「障害者だけが狙われたのではない」やまゆり園事件から7年 障害者の父である記者の歌
目次
神奈川県相模原市の障害者施設に元職員の男が侵入して45人を殺傷した「津久井やまゆり園事件」の直後、障害者が家族にいるRKB神戸金史(かんべ・かねぶみ)解説委員長がフェイスブックに書いた個人的な投稿は、大きな波紋を呼んだ。ネット上の拡散から本が出版され、歌となってユーチューブの動画が生まれ、さらにラジオやテレビのドキュメンタリーとなって全国で流れていった。事件から間もなく7年を迎える7月25日、神戸解説委員長がRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で思いを述べた。
「やまゆり園事件」はヘイトクライム(憎悪犯罪)
「津久井やまゆり園事件」が起きたのは、2016年7月26日未明のことでした。あすでちょうど7年です。やまゆり園の職員だった植松聖死刑囚(事件当時26歳)は、重度の障害者を「心失者」と呼び、「生きている価値はない」として真夜中に刃物を持って侵入し、45人を殺傷した事件です。うち19人の方が亡くなっています。
(植松聖死刑囚)
(植松被告が描いた“心失者”の絵)
私も重い障害を持つ子の親ですから、本当に衝撃を受けました。ちょうど東京に単身赴任していたので、事件当日はTBS報道局に駆け込んで、特別番組の放送に立ち会っていました。障害者の家族として、私にはたまらない内容でした。
一方で「殺人はいけないけど、考え方は分からなくもない」とネット上で平気で言う人々もいたり、障害者団体などが「誰の命も大切だ」と意見を公表すると冷笑する人たちがいたり、植松被告に同調するような人が見られたのです。
「障害者」という属性を理由にした殺人は、ヘイトクライム(憎悪犯罪)です。そういう属性を持っている人は誰でも対象にする、というひどい犯罪です。でも、長男が幼いころは「障害がなければいいな」とずっと思っていた自分もいました(自分の心の中にも差別の心があるのだ、と後から分かるのですが)。事件後はモヤモヤした思いに包まれていました。
事件には触れなかったフェイスブックへの投稿
事件から3日後の夜中、東京の部屋で私がフェイスブックに投稿した文章は、事件については一言も触れていません。自分が障害を持つ子を授かってから十数年の間に考えてきたこと、時間の推移とともに変化していった父親としての気持ちを書いた、1,000字あまりの文章でした。完全にプライベートな文でしたが、これを書いたことで、僕の記者人生は大きく変わったのです。
ネット上では大変な拡散が始まりました。フェイスブックを今見ると、3,612回シェアされていました。「いいね!」は1万4,000人以上です。
すぐにTBSテレビや、新聞社、他系列のラジオなどのメディアが全文を紹介するという流れが起きました。
なぜ僕に依頼してきたのかはよく分かりました。メディアは、植松被告の供述を放送しなければいけない。あまりにヘイト(憎悪)が強いので、自分たちが憎悪をまき散らしている状況に陥っていたのです。「カウンターとなる言葉」を求めていたというのがその時のメディア状況で、たまたま僕の文章がそれに当てはまったのでしょう。だから、他系列でも採り上げたのです。
それは、社会も一緒でした。TBSテレビ『NEWS23』が僕の文章を全文朗読した動画は、数日後に気づいたら1万3,000回以上もネットでシェアされていました。「これじゃいけない」と思う人が本当に多かったと思います。
『NEWS23』の動画を見た編集者から本の出版を頼まれて、事件から3か月後に出版したのが「障害を持つ息子へ ~息子よ。そのままで、いい。~」(ブックマン社)です。多分、やまゆり園事件に関して最初に書かれた本だと思います。
植松被告と直接対話することに
