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美しく映え、それでいてヘルシー。令和でも色褪せない傑作「どんめん」。

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想い出がずっとこの場所に残り続けるためにできることを積み上げていく

福岡の老舗うどんを巡る本コラム。前回は博多うどんの象徴ともいえる老舗「みやけうどん」を訪れた。今回は昭和54年(1979)に開業し、もう間もなく半世紀の節目を迎える「博多めん処 峰松本家」を紹介する。「峰松本家」の歴史をさかのぼると、明治43年(1910)に福岡市・西中洲の地に創業した「蒲鉾商峰屋」の存在に行き着く。これまでの歩みを7代目・峯松利光さんに聞いた。

「ここにうどんの店を出そうと決断したのが、『蒲鉾商峰屋』の初代・峯松藤右エ門の次男にあたる吉之助です。昭和54年といえば、福岡空港こそあったものの、都市高速道路も現在のように太宰府と天神が繋がっていない時代ですね。この先、ここが交通の要所になるだろうという吉之助の先見の明があってこその開業だったと聞いています」

そう教えてくれたのが、6代目の父・孝光さんとともに店を切り盛りする7代目・峯松利光さん。元々蒲鉾(かまぼこ)の製造販売を生業としていた「蒲鉾商峰屋」が、なぜうどんの店をすることになったのか。その理由は、この店の歩んできた歴史に隠されていた。

明治の終わりに産声を上げた「峰屋」。その誕生の背景にあったのが、博多に運び込まれる新鮮な魚介だった。博多の街でそれらを使った練り物づくりが盛んになった折、藤右エ門さんもその可能性に注目。私財を投じ、明治43年(1910)、西中洲一号一番地に加工場兼販売店を構えた。

開業当時の「蒲鉾商峰屋」の様子。©️博多めん処峰松本家

その後、味の良さが評判となり、昭和23年(1948)に天神地区のど真ん中、新天町へと移転。看板商品の「板付蒲鉾」を筆頭に、その人気はうなぎのぼり。水産庁会長賞、水産庁長官賞、農林水産大臣賞などに選ばれるなど、どんどん知名度を上げていく。
そんな中、さらなる事業の展開に乗り出したのが、うどん店「峰松本家」の創業者にあたる吉之助さんだった。

利光さんは「吉之助は調味、加工など、食の方面においての天才肌で、長らく『峰屋』でその才能を発揮していました。今でいうなら良い意味での”変態”だったみたいですね。とにかく、物事をとことん追求するタイプ。その上、行動力もずば抜けていたようで、原料の良さがそのまま味に直結すると分かれば、魚市場への買い付けには、いつも一番乗りだったそうです。請われて、他所さんの商品開発を手伝っていたこともあったと聞いています。蒲鉾とも相性が良いですからね、うどんは。きっとうどん事業に将来性を見出したのだと思います」と笑顔を見せた。

蒲鉾づくりで培った、モノづくりの精神、職人としてのプライド、そして商人としての知恵。100年以上にわたって積み上げてきたこれらがうどん店「峰松本家」の礎となる。もちろん、うどんづくりにおいて両輪となる麺と出汁にも、その熱意は受け継がれていった。

「麺がこの太さになったのは、”どんめん”が大きく関係しているんですよ」と明かす利光さん。「どんめん」とは、この「峰松本家」の代名詞ともいうべきヒット商品で、実にお客の6割以上が注文する名物だ。
「どんめんができたのは、この店が開店して3、4年経った頃ですね。自社の蒲鉾の魅力を生かしつつ、他にない名物を作りたいという思いから、吉之助が考案しました」と、誕生のきっかけを話す。

特注の丼は直径約32cmの小石原焼で、運ばれてきた瞬間のインパクトは抜群だ。そして「1日分の野菜が摂れる」と謳うように、麺が見えないほど野菜を盛り付ける気前の良さも魅力の一つ。一杯に使う野菜はなんと、目標量とされる350gを大きく上回る約400g。見た目にも美しく映え、それでいてヘルシー。令和の時代においても色褪せない傑作だ。

「このどんめんは、長崎名物・ちゃんぽんに着想を得ているんです。そのため、ちゃんぽんと同じく、麺と出汁を合わせて煮込むという調理工程をとっています。キッチンには12のガス口を用意し、注文ごとに一杯ずつ仕上げているんです」と利光さんは言葉に力を込めた。

まさに一杯入魂。昼時、ずらりと煮込み鍋が並ぶ様子は壮観だ。
たっぷりの野菜だけでなく、肉、蒲鉾、キクラゲも入る具沢山の「どんめん」。これにトッピングとして、丸天各種や鶏なんこつ天といった「峰屋」伝統の練り物を加えて楽しむのも至福だ。

「峰松本家」の建物は、大分県・日田市から移築したという築100年ほどの古民家。その風情が老舗の風格を醸し出している。
「時代の変化に合わせ、テーブル席を増やすなど店舗に少しずつ手を加えながらも、昔ながらの佇まいを大切に残してきました」と、利光さんはやさしく微笑んだ。
「店と同じように、味、そして提供の方法においても、大きな軸は変えないながらも、柔軟に変化しているんですよ」といって、利光さんは手に取った品書きを見せてくれた。そこには味噌やカレー、ピリ辛味といった「どんめん」のバリエーションが載っていた。よく見ると、それぞれミニサイズが選べることも分かる。

「練り物やご飯ものも食べたいけど、通常サイズのどんめんを食べるとお腹いっぱいで行き着かないというお声があったんです。それでミニサイズをメニューに加えました。大きな点では、仕上げに振りかけていたコショウをやめたり、味付けをやや薄口にシフトしたり、あとは、お客様がわからないくらいの小さな改善については、数え切れないですね」
小さな積み重ねが、変わらない一杯を支える――脈々と伝統が受け継がれる老舗ならではのエピソードに胸が熱くなった。

実は利光さん自身、元々「峰松本家」を継ぐつもりはなく、大学を卒業後、アパレルの世界に進んでいた。
「そこで先輩に言われたんですよ。歴史はお金じゃ買えないって。時代の流れも、昔に比べてどんどんスピードアップしている昨今。今、この瞬間、創業100年の老舗を生み出すことは誰にもできませんよね。大切にしないといけないな、と実感し、それから一から勉強するために飲食業へ転身しました」

6代目とともに暖簾を守ることを決めた利光さん。店で働くようになり、常に心に留めていることがあるのだという。
「お客様の想い出に残る店でありたいんです。何かの時にふと頭に浮かぶような、そんな店を目指しています。うどんの味はもちろん、スタッフとのやりとり、この古民家の建物、なんでもいい。この先、10年、20年と店があり続けることは、想い出がずっとこの場所に残り続けること。そのためにできることを、これからも積み上げていきたいですね」

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