森崎和江-「つながりを“作り出す”」時代の先端を走った作家の3回忌
目次
詩人でノンフィクション作家の森崎和江さんが亡くなって2年が経つ。戦後の社会に大きな足跡を残した森崎さんをしのぶイベントが6月末に福岡市で開かれた。7月9日、RKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』に出演した、RKB毎日放送の神戸金史解説委員長が、イベントで登壇した文学研究者たちが語った森崎和江の評価について伝えた。
森崎和江の視点で作られたドキュメンタリー上映
福岡県宗像市在住の詩人でノンフィクション作家の森崎和江さん(当時95歳)が2022年6月15日に亡くなって2年が経ちました。3回忌にあたり、「森崎和江 終わりのない旅」(主催:西南学院大学ことばの力養成講座)が6月29日、福岡市の西南学院大学で開催されました。森崎さんに関わるRKBとNHKのドキュメンタリーも特別上映され、150人が集まりました。
『月白の道』の番組ナレーション:敗戦後の久留米の街は、筑後川の川辺へかけて、一面の菜の花でした。私は結核療養所の病室から一年に一、二度、久留米の親元へ帰宅していました。バスの窓から、小さな張り紙が目にとまりました。
「母音詩話会 諏訪野町 丸山医院内 丸山豊」
心に火が灯りました。この街に詩人がいらっしゃる…
RKBで編集に立ち会う森崎和江さん
加害の記憶を番組制作者とともに記録
朝鮮で生まれた森崎和江さんにとっては、朝鮮こそが故郷でしたが、敗戦後に、自分は朝鮮半島では実は「侵略者」「抑圧者」の側だったことに思い至らず、朝鮮を愛して暮らしていたことに気づきます。朝鮮を故郷といっていいのかと苦しみました。森崎さんのその後の行動、文学には、その真剣な姿勢が反映しています。
イベントには、大阪から文学研究者2人が招かれました。『月白の道』を見た、大阪大学大学院の渡邊英理教授がこう話しました。
大阪大学大学院 渡邊英理教授:今日ここで見られたことがよかった。私たちの戦争の記憶は、どうしても「太平洋戦争」という言い方であるように、アメリカとの戦争みたいな感じで記憶されていて、そうすると「アメリカに負けたのだ」という感じで「被害の記憶」として形づくられてしまうところがあります。ところが実際には日本はアジアに進出して、そこで侵略もしたし、そういう意味での「加害の記憶」も含み込まれた映像を、今日この場で見られたことはすごく大事なことかなと思っています。
渡邊英理教授:2022年6月15日に森崎和江さんが世を去って、早くも2年あまり経ちました。その3回忌に合わせた催しを実現することができ、こんなにたくさんの方が来て、「森崎がこんなに求められている世の中なんだ」ということを再実感できて、とてもうれしく思っています。
渡邊英理教授:大畑凜さんはこの4月に、『闘争のインターセクショナリティ 森崎和江と戦後思想史』という本を青土社より出版されました。森崎和江研究の紛れもなく第一人者のお一人です。筑豊時代の森崎和江にじっくり取り組んだ、本当にすごい本だと思います。
『闘争のインターセクショナリティ ―森崎和江と戦後思想史―』(青土社、税別2800円)
森崎和江の仕事をまなざすと、その思想にインターセクショナリティの萌芽を見出すことができる。フェミニズムやポストコロニアル思想などの系譜を繙くことで浮かび上がるものは何か。戦後思想史を更新する、俊英による画期の書。
大畑凜(おおはた・りん):1993年生まれ。専攻は社会思想、戦後思想。大阪府立大学大学院単位取得退学。現在、日本学術振興会特別研究員PD、大阪大学特任研究員。
森崎和江の研究者、大畑凜さん(右)
一線の文学研究者が語る「森崎和江」論
渡邊教授が紹介した大畑凜さんも大阪大学の研究者で、本のタイトルには「インターセクショナリティ」というちょっと難しい言葉が使われています。
インターセクショナリティとは「交差性」と訳されます。何かと何かが交差した時に、そこには別の変化が生まれてくる。例えば、人種、階級、ジェンダー、セクシュアリティ、国籍、世代…いろいろな立場の違いがあって、それが交差する時にそれぞれが関係して人々の経験を作っていくという考え方です。
