薬院の静かな住宅街にあるマンションの1階。格子造りの外壁前には、季節ごとに花木の鉢植えが置かれています。玄関先の生花が活けられたつくばいの横を通って店内に入ると、白木の一枚板のカウンター越しに若い店主が迎えてくれました。「天冨良 天孝」は、江戸前天ぷらの名店・銀座「天一」で修業した先代が創業してから今年で35年。2014年の「ミシュランガイド福岡・佐賀」では、天ぷら店として福岡で初めて星付きレストランに認定された、押しも押されもせぬ名店です。
筆者はすぐ近くに事務所があったことからランチタイムにはしばしば訪れていましたが、夜は初訪問。最近、店主が代替わりしたという話を聞き、この機会に改めて江戸前天ぷらの真髄を味わいにやって来てました。
間接照明に浮かび上がる店内の造作は、無駄な装飾が一切ないミニマムな空間です。設計は上人橋通りの「焼とりの八兵衛」や西中洲の「レザン・ドール」などを手掛けた、伝説的な店舗デザイナーの故・江里好継氏。細部にわたり、美食のための空間はかくあるべきという哲学が伝わってきます。
そんな店内で寡黙に粉を研ぎ、天ぷらタネの下ごしらえをしているのが、創業者の甥にあたる店主の内田諭志さん。先代と同じく銀座「天一」で修業した後、「天孝」に入ってその技術をさらに磨き、この6月に店を継承しました。
料理は16,500円のおまかせコースのみで、刺身、先付、天ぷら10品ほどに、ご飯物、果物という構成です。マグロの造りの後に出てきたのは、柔らかく炊いて柚子の香りを散らした「タコの柔らか煮」と、桜チップの香りをサッと移した「サワラの燻製」などの小鉢。江戸前の寿司屋にも通じる仕事が施され、日本酒やワインにもよく合います。
さて、いよいよ天ぷらの揚げに入ります。最初の一品は包丁で身を切り出したばかりの新鮮な長崎産アワビで、程よい弾力が歯を押し戻すような独特の食感に磯の香りが漂います。江戸前天ぷらに欠かすことのできない車海老は、まず足の素揚げでカリッとした歯ごたえを楽しんだ後に、2本出てきます。1本目は塩だけで海老の旨味を堪能し、2本目は衣に天つゆを染み込ませることで味の変化が楽しめるという嬉しい趣向ですね。
太白胡麻油とサラダ油をブレンドした揚げ油は鍋を傾けて深さを変え、「浅いところと深いところで温度を調節しています」という内田さん。甘鯛は外側のウロコはパリッと、中の白身はかすかに火が通ったギリギリの揚げ具合で、その技術の高さを伺わせてくれます。「江戸前の天ぷらではキスやメゴチなど一匹そのまま使うので、基本的に切り身は使わないんです」と教えてくれましたが、ここは福岡。同様にアスパラガスもこの時期はオーストラリアから空輸されたもので、その切り口を見ただけで瑞々しさが分かります。手に入る最高の食材を江戸前の技術で揚げるのも、腕の見せどころです。
厚みのある椎茸の傘にエビのすり身を詰めた射込み揚げも、カットしたものをそれぞれ塩と天つゆで。ねっとり濃厚でクリーミーなタラの白子は、口の中でとろけるような甘みがたまりません! これから冬場にかけてはフグの白子も市場に出回るので、それも楽しみですね。
シメのご飯物は天丼か天茶が選べますが、今回は天丼を注文しました。茶碗の蓋を取ると海老のかき揚げの上に柚子の皮が乗っていて、茶碗の中で蒸された柚子の香りが広がります。こんな細かいところにも、江戸前の粋を感じることができました。
6月に店を受け継いでからはしばらくランチ営業を休んでいましたが、11月から再開することが決定したというのも嬉しい限りです(前日までに要予約の5,500円コースのみ、12時一斉スタート)。和食料理人としても天ぷら職人としてまだまだ伸びしろのある内田さんだけに、これからがますます楽しみです。
ジャンル:天ぷら
電話番号:092-771-7387
営業時間:12:00~(一斉スタート)/18:00~入店19:30(日曜は夜のみ営業)
定休日:月曜
席数:カウンター8席、テーブル4席
個室:2~4名
メニュー:昼のコース5,500円(前日までに要予約)/夜のコース16,500円(当日午前中までに要予約)
URL:https://tabelog.com/fukuoka/A4001/A400104/40000141/
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