そのランドマークといえるのが「国宝・松本城」!外から見ると五重なのに中は6階という構造で、城の中では日本最古というこのお城は1593~94年に造られました。特徴は①平城であること。②黒と白の調和(雨よけのため、板に漆を塗ってあります)。③二つの時期に分かれて建てられた(戦国時代の鉄砲戦を想定した戦うための造りと、江戸時代の天下泰平の世で防御の必要性のないお屋敷の造りが連結している)。29.4mの高さがある天守閣のてっぺん。そこからは松本を囲む山々がずらーっと見渡せます。豊臣秀吉が徳川家康を関東に封じ込めておくための要所としての役割をこの城に持たせていたことが実感できる眺めです。
途中、4階から5回に登る階段は、斜度61度。一段が40cmほどもあります。これは「はしご」じゃございませんでしょうか…?スリッパ履きで登るのも大変でしたが、降りるのもまた緊張でした(汗)。
も一つ、教育県といわれる長野県を象徴するような宝物が「国重要文化財・旧開智学校」!明治9年に完成した建物は外観が洋風です。風見を配した八角塔に鐘、バルコニー、車寄せ、窓はすべてフランスから輸入したガラス、色は白と水色の鮮やかさわやか。でも、構造は木造、しっくい、土壁の2階建てなんです。
造ったのは地元松本の大工の棟梁・立石清重さん。建築費約11000円のうち7割が当時の松本町民の寄付でまかなわれたそうです。ちなみにその頃の県知事の月給が20円…。江戸時代から、藩校だけでなく寺子屋や私塾(庄屋の家でも勉強を教えていたそう)の数が全国トップレベルだっただけのことはあります。扉や柱などは廃寺の資材を利用しつつ、蝶番やドアノブは輸入し、天井が和紙貼りで、地元のすず竹で編んだ床材が取り入れられていたり、建造物としてもすごく面白いのですが、教育の流れが分かる博物館でもあるのが楽しいんですね。なつかしの教室に心トキメキながら、幼児教育や盲学校のベースとなった学校であることに驚き、「子守教育」の子供の書いた答辞に感激しました。「子守教育」というのは、松本に子守り奉公に来ていた学校に通えない子供たちのために放課後の2時間、無料で教育がなされていたもの。小さい子を背負って授業を受ける写真や、「松本に働きに来ていたから、学校に行けた。ありがとうございました。」とたどたどしい言葉が綴られた答辞には、ぐっときました。
● 松本城 → http://youkoso.city.matsumoto.nagano.jp/wordpress+index.p+192.htm
● 旧開智学校 → http://youkoso.city.matsumoto.nagano.jp/wordpress+index.p+193.htm
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