PageTopButton

行政「最善を尽くした」→乳児死亡、精神疾患などで育児が難しい「特定妊婦」をどう支える

「特定妊婦」。病気や経済的な理由で育児が困難な妊婦を指す。現行法の枠組みでは、行政が指導や助言をしてその妊婦の子育てを支えることになっている。しかし、実態はそううまくいっていない。「行政」といっても特定妊婦をサポートする専門機関があるわけではない。結局は、自治体や児童相談所などの既存機関が連携して対処することになる。専門家は、担当者の人数が足りず、この分野に明るい人材も不足していることを指摘する。それが、一応の情報共有はなされるものの、具体的な支援策まで練られないまま「事件」が起きてしまう事例につながっているという。福岡県では、行政の連携がうまくいけば救えたかもしれない命が失われた―。


◆10年で10倍に増えた「特定妊婦」
生後7か月の井上新大ちゃんは、福岡県大野城市のマンションで母親と双子の弟の3人で暮らしていた。胸などを圧迫されたことによる肝臓破裂で去年、死亡した。体には複数のあざがあった。

大野城市の会見「不適切な養育環境があった家庭であると転入前の自治体から情報提供があったため妊娠中から特に支援が必要であると認識し、児童福祉法の“特定妊婦”として、要保護児童対策地域協議会で管理支援を開始したところです。その後9月に出生されましたので、特定妊婦から2人の要保護児童がいる家庭として管理を継続していたところです」

虐待を防ぐ目的で2009年に施行された改正児童福祉法。そこに「特定妊婦」という言葉が明記されている。「特定妊婦」とは、精神疾患や予期せぬ妊娠のほか、経済的な理由で育児が難しく、妊娠中から支援を必要とする妊婦のことだ。大野城市は、母親を「特定妊婦」とし、出産前から面談や電話で接触していた。新大ちゃんは「要保護児童」とされていたが、生後7か月で命を落とした。

大野城市会見「最善の方法を尽くしながら親子に対して訪問であるとか面談であるとか支援を行ってきたところでございます。そういう意味では市の方は適切に対応をしてきたものだと考えております」

厚生労働省の調査によると2010年に全国で875人だった「特定妊婦」は、2020年には8327人と約10倍に増えた。


◆「親からもおろしなさいと言われる」知的障害のある母親が出産
福岡県福智町の施設「ママリズム」はこれまでに産前・産後の妊婦10人を受け入れてきた。このうち生後3か月の赤ちゃんがいるAさんには、軽度の知的障害がある。予期せぬ妊娠をしたうえ経済的に困窮していたため、出産後に1週間ほどこの施設で過ごし、今は夫と子供の3人で生活している。

Aさん「親たちからもおろしなさいと言われる。経済的な問題ですよね。言われすぎて正直おろそうかと考えた時期もありました。でも22週超えてもうおろせなくって。だったら産むしかないと。(Q妊婦検診は定期的に行っていた?)全然行っていない。行くってなったときにお金が無かったり、コロナが増えたりしていたから。誰かに頼るしかないけど、誰に頼っていいか分からない状態でした。ここに入って良かったなと思いました。安心したし沐浴を教えてもらえたので」

ママリズム・大島千代副所長「私たちのような支援をしてくれるところがある。1人で悩まないで電話してほしい。頼ってほしい」
ママリズム・大島修二所長「地域全体で支援する形づくりが必要かなと思う」


◆問われる「連携」の水準、突っ込んだ議論はあった?
武蔵野大学看護学部の中板育美学部長は、特定妊婦を支えるために各機関の情報共有と連携が必要不可欠だと考えている。

武蔵野大学看護学部・中板育美学部長「虐待の死亡事例の検証の報告書はいっぱい出ていますが、ほとんどが情報共有、連携協働の不足です。医療機関、児童相談所、市町村がしっかりと連携して、情報を出し合った上で家族の状態をきちんと評価することが必要です。改正児童福祉法によって、特定妊婦の支援ができるようになったにも関わらず、そうなっていないのが大きな問題です」

有識者の検証部会は、生後7か月の新大ちゃんが死亡した要因の1つに大野城市と児童相談所の情報共有が適切に行われていなかったことを指摘する。報告書には次のような記載が盛り込まれた。

「市は家庭環境の変化を把握した時点で、速やかに児童相談所にその事実を報告し、実務者会議ではなく、個別ケース会議を開き、援助方針の見直しを協議すべきだった」

武蔵野大・中板学部長「子供が少ないのに虐待が増えている。状況を考えれば、子供を守るための専門家はもっと必要。特に予防は裾野が広いわけですから。予防に携わるしっかりとした人材を確保することが大事です」

新大ちゃんのような事件を減らす鍵は、「予防」にどれだけ人材をあてられるかだと中板学部長は訴える。たとえ行政が最善を尽くしても、命が失われては意味がない。母親の孤立を防ぎ、幼い命を守る実践的な仕組みづくりが急務だ。

この記事はいかがでしたか?
リアクションで支援しよう