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日本と中国…正式会談開けず「立ち話」で初顔合わせ

福島第一原発から海洋放出されている処理水を巡って、日本と中国が対立している。9月6日、岸田総理は、中国の李強首相と「立ち話」をした。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が、9月7日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で今後の見通しを語った。

ASEAN10か国と日中韓3国が集まる意義

インドネシアのジャカルタで、ASEAN(東南アジア諸国連合)プラス3(=日本、中国、韓国)の首脳会議が開かれた。その首脳会議が始まるのに先立ち、岸田・李強両首相が短時間、「立ち話」をした。岸田総理は、李強首相に対し、処理水に関して、日本の立場を明確に伝えた。また「建設的かつ安定的な日中関係構築の重要性」も訴えた、という。

この考察に入る前に、ASEANプラス3とは何かを説明しよう。1997年夏にアジア通貨・経済危機が起きた。アジアの通貨の価値が大幅に下落し、各国の経済が大きなダメージを受けた。これを契機に、この年のASEAN首脳会議に日中韓3か国の首脳が招待される形で始まった。

ASEAN加盟国10か国プラス3か国で、13か国の枠組みだ。この年は、ちょうどASEAN設立30周年という節目の年だった。このアジアにおいて、大きな影響力を持つ日中韓が、東南アジアの国々と、域内のさまざまなテーマについて、考えようという意義を持つ。

同時に、この場を活用して、日中、日韓などの2か国間で首脳会談を行なってきた。しかし今、日本と中国の関係は、処理水の海洋放出をめぐって、極めて難しい局面に陥っている。とても首脳会談を開く機運にはない。「立ち話」がニュースになるというのは、関係の困難さを如実に示している。

「立ち話」「接触」には二通りの意味

国際会議の場を活用して、対立する国の首脳同士の「立ち話」、または「接触」。これまでの例を振り返ると、二通りの意味があったと思う。一つは、お膳立てされた「立ち話」や「接触」によって、次のステップ、次の改善へのステップを踏んでいくケースがある。いきなり正式な会談を行うには、それぞれの国内での反発や、時にメンツもあるので、「まずは立ち話で」というものだ。

もう一つは、「とても正式会談なんて行えない。だけど、国際的な儀礼や、責任ある国家として品格を損なう。完全無視することはできない」「まあ、立ち話ぐらいなら」というケースだ。6日の「立ち話」は、中国からすると「仕方がない。立ち話なら」という判断なのだろう。

福島第一原発から出る処理水が問題化してから、日中の首脳が顔を合わせるのは、今回は初めて。ましてや、今年3月に就任した李強首相と、岸田総理が会うこと自体が初めて。本来なら、じっくり話して、互いを知ることから始めてほしいのだが。

とはいえ、「ばったり」「偶然」という「立ち話」や「接触」ではない。日本と中国双方の事務方が折衝を重ねて、「立ち話」という場を作った。それぞれが、どのタイミングで「接触」して、なにをどうしゃべるか、ということも打ち合わせ済みだったはずだ。

どちらも、相手の国の言葉を話す人=つまり日本外務省の中国語通訳、中国外務省の日本語通訳が、それぞれの首脳にぴったり付いて、言葉を伝えたわけだから。つまり、中国も日本に対して、対話の窓口を完全に閉ざしているわけではないのだ。

ただし、7日の中国共産党機関紙「人民日報」は、ジャカルタでの李強首相の活動を報道するなかで、岸田首相との「立ち話」「接触」については一切触れていない。「立ち話」「接触」を伝えた前夜の日本国内のテレビニュース、7日朝の日本の新聞各紙とは、まったく温度が違う。

処理水に対する中国の反応は頑ななまま

そのASEANプラス日中韓3か国の首脳会議だが、岸田総理は処理水の海洋放出について「国際基準にのっとり、安全性に万全を期した上で実施している」「科学的観点から何ら問題は生じていない」と出席した首脳たちに理解を求めた。そして、日本の水産物を全面輸入停止した中国の対応を「突出した行動だ」と批判した。

一方の李強首相は、処理水の放出によって海洋の生態系に懸念が生じたとしたうえで、「人々の健康に影響する」と反論した。頑ななままのように感じる。

同じ6日、北京では中国外務省の定例記者会見が開かれた。報道官はこんなふうに、日本を批判している。

日本が、国際社会の懸念に正面から向き合い、核汚染水の海洋放出の危険性を軽視したり、隠ぺいし続けたりするのではなく、誠実に、科学に基づくことで、真に国際社会の信頼を勝ち得る説明を行うことを望む。

日本は「処理水」という言葉を創り出した。「トリチウムの濃度に異常はない」と繰り返し宣伝し、核汚染水には「トリチウムしか含まれていない」「トリチウム濃度は基準値以下」「だから安全だ」と偽っている。このような行為で、国際社会を欺くことはできない。

ジャカルタでの国際会議の場で、岸田首相とは「立ち話」の形式で、会うには会ったが、中国としては当面、このトーンを貫くのではないだろうか。李強首相は、習近平氏に次いで序列は第二位だが、習近平氏が「一強」の地位にある今の中国にあって、ナンバー1はいても、ナンバー2、ナンバー3は存在しない。李強首相も外遊しての初の本格的な外交デビューだが、李強氏自身の言葉を発することは、ありえないのだろう。

日中友好議員連盟の会長で、中国と太いパイプを持つ自民党の二階元幹事長の中国訪問計画も、処理水の問題のため、現状では実現困難なようだ。「中国と話ができるのは二階先生しかいない」と、岸田首相が直接、二階氏に訪中を要請して、二階氏もそれに応える姿勢を示したのだが。中国側はなかなか軟化しない。

日中トップ会談の見通しは?

9月9日~10日、G20(主要20か国・地域)の首脳会議がインドで開かれる。中国はこれまでG20サミットに出席してきた習近平氏が欠席し、李強首相が出席する。中国の国家主席のG20サミット欠席は初めてだ。岸田総理と習近平氏の直接対話の機会はなくなってしまった。

その次の機会というと、11月に米国で開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議だが、中国はここで米中首脳会談を開くことが、最も重要視する課題だ。年が明けると、1月の台湾総統選挙を迎える。中国の関心は、台湾、その後ろにいると警戒するアメリカ――という具合になるだろう。日中の関係改善への道筋は見えてこない。

当面は「低級飛行」が続くような日中関係。岸田総理と李強首相による「立ち話」という形式の、短時間の「接触」。いまはこれが精いっぱいということなのだろう。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

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