変化は望まず」「野党はバラバラで頼りない」という現実的選択だとみられています。今の若者は昭和世代と違い、将来に希望を持ちにくい環境で育ったので、生活防衛の意識が強く、一見、保守的に見える安定志向が広まっているという分析です。参政党に関して言えば、同程度にチームみらいも若者票を獲得しています。今の若年層は、批判や対立より対話や協調を望む傾向があるとされ、若者の多くを占める無党派層が、政権への対決色が濃い左派政党を敬遠し、風に乗った面もあったとみられます。

こうした変化に昭和リベラルは対応しきれず、数合わせで離合集散を繰り返してきた古い政治勢力とみなされた――そういう選挙だったのでしょう。それは私も同様で、思い込みからこの結果を全く予想できず、「過去の経験則を頼りに変化に背を向けていたら、ただの老害になるよ」と、妻に言われました。深く刺さりました。そのうえで一つだけ。「二度と戦争だけはしてはいけない」。これだけは、子や孫の世代に伝え続けたいと思っています。

さて、中道は内部分裂の愚を繰り返さず「再分配を軸に、経済政策や格差是正などに明確なビジョンを持つ」令和リベラルを再設計できるのか、問われています。

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この記事を書いたひと

潟永秀一郎

1961年生まれ。85年に毎日新聞入社。北九州や福岡など福岡県内での記者経験が長く、生活報道部(東京)、長崎支局長などを経てサンデー毎日編集長。取材は事件や災害から、暮らし、芸能など幅広く、テレビ出演多数。毎日新聞の公式キャラクター「なるほドリ」の命名者。