いまや全国に名高い食都・福岡ですが、こと天ぷらに関しては高級店・専門店が少なく、“凄み”を感じにくい料理と言えます。しかし昨春、その状況に風穴を開ける新星が警固に現れました。すでに店主渾身のコースを味わい、このジャンルの深淵に触れた方も多いことでしょう。
名店「銀座 天一」に21年間在籍し、料理長も務めた生粋の職人・田中秀樹さんが開業した「天ぷら たなか」。日本料理店にも通ずる凛としたカウンター8席の空間で、心技を限界まで突き詰めた天ぷらを振る舞ってくれます。
メニューは昼夜ともに1種類。「お客様に“来て良かった”と思われるよう、僕は万全の準備を尽くすだけ。そのための妥協は一切しませんよ」。明るくそう笑い、田中さんは僕が頼んだ夜のおまかせ(16,500円)の支度に取り掛かりました。
コースは5~6品の料理を織り交ぜながら、天ぷら13~14品を供するスタイル。食材はすべて田中さんが市場で手に取り、一つずつ吟味した高級品ばかりです。この日も天然魚介をはじめ、秋田産の天然舞茸やハリのある松茸など非凡な食材がどっさり揃っていました。
料理1品目は長崎産アラの刺身で、4日寝かせて引きだした歯応えが絶品です。昔は遠洋漁業の漁師だった田中さんだけに、魚介類への思い入れは人一倍。「現場の苦労を知るからこそ、漁師の方々の努力に応える料理にしたいのです」との言葉が印象的でした。
さて、お待ちかねの天ぷらは、毎回カリッとした車海老の脚から始まります。田中さんいわく「正確な温度帯を見極めて揚げないと、これほど綺麗に海老の脚は開きません。職人の技量が出やすいタネなんですよ」
その次に出された身は、1本目を高温で香ばしく、2本目を低い温度帯でふわっと揚げてあり、2つの異なる食感が楽しめました。
先ほど見た神々しい天然舞茸も、口の中で香気が膨らむ美味に早変わり。それに続く、熊本産の原木椎茸に有明産芝海老のすり身を詰めて揚げた「天一」時代の定番も文句なしの味でした。
「たなか」の天ぷらはとくに食感が秀でていますが、その秘密の一つが2種の九州産小麦粉を使った衣。日々の研究から見出した配合で、極上の味を表現しているのです。衣を溶く前に粉・水・卵の温度を揃えたり、天ぷらを3~4個揚げるたびに衣を攪拌しなおしたりと、事前の仕込みにも隙がありません。
そうしたこだわりは、油胡麻油や太白油などをブレンドした油にも注がれます。揚げていて「風味のバランスが崩れたな」と感じたら、途中で油をすべて入れ替えることも。それほどの気構えがないと目指す天ぷらには届かないそうです。
「音、香り、熱気、箸先に伝わる感覚で揚がり具合を判断しています」と、泡立つ油の鍋に顔を近づける田中さん。そして満足のいく天ぷらが揚がると「よっしゃ!」と会心の一言。その掛け声とともに置かれたキスは、しっとり繊細な舌触りがセクシーな逸品でした。
その後も上品な野趣が香るアスパラや、ふっくらした鐘崎産甘鯛の鱗揚げを堪能。どの天ぷらも完成度が高く、まさに至福の時間が続きます。そして、これを支えるのが何時間にも及ぶ膨大な下準備。魚種によって適切な水分を抜いたり、野菜一つひとつを個別に管理したり……と、聞くほどに一流の寿司店と変わらぬ仕事量に驚かされました。
「どれほど肉体的に辛くても、お客様の前では悔いのない状態で立っていたい」と田中さん。その言葉が示すのは、プロフェッショナルの魂に他なりません。そんな感慨の中でスッと出されたのはシメの天茶。すっきりと余韻が広がる、これ以上ない幕切れでした(シメは天丼も選べます)。
冒頭に述べた“凄み”を最高の形で教えてくれた田中さん。が、いまも自分は成長過程にあると警固の匠は言います。「僕はいま43歳ですが、10年後にどんな天ぷらを自分が揚げているのか楽しみで」と一笑。その原動力は、生産者、業者、客たちへの感謝だそうです。見事な天ぷら以上に、情熱と謙虚さを秘めた生き様にグッと来るのは僕だけでしょうか?
こうした志ある職人たちが築きあげた食文化=天ぷら。その現在進行形を愉しみたい人々のために、今宵も「たなか」は暖簾を掲げます。
この記事は積水ハウス グランドメゾンの提供でお届けしました。
ジャンル:天ぷら
住所:福岡市中央区警固2-2-1 ルピエレジデンス赤坂南
電話番号:092-713-5725 完全予約制
営業時間:12:00~14:30/18:00~21:30頃
定休日:火曜
席数:カウンター8席
個室:なし
メニュー:昼のおまかせ8,800円、夜のおまかせ16,500円
URL:https://www.tempura-tanaka.com/
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