住人が寝静まった深夜、住宅街に“地響き”のような低音が響いた。「じゃりじゃり」と音を立てていたと振り返る住人もいる。1軒の空き家が突如、崩れたのだ。がれきは道路にあふれ、周辺は1週間にわたって通行止めになった。昼間であれば巻き添えになった人もいたかもしれない。今年8月に九州で起きた“事件”は、放置された空き家がいつ、誰にでも牙をむく危険性を示唆している。その空き家は2030年までに2000万軒に膨らもうとしている―。
あなたも倒壊した家の下敷きになるかもしれない
“崩壊”したのは福岡県南部にあった空き家だ。8月17日午後11時半ごろ、地元の警察署に「建物が倒れている」と通報があった。駆けつけた署員が目の当たりにしたのは、辺りに散らばった木材の破片だ。トタンのような外壁が前のめりに片側1車線の車道にかぶさっている。木造2階建ての建物は、1階の天井がくの字にひしゃげ、“腰砕け”の状態で崩れていた。周辺に住む女性は「前から心配していました。地響きするくらいの音がして、じゃりじゃりじゃりって土砂崩れみたいでした」と当日の夜を振り返る。この家は30年ほど前から無人で放置されていたという。別の住人は「いつ崩れるかわからない状態だった。早くどうにかしてくれればと思っていた」と声を震わせる。倒壊によるけが人はいなかったものの、1週間にわたって市道が通行止めになった。
長期間、放置されたままの家屋は倒壊やがれきの飛散、火災などの危険をはらむ。都市部であれば、歩いていただけで巻き込まれてけがをする人もいるだろう。今そこにある危機なのだ。件の空き家のあった八女市は、解体費用を補助するなどの対策を進めている。しかし、事はそう簡単に進まない。
八女市防災安全課・草場直幸課長補佐「自分の子供や孫に“負の財産”を残したくないと考えてらっしゃる方はいるが、相続人の同意や連絡が取れず前に進まないという事例もあります。第三者に被害を及ぼした場合は損害賠償などの責任を問われることがあると働きかけています」
倒壊で2億円の損害賠償もあり得る?
日本住宅総合センターは、過去の判例などを基に空き屋を放置したことによる“責任額”を独自に試算している。倒壊して隣家に被害が出た場合や、火元となり周辺の民家に延焼してしまった場合の損害賠償請求をリアルにシミュレーションした。
▽空き屋が倒壊、隣家の3人が死亡した
このモデルケースは、東京都郊外の敷地面積165平方メートル、年収600万円の夫(40)と妻(36)、長女(8)が暮らしている住宅。隣の空き屋が“倒壊”したことにより、全壊し3人のいずれも死亡したという想定。この場合、物件の損害額は1500万円、加えて人身損害額が1億9360万円かかり合計2億860万円の“責任額”が算出された。
▽空き屋から出火、隣家が全焼し夫婦2人が死亡した
モデルは東京都郊外の敷地面積165平方メートル。延べ床面積83平方メートル。築20年の住宅。世帯主(74)と妻(69)が暮らしている。この家が延焼により全焼。夫婦2人は逃げ遅れて死亡したというケースでは、物件の損害額は1315万円、また、人身損害が5060万円発生する。合計6375万円の“責任額”がはじき出された。
このように、空き屋はただ無人の建物として存在するうちは良いが、ひとたび周辺に牙をむくと損害額は膨れ上がる。個人の預貯金ではとうてい賠償できないこともあるだろう。潜在的なリスクははかりしれない。
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この記事を書いたひと
野島裕輝
1990年生まれ 北海道出身。NHK仙台放送局などで約7年間記者として事件・事故や行政、東日本大震災などの取材を担当。その後、家族の事情で福岡に移住し、福岡県庁に転職。今年2月からRKBに入社。