翌年になって、フェイスブックで僕の文章を知った大阪の歌手「パギやん」とたまたま知り合いになり、「これを歌にしよう」ということになりました。僕の文章をそのまま歌詞として、曲をつけて歌ってくれる、というのです。8分の長い曲ですが、「これはぜひ公開したいな」と思ったのです。
(収録で歌うパギやん)
障害のある家族を持つ人たちに家族写真の提供を呼びかけ、音楽に乗せてYouTubeで公開しました。それから、TBSラジオの鳥山穣プロデューサーに「この曲をラジオで流せないか」と話をすると、「どうせだったら1時間番組を作ってみませんか」と言われたのです。
この後、僕は取材で植松被告と6回拘置所で会いましたが、ごく普通の青年でした。それがすごく衝撃的で、異常な犯罪者というよりはコンビニでよく会うような青年のタイプでした。
(初めての面会後(左はTBSラジオ鳥山さん))
ただ、面会を重ねてわかったのは、植松被告は重度障害者を狙ったのですが、実はそれだけではなかったんです。世の中に役に立たないと思った人を狙った。つまり、今障害を持つ人だけじゃなくて、私たちがこれから交通事故に遭って動けなくなったり、年を取って寝たきりになったりしたら全員殺害すべきだという主張です。限られた人を狙ったものじゃなくて、「誰でも役に立たなくなったら殺害すべきだ」というのが植松死刑囚の考え方なのです。「考え方は分かる」と言う人は、自分が被害者になるということを考えていないから、言えるのだと思うのです。時代を象徴している事件だと思います。
歌をベースにしたラジオドキュメンタリー
面会を重ねてTBSラジオと一緒に作ったラジオ番組は、今もポッドキャストで聴くことができます。
『SCRATCH 差別と平成』(2019年)
植松聖被告は「障害者には生きている価値がない」と述べた。障害がある息子を持つRKB毎日放送の記者は、被告との面会を重ねながら現代の差別の根底に流れるものを探る。番組中、パギやんが歌う「障害を持つ息子へ」が全編流れる。放送文化基金賞で最優秀賞、日本民放連盟賞と文化庁芸術祭で優秀賞のほか、早稲田ジャーナリズム大賞やABU(アジア太平洋放送連合)賞でも入賞。※SCRATCHは「ガリガリと線を引く」の意。
【スタッフ】
ナレーション:長岡杏子(TBS)・櫻井浩二(RKB)
植松被告の吹替:鳥山穣(TBSラジオ)
ディレクター:神戸金史(RKB)
(ラジオドキュメタンリーを制作する)
それから、このラジオ番組をテレビ化して『イントレランスの時代』(2020年)という1時間のドキュメンタリー番組を作りました。僕の記者人生の後半は、この事件と密接に絡んでいます。福岡ローカルの記者なのに、神奈川で起きた事件をやっていく、不思議な展開になりました。
『イントレランスの時代』(2020年)
サイレント映画の傑作『イントレランス』をモチーフに、様々な不寛容の姿をあらわに描く。不寛容(イントレランス)は、コロナウイルスの蔓延でさらに強まっている。やまゆり園で障害者殺傷事件を起こした植松聖被告と接見してきたRKB記者は、ヘイトスピーチ、米軍基地の重圧に苦しむ沖縄への攻撃、「朝鮮人虐殺」を否定する歴史の改ざんの現場にも足を運ぶ。JNNネットワーク大賞、日本民間放送連盟賞優秀賞など受賞。
フェイスブック投稿を歌詞にしたパギやんの曲
では、パギやんが歌う「障害を持つ息子へ」(7分53秒)をお聴きください。
私は、思うのです。
長男が、もし障害を持っていなければ。
あなたはもっと、普通の生活を送れていたかもしれないと。
私は、考えてしまうのです。
長男が、もし障害を持っていなければ。
私たちはもっと楽に暮らしていけたかもしれないと。
何度も夢を見ました。
「お父さん、朝だよ、起きてよ」
長男が私を揺り起こしに来るのです。
「ほら、障害なんてなかったろ。心配しすぎなんだよ」
夢の中で、私は妻に話しかけます。
そして目が覚めると、いつもの通りの朝なのです。
言葉のしゃべれない長男が、騒いでいます。
何と言っているのか、私には分かりません。
