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悲劇を若い世代に…「特攻隊員の恋」や「拉致被害者」を伝えるには?

戦争と平和を考えるニュースが続く8月。だが、若い世代に本当に伝わっているのだろうか。報道すること自体が「目的」になっていないかと、RKB毎日放送の神戸金史(かんべ・かねぶみ)解説委員長は自問する。若い記者の記事を例に、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で「“みんなが知っている常識”からいったん離れて報じることが大切だ」語った。

「新しいことを追う」のがニュースの宿命だが…

8月は、私のコーナーでも戦争のことを採り上げてきました。“8月ジャーナリズム”と半分馬鹿にされていると思いつつも、戦争や平和は大事なことだから8月はせめてやろう、と。もちろん8月以外もやった方がいいし、本来やるべきだと思うんですけど。

今日(8月29日)の朝刊を見ると、戦争のことはあまり載っていない感じです。もう次の話、「関東大震災100年」とか、「処理水・汚染水」とかが多いです。新しい話に向かうのはニュースの宿命。だけど、そうは言っても大事なことはあるでしょう。「一歩踏みとどまって考えよう」というのが“8月ジャーナリズム”なのかなと思うんです。

特攻に散った京都帝大生の「恋」

 


昨日(8月28日)、RKBテレビのニュースでは、特攻隊で亡くなった、福岡県遠賀町出身の京大生を採り上げました。インターネットのニュースにも出ています。

「心残りは敏子のこと」特攻とともに打ち砕かれた京大生の恋、人生のすべてをかけ海面15メートルを這うように飛行

旗生良景(はたぶ・よしかげ)少尉は、現在の福岡高校から京都帝大に行って、特攻で出陣し22歳で亡くなりました。青年の面影の写真も残っています。旗生さんには「思い人」がいました。高校時代の友人の妹だった、敏子さん。日記には、「心に残るは敏子のことのみ。弱い心をお笑いください。然(しか)し死を前にして敏子に対する気持ちの深さを今更の様に驚いています」と書かれていました。

新しい話じゃないかもしれない。むしろとても古い話だけど、人間は時代が変わっても変わらない。人の気持ちや思い、生に対する熱い心とか。語り継いでいくことは必要なのですが、それがとても難しい。「9月に入ったら戦争の話はもうしないのですか」と言われても困るので、時に私も触れていきたいと思っています。
 

(旗生良景少尉)
 

拉致問題を報じた共同通信の若い記者

そんなことを考えるのにちょうどいい材料が、先週配信された共同通信の記事にありました。北朝鮮の拉致被害者5人が帰国して21年になります。共同通信の湯山由佳さんが曽我ひとみさんにインタビューし、8月25日~26日に配信されています。

「若い人にこそ知ってもらいたい拉致問題」

(前編)夜の路上で、いきなり頭から南京袋をかぶせられた 北朝鮮に連れ去られた曽我ひとみさん、帰国までの24年

(後編)「ソガ・ヒトミ」その存在に驚愕した日本政府 曽我さんは自責の念を抱えて帰国した

「共同通信を含めた報道各社の『帰国20年』の特集は、過去の記事との重複を避けるため、主にここ数年の政府交渉の推移と、被害者の状況に焦点が当てられる内容が多い。曽我さんが何度も繰り返していた『拉致問題を知らない、若い人たちに伝える』という願いに、メディアは応えられているのだろうか」と、書いています。7500字余りの長い読みものです。

曽我さんが幼少期、どんな生活をしていたか。拉致当日はどんな様子だったのか。北朝鮮での生活はどんなだったのか。帰国当時を知らない若い記者が、丁寧に書いています。

「20代の私には、全てが新鮮だった」

「非常にいいな」と思ったのは、「取材後記」です。

取材し、原稿を書く中で上司とは何度もぶつかった。「これは知ってもらう必要がある話だ」と思っても、デスクから「みんな知っている話だから、他の話を書いたらどうか」という指摘が入る。意見が食い違う原因は、世代にあるのかもしれない。20代の私には、曽我さんが語る全てが新鮮だった。(中略)共通認識として拉致問題を知る世代とその下の世代とでは、拉致問題への認識が異なる。若者の大半は「詳しく知らないけれど、ずっと解決していない問題」と遠く感じているのではないか。私が書いた記事も、共通認識を持っている人向けのものになっているのでは、と自問自答を繰り返した。

この「共通認識を持っている人向けになっていないか」という問いは、私たちメディアとって大きな提起だと思いました。例えば、特攻隊のニュースを取り上げた時、「特攻隊とは何か」を知らない世代がいるかもしれない、ということを実はあまり考えていないんです。10~20代の人たちがニュースに触れた時に、すっと入ってくる内容になっているかどうか。ニュースを取り扱う立場としては、非常に大事な話です。

若い湯山記者が曽我さんの話を聞き、「自分が驚いた話は多くの人が驚く話だ」と、上司と何度もぶつかったという記述。「このデスクのようなことを私も言ってしまうんじゃないか」という気がしました。「もっとこう書いた方が若い人に伝わるのではないか」という若い記者の意思や感情を大事にした方がいいんじゃないかと、この記事を読んで思ったのです。

“知らない世代”を念頭に

戦争の被害・加害について採り上げる時も、知らない世代を念頭に置きながら、「繰り返しになってもいいじゃないか」というくらいで展開していくべきなのでしょう。「新しいことこそニュース」なのかもしれないけれども、古いことにもこだわって、伝えなければいけないことは伝えていく。そして、どうやったら「形だけ」にならずに内実を伝えていけるのか。共同通信・湯山記者のこの原稿はそのモデルケースになっています。

手前味噌ですが、RKBテレビで流した「特攻隊員の恋」についても、知らない人たちが見たら「あ……」と絶句すると思うんです。Yahoo!ニュースでも、たくさんコメントがついています。こういった報道を続けていくことも、新しいことをやるだけではない報道の一つの責任だと思っています。

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この記事を書いたひと

神戸金史

報道局解説委員長

1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。