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ミッションはインポッシブル? 「スパイ」めぐる米中摩擦

「スパイ」という単語が、このところ、米中の間で頻繁に出てくる。実際に両国の間でスパイ活動はどのように行われているのだろうか? 東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し、直近の報道から紹介した。

日本を舞台にCIAがスパイを養成

私のスマホに、中国の代表的なメディア『人民日報』のニュースアプリを入れている。共産党の機関紙。このアプリが入っていると、さまざまな動きが即座にわかる。8月21日朝、「速報」として、スマホの画面に表れたのが、いわゆる、アメリカの手先になっていたという「スパイの逮捕」。しかも、そもそもの舞台は日本だった。

人民日報の報道に沿って説明していく。中国の中央官庁に務める人物が拘束された。苗字が「ハオ」という39歳のこの人物は日本に留学していた。中央官庁から派遣されて日本へ留学していたというから、エリートなのだろう。フルネームや性別、どの役所にいたのか、などは明らかにされていない。

ハオはアメリカへ行くため、東京のアメリカ大使館で査証(ビザ)の手続きを行った。それをきっかけに、アメリカ大使館の職員、テッドという人物と知り合った。テッドは、ハオを食事に招いたり、贈り物をしたりして徐々に親密な関係を築いたという。

テッドはハオに論文の執筆を手伝ってもらい、お礼を支払うことを約束。ハオもそれを了承したという。やがて、テッドの日本での任期が終了するのだが、その前にテッドはハオに同僚を紹介し、お互いに協力関係を続けた。この同僚の名前は、リー・ジュンとされている。

やがてハオの日本留学期間が終わるのを前に、リー・ジュンは「自分はCIA(アメリカ中央情報局)支部のメンバーだ」と自分の本当の身分を明かす。CIAは世界中から国家安全保障に関する情報を収集し、分析する部門。その上で、ハオに対して、中国に戻った後、自分たちCIAの一員として働くよう求めた。ハオはこれに同意し、アメリカ側からスパイとしてのトレーニングを受けた。

ハオという人物は中国では中央官庁の役人だから、アメリカとしては利用する価値がある。報道によると、ハオは帰国後、CIAからの要求に従って、勤務する中国の中央省庁から情報を入手した。一方で、中国で秘密裏に活動するCIA職員も何度も接触し、手に入れた情報を提供。見返りに活動資金を受け取っていたとされる。

ハオは、国家安全機関に摘発されたというから、それは、おそらく国家安全省だろう。国家安全省は、中国の国内外の諜報活動(スパイ活動)や、逆にその防禦に務める秘密機関。ここまでが人民日報の報道。詳細はわからない。中国側も手の内を明かさないようにしているのだろう。

8月だけでも複数の“スパイ”摘発

スパイといえば、トム・クルーズ主演のスパイアクション映画『ミッション・インポッシブル』の最新作がいま、日本で公開中だ。『ミッション・インポッシブル』は、そもそもアメリカのテレビドラマ・シリーズ『スパイ大作戦』の続編。でも、映画やドラマと違い、現実のスパイはカッコよくないし、派手でもない。

この「スパイ」という単語は、このところ、米中の間で頻繁に出てくる気がする。まず、中国側。実は8月にもう一件の摘発をした。国家安全省の発表によると、8月初め、別の中国人がスパイの疑いで摘発されたことが明らかになった。この人物は中国の軍事産業の会社に勤務しており、イタリア留学中に、やはりCIAにスカウトされたという。

一方のアメリカ側。8月3日、カリフォルニアでアメリカ海軍の水兵2人が、軍の機密情報を中国の将校に提供した疑いで逮捕されている。今年2月、中国からアメリカ本土に飛来した気球が、アメリカの空軍によって撃ち落されたのが記憶に新しい。アメリカでは「中国当局によるスパイ行為」と反中機運が高まった一方、米中関係が冷え込む一因になった。

珍しいケースもある。昨年10月のこと。アメリカの司法省は中国の情報機関のスパイ2人を訴追したと発表している。司法省によると、中国の情報員が、ある人物から、アメリカの捜査関連の機密情報を不正に得ようとしたという。ただし、この人物はアメリカのFBI(連邦捜査局)のために働く「二重スパイ」。中国側はそれに気づかずに接触したという。

スパイに対する警戒強める中国

中国側は、「中国の国家機密を外国の情報機関などが入手するのではないか」との警戒心がある。国家安全省は7月末、中国で人気のアプリ・微信(ウィーチャット)に公式アカウントをつくった。そこから国民に向けて発信し、スパイ行為との戦いに参加するよう求め、情報を提供した場合は報奨金を出すと、呼びかけている。

中国でスパイといえば、中国政府が7月、スパイ行為の摘発対象を大幅に広げた改正「反スパイ法」を施行したばかりだ。これにより対象や適用範囲が大きく広がった。一方で、不透明な部分も多い。改正によって、中国当局の疑念が、法律として成文化されたといえる。

改正反スパイ法の施行前の5月には、アメリカと中国との文化交流などに関わってきた香港の永住権をもつ米国籍男性に、スパイ罪で無期懲役の判決が下された。7月に中国を訪問したアメリカの財務長官は、改正「反スパイ法」について、米国企業に悪影響が出かねないといった懸念を中国側に伝えたという。アメリカからすれば、激しさを増す技術競争も念頭に置いている。中国などへの情報流出に神経をとがらせている様子がうかがえる。

CIAのバーンズ長官は7月、「CIAの中国を対象にした諜報網は10年前に多大な損失を被った。しかし、スパイ網の再構築は進展している」と誇示する発言を行っている。

日本人や日本企業も無関係ではない

3月には反スパイ法に違反した疑いで、製薬大手「アステラス製薬」の現地法人に勤める日本人男性社員が拘束されたままだ。一体何が「スパイ行為」に該当したのかはっきりしないだけに、情報公開を求める声が多い。

中国との友好団体を運営する日本人男性が、やはりスパイ容疑で6年間、服役した。日本人だけではない。中国共産党系の主要な新聞の幹部が3月、複数の日本人外交官に情報を提供した――として中国当局にスパイ罪で起訴された。昨年2月に北京市内で在中国日本大使館職員と会った直後に拘束されていた。

日中関係が緊張する中、中国当局は体制内の事情を知り得る人物と日本側との接触に対し、厳しく臨む姿勢を鮮明にしている。また、米国の同盟国である日本に対する中国の警戒が背景にある。

諜報(スパイ)活動でしのぎを削る米中

冒頭に紹介した、「日本留学中にアメリカCIAのスパイとなった」とされるハオという人物の逮捕は、アメリカで日米韓首脳会談が単独では初めて開かれた直後だ。この3か国首脳会談は、共同声明の中で、「南シナ海において、中国によって不法な海洋権益に関する主張が行われている」と中国を名指しした。インド・太平洋地域で、中国が続ける一方的な現状変更の試みには強く反対すると改めて表明したものだ。

中国の場合、国家機密に関することなら、秘匿するのが普通だ。今回中国側がわざわざ公表したのは、アメリカへの牽制だ。国民に向けて、アメリカに毅然とした態度をとる習近平政権の姿勢を示すとともに、「アメリカをはじめ西側の国々から“魔の手”が伸びるかもしれない」という警鐘を、高級公務員に向けて発する狙いも当然あるだろう。見えないところで、米中両国は諜報活動でも、しのぎを削っている。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

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