ああ。
またこんな夢を見てしまった。
ああ。
ごめんね。
幼い次男は、「お兄ちゃんはしゃべれないんだよ」と言います。
いずれ「お前の兄ちゃんは馬鹿だ」と言われ、泣くんだろう。
想像すると、私は朝食が喉を通らなくなります。
そんな朝を何度も過ごして、突然気が付いたのです。
弟よ、お前は人にいじめられるかもしれないが、
人をいじめる人にはならないだろう。
生まれた時から、障害のある兄ちゃんがいた。
お前の人格は、この兄ちゃんがいた環境で形作られたのだ。
お前は優しい、いい男に育つだろう。
それから、私ははたと気付いたのです。
あなたが生まれたことで、
私たち夫婦は悩み考え、
それまでとは違う人生を生きてきた。
親である私たちでさえ、
あなたが生まれなかったら、今の私たちではないのだね。
ああ、息子よ。
誰もが、健常で生きることはできない。
誰かが、障害をもって生きていかなければならない。
なぜ、今まで気づかなかったのだろう。
私の周りにだって、生まれる前に息絶えた子が、いたはずだ。
生まれた時から重い障害のある子が、いたはずだ。
交通事故に遭って、車いすで暮らす小学生が、
雷に遭って、寝たきりになった中学生が、
おかしなワクチン注射を受け、普通に暮らせなくなった高校生が、
嘱望されていたのに突然の病に倒れた大人が、
実は私の周りには、いたはずだ。
私は、運よく生きてきただけだった。
それは、誰かが背負ってくれたからだったのだ。
息子よ。
君は、弟の代わりに、
同級生の代わりに、
私の代わりに、
障害をもって生まれてきた。
老いて寝たきりになる人は、たくさんいる。
事故で、唐突に人生を終わる人もいる。
人生の最後は誰も動けなくなる。
誰もが、次第に障害を負いながら生きていくのだね。
息子よ。
あなたが指し示していたのは、私自身のことだった。
息子よ。
そのままで、いい。
それで、うちの子。
それが、うちの子。
あなたが生まれてきてくれてよかった。
私はそう思っている。
父より
詞:神戸金史(RKB)
作曲、歌、ギター:パギやん
マンドリン伴奏:矢野敏広
歌を聴いて番組MCが感じたこと
田畑竜介アナウンサー:たまたまある日、神戸さんの元に生まれたお子さんに障害があった。家族に障害を持つ子がいるということで抱えた、最初からすぐ受け入れられたわけじゃないいろいろな思いをめぐらせて、でも「生まれてきてくれてよかった」と思うプロセスが、素直に正直に綴られている文面ですね。サウンドがすごく優しく語りかけてくる感じです。
武田伊央アナウンサー:約8分ありましたが、メリハリがあって聴き入ってしまいました。音楽に乗っていることで、また訴えかけるものがあります。
神戸金史解説委員長:事件の3日後、居たたまれなくなってパソコンに向かい、書いて一度見直して、1時間くらいでフェイスブックにアップしただけの文章が、こうして広がっていったのは驚きでした。さらにこの後、ラジオやテレビのドキュメンタリーになっていったわけです。長男が私の元に生まれてきたことで、全く知らない世界の表現を僕は記者としてできた。事件の後も、長男の存在を心の中で受け止めていく過程が進んでいった気がしています。
(ドキュメンタリーの現在)
◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。近著に、ラジオ『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』の制作過程を詳述した『ドキュメンタリーの現在 九州で足もとを掘る』(共著、石風社)がある。
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この記事を書いたひと
神戸金史
報道局解説委員長
1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。