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岸田首相は「国内だけでなくASEAN諸国からも見透かされている」

なかなか支持率が上向かない岸田首相。先週末の調査ではむしろ、さらに下がってしまった。自身も自負する「外交の岸田」で面目躍如と行きたいところなのだろうが、そのことを「見透かされている」と厳しい指摘をするのは、東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長だ。11月9日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』でコメントした。

「見透かされている」総合経済対策

先週から今週にかけての岸田首相を振り返ってみよう。11月2日の記者会見で、総合経済対策を発表した後外遊に出発し、フィリピン、マレーシアそれぞれで首脳会談に臨んだ。私はこの内政と外交。共通しているキーワードは「見透かされている」ではないか? と思う。
 

まず、外遊前の総合経済対策だが、その中身は国民一人4万円の定額減税、住民税の非課税世帯への7万円給付などで規模は17兆円だ。岸田首相が「国民に還元する」という根拠である税の自然増収は、財務省が以前に試算した税収見積もりからの上振れしたから、というものに過ぎない。
 

実態は、巨額の財政赤字を出していることこそ問題だ。財源の多くは国債の発行、すなわち国の債務(借金)に頼る。国債残高は1千兆円を超え、先進国で最悪の水準だ。金利も上がっており、国債の利払い費に影響が及ぶ。その場しのぎで子や孫の世代に、負担を背負わせて本当にいいのだろうか。
 

岸田首相には、防衛増税など、増税イメージがある。だから「総選挙や内閣支持率を意識して人気取りに走った。そして減税に踏み切ったのだろう」と言われる。そんな腹の中を、与党内でも「見透かしている」と指摘されている。
 

さらに、外遊で訪問した相手国(フィリピン、マレーシア)から、窮地の岸田政権は「見透かされている」。首相の視線の先にある中国からも「見透かされている」。私は、そういうふうに受け取っている。

「ASEANに向けて一歩踏み出した」という歴史的意義

今年は日本とASEANが交流を開始して50周年だ。その節目を記念して12月、東京にASEANの10か国首脳を招待して特別首脳会議を開く。岸田首相のフィリピン、マレーシア訪問も、その事前準備とされている。
 

上川外務大臣も別途、ASEAN加盟国のベトナム、タイなどを回って来た。ただ、岸田首相のフィリピン、マレーシア歴訪は、ASEAN特別首脳会議への準備とは違う意味合いが濃い。特にフィリピンだ。
 

岸田首相は、フィリピンに対し、軍事用の沿岸監視レーダーの供与を決めた。日本政府は今年4月、同志国(=同じ志を持つ国)の軍を支援する枠組み「政府安全保障能力強化支援(OSA)」を創設した。
 

これを初めて適用した相手がフィリピンであり、この枠組みで初めて供与するのが、この監視レーダーだ。約6億円という額は防衛装備品としてはびっくりする額ではないが、「ASEANに向けて一歩踏み出した」という歴史的意義を考えたい。
 

アメリカと連携をしつつ、覇権主義的な動きを強める中国への包囲網構築を図る――。そんな狙いに思える。「第一列島線」ということばを聞いたことがあるだろうか。中国が描く軍事防衛ラインのことで、東シナ海、南シナ海をぐるっと囲む形になっている。沖縄県の尖閣諸島もこの中に含んでいる。
 

中国はこの第一列島線の中にある島々を、東シナ海海域で日本と、南シナ海海域でフィリピンと争っている。そういう情勢の中で、日本とフィリピンが共に向き合う相手・中国への包囲網を形成しようとなる。

日本とフィリピンの関係は「準同盟国ランク」

日本は半世紀前のASEANとの交流スタートを含め、途上国への支援は非軍事部門が中心だった。だから、フィリピンへの偵察レーダー供与は、これまでの路線から大きく転換するものだ。また今回、自衛隊とフィリピン軍がスムーズに往来し合えるようにする協定(「円滑化協定」)の締結に向けた話し合いにも入ることが決まった。
 

日本とフィリピンの関係は、「準同盟国ランクに上がった」という指摘もある。死者が1万人を超えだパレスチナの混乱や泥沼のウクライナ紛争などで、国際ニュースはそちらへ目が行きがちだが、このレーダー供与も大ニュースだと思う。
 

日本はアメリカと同盟関係にある。一方のフィリピンもアメリカと同盟国の関係。そのアメリカも、この海域における中国の海洋進出「力による一方的な現状変更の試み」を強く警戒している。
 

「アメリカを頂点に、三角形をつくる。日本とフィリピンが準同盟として、アメリカの安保政策を下から支える」――。そんな構図が見えてくる。フィリピンは、南シナ海で中国と対峙することもあって、マルコス大統領がアメリカに接近。その延長線上に日本との協力も進めているように思える。

ASEANは岸田首相の窮地を見透かしている

ただし、懸念も生まれてくる。私が指摘したいのは、南シナ海における、これら国々の領有権争いに日本も巻き込まれる危険性だ。日本が一歩踏み出す、すなわち軍事的な関与を深めることによって。中国はそう見做すだろう。
 

ASEANの国々は、したたかだ。アメリカや日本と接近する一方で、中国は大切な貿易相手国、また自分の国へ投資をしてくれる相手国でもある。中国を敬遠して日本にだけ肩入れしない。ASEAN10か国もそれぞれ国情が違い、中国との距離も違う。共通しているのは、アメリカを選ぶのか、中国を選ぶのか、という二者択一を嫌うことだ。
 

さらには、日本の国内政治もよく観察している。岸田政権が弱体化して、自分たちASEANとの国々との外交で得点を稼ごうとしているのもわかっている。それが「ASEANは岸田首相の窮地を、見透かしている」と私が指摘している点だ。
 

フィリピンも防衛装備品だけでなく、最大の援助供与国であり、前のめりになっている日本を、うまく利用・活用しているようにも見える。

山ほど懸案事項がある日中で話し合う場を

ではいま、日本の外交で必要なことはなんだろうか? やはり、中国との対話をもっと進めてほしい。アメリカは中国と対峙しながら、このところ、対話が一気に進んでいる。米中間の高官レベル協議が活発化している。核を含む大量破壊兵器の問題、地球温暖化対策などなど多くの分野に及ぶ。
 

日本はどうだろうか? アメリカ・サンフランシスコでのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議の場で、岸田首相と習近平主席は個別に会談するのか、その会談は突っ込んだ話し合いになるのか、形だけのものなのか――。日中2国間でも山ほど懸案事項があるのに、しっかり話し合う場をつくってほしい。
 

仲のいい周辺国や相手の付き合いは大事だが、安保協力への急速な傾斜は中国を刺激し、地域の不安定化を招く危険性もある。パワーゲームに巻き込まれてはいけない。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

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