ヒップホップをカルチャーにしたラッパー・JAY-Z
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日本では「ビヨンセの夫」といわれるJAY-Zは、世界で最も成功したラッパーのひとりだ。ヒップホップを文化にまで昇華した、JAY-Zのすごさを、彼の誕生日12月4日にRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演した音楽プロデューサー・松尾潔さんが解説した。
音楽業界最強のパワーカップル
ラッパーのJAY-Zさん、日本ではビヨンセに比べるとぐっと知名度が落ちるので「ビヨンセの夫」という言われ方をされることも多いんですが、1969年12月4日生まれで、今日が54歳の誕生日なので、このタイミングで、JAY-Zが牽引するヒップホップというカルチャーの浸透ぶりをお話します。
JAY-Zとビヨンセはアメリカの音楽業界最強のパワーカップルと言われています。JAY-Zは史上最高のラッパーだという人も多いし、すごくリッチなんです。有名な経済誌「フォーブス」に、アメリカの音楽市場で最もリッチなミュージシャンとして紹介されたこともあります。ここまで破格の成功を収めたヒップホップアーティストはJAY-Zか、ビギー、あるいはカニエ・ウェストのいずれかということになります。
ハイファッションにもヒップホップ
なかなか日本で、しかもこの朝の時間にJAY-Zを取り上げるってどうなんでしょう? と思いましたが、ヒップホップというカルチャーが今、音楽だけではなくファッションや、若者の考え方にもすごく影響を与えていると思って、取り上げました。
考え方とはどういうことか。ヒップホップの真髄は、既存のものをリサイクルしていくアートだということです。象徴的なのはサンプリングと言われている手法で、既に世の中にある音楽の有名な一節、あるいは知られざる曲の、でもかっこいいベースラインだけとか、いろんなものを抜き出して、再構築するという非常にエディトリアル、編集的な作業です。
ヒップホップカルチャーとは一番ほど遠いと言われていたハイファッションの世界でも、例えばルイ・ヴィトンはファレル・ウィリアムスというヒップホップアーテストが今、ディレクターやっていますし、カニエ・ウェストもファッションと密接な関係で知られています。
ロックが担っていた役割も担う
かつてロックが担っていた、既存の体制や大人が作った枠組みに対して、どうカウンターとしてぶつかっていくかというときも、カルチャーとしての鋭利な度合いというのは、今ではヒップホップの方が強いんじゃないでしょうか。すなわち、ロックの精神も今ヒップホップにありということです。実際ロックアーティストでヒップホップの手法を使う人も増えています。
他ジャンルとのコラボで勢力を拡大
JAY-Zもまたそこを自覚して、知名度に勝るロックアーティストとの共演を重ねていくことで、新興ジャンルであるヒップホップからどんどん勢力を伸ばしてきた人です。リンキン・パークとのコラボレーションという、懐かしいできごともありました。
あと、ラップだけだとちょっと聴くのはどうかな? っていう人達への対策として、歌手とのコラボレーションも多いです。アリシア・キーズとの「Empire State of Mind」や、今では妻となったビヨンセも、恋人時代から共演が多かったですね。「Crazy in Love」とか。夫婦になってからは2人で、苗字から取ったカーターズ(The Carters)というユニット名でアルバムを作っています。
かつてのハードな暮らしぶりをラップに昇華
素晴らしいラッパーであると同時に、したたかな実業家でもあるということを感じさせるJAY-Zさん、実はもともとニューヨークのブルックリンで生活保護を受けるような大変ハードな暮らしをしてきた人なんです。
ラップに出会うまでは、ヤバい仕事もたくさんやっていた人なんですが、文字通り音楽が身を救ってくれました。そういう若いときのハードな体験、薬物の売買に手を染めていたりだとか、発砲騒ぎに巻き込まれたりするような日常だったとか、そういう私小説的な内容をラップにすることで、負の体験を正に昇華するということをやってきた。
それは本当に極めて真っ当なポップミュージックの効能を知り尽くした人がやることだなと僕は思うんですね。今ではあまりのリッチぶりが揶揄されるときもあります。何しろアメリカ西海岸で一番高価な家を所有していると言われているリッチマンなので。
ですがこれだけの成功者になっても、払拭しがたい若いときのハードな暮らしというものが常にあって、弱者の側に寄り添うような視点を意識的に保ち続けている印象はありますね。だからみんなのやっかみだけじゃなく、リスペクトをちゃんと失っていないというのが、彼のバランス感覚の優れたところだと思います。
アウェーのファンも魅了
あと、既存の勢力との共存の仕方、そこへの向き合い方が、僕は見ていてすごくスマートな男だなと思うんです。
グラストンベリー・フェスティバルという、イギリスで1970年代くらいからやっているロックの有名なフェスがあります。ここで2008年にヒップホップアーティストとして初めてトリを務めたんです。そのときも結構反対する人がいたんですが、そのグラストンベリーのヒーローの象徴的な存在であるオアシスの曲をカバーしながらオープニングを飾って、それでみんなをある種の笑いに包み込むことで、スマートな勝利を収めました。そういう、剛速球だけじゃない勝負もできる、剛と柔どちらも併せ持つ素晴らしいアーティストだと思いますね。
そしてそんな彼を「マイメン(わたしの男よ)」と歌うビヨンセのカッコよさ。やっぱりこの2人の覇権というのはまだしばらく続くのかなという気がします。いろんなことを成し遂げてきて、まだ54歳かと思うとびっくりしますけどね。
一つ言えるのはヒップホップアーティストって、クラシックやジャズ、ロックと違って、まだ老衰で亡くなった人がいないんです。だから今彼らがやっていることがパイオニアとしての足跡になるので、そのあたりに関しても大変自覚的に見えます。
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