誰でも、いろんな抑圧が複数重なって、生きる困難さが生まれている。例えば、人種問題が解決しても女性の問題が解決できていなければ、その人の抱えている困難さは解決できません。困難さは両方あること、3つも4つもあるということ、全体を見ていかないといけないというのがインターセクショナリティの考え方です。大畑さんが見る森崎和江には、闘争にかかわる様々な論点が交差しているということでした。
大阪大学特任研究員 大畑凜さん:森崎さんの60年代70年代を読んでいくと、基本的には「筑豊」という場所に根ざして活動を続けられていたわけですけれど、その中で例えば、本土復帰直前の沖縄の状況に、どうやったら筑豊や北九州にいながらつながれるだろうか。つながることを考える中で、当時の若い労働者の問題にコミットしていく。自分たちの困難さや戦いと、遠く離れているように思える土地の人々や戦いと、どうやったらつながれるだろうか。つまり、つながりを見出すんじゃなくて、作り出していくような。そういう中で、実はこういう風な形で社会の構造とかも抑圧が交差してるんじゃないかと発見されていくところ。森崎さんの思想の中に交差性というのがあるとすれば、そういうところがあるんじゃないか。
「故郷」を探し続けた森崎和江
このイベントでは、NHKが2023年12月に全国放送した『ETV特集「森崎和江 終わりのない旅」』も上映され、映像を見ながら理解を深めました。
制作したNHK福岡放送局の吉崎健さんは、石牟礼道子さんを描いたドキュメンタリー『ETV特集「花を奉る 石牟礼道子の世界」』で早稲田ジャーナリズム大賞を受賞している有名な制作者です。戦後の思想に巨大な足跡を残した石牟礼さんと森崎さんの2人を比較して、吉崎さんはこう発言しました。
NHK吉崎健さん:森崎さんは、やっぱり故郷を失った方ですよね。故郷と思っていた朝鮮半島が「作られた植民地」であったことで、「故郷と言ってはいけない」と自分に「原罪」の意識を持ち続けながら、戻ってきたお父さんの故郷である福岡、そこでもなかなか馴染めない。同じ村内の人は受け入れるけど、異質な人を受け入れにくいのが日本全体にあると思うんですけど、そういう中で悩まれたり苦しまれたりして。
NHK吉崎健さん:多分筑豊に行ったのも、それを探しに行ったと思うんです。地上にない、石牟礼さん的な言葉で言うと、「もう一つのこの世」と石牟礼さんはおっしゃってますけど、「こうあってほしい」とかあるいは「あるべきじゃないか」と考えるようなものを探し求めていった時に、筑豊で、地上にないものが地下の世界に、男女平等に働いていたりとか、被支配ではないような世界を求めていった。だけどそこでも挫折というか様々な困難に直面して、最後は旅して探すしかなかった、ということかなと。
NHK吉崎健さん:石牟礼さんは水俣病というものに直面して、様々な不条理、大企業、国とか強力な力の前に患者さんたちが非常に苦しんでいる現実を目の当たりにして、「あるべき世の中を求めていこう」とした時に、多分、自分の故郷である水俣の、近代化する前のかつての姿にヒントを求めようとされていたんじゃないかなあ、と。
NHK吉崎健さん:ところが、森崎さんの場合の場合は故郷がないので、旅をして探すしかなかったんじゃないか。地方、周縁に行くのは、森崎さんには朝鮮半島での原罪意識がすごく強くあって、「朝鮮の人たちに恥ずかしくない自分になりたい」ということと、(朝鮮を)侵略して植民地にした日本ではない、恥ずかしくない「元々の日本」を探したと思うんです。中央は明治以降「一つの単一国家にしたい」という形でしてきたわけです。戦争もしやすいし、中央集権的にしたと思うんですけど、(森崎さんは元々の日本が)残されているところを探していった。どうしても地方、周縁に残っている本当の日本を探していったのかな、と思っています。
半世紀を超えて読み継がれる森崎和江
森崎さんは、筑豊の炭鉱で働く人たちを支える活動に参加していくのですが、挫折した後、後半生では日本全国を旅して取材をしていったノンフィクション作家です。森崎さんの著作は近年、復刊が相次いでいます。特に『からゆきさん』はおすすめで、ここから入っていくと、森崎和江を学ぶにはよいのではないでしょうか。今だからこそ学んだ方がいい女性作家だと思います。
【近年復刊された著作】
(1)『からゆきさん 異国に売られた少女たち』(朝日文庫、税別620円)
16歳で朝鮮に売られ、狂死したキミ。東南アジアで財を成し、壮絶な自殺を遂げたヨシ。ふるさとを思い、売られていった女たちが、異国の地で見た夢は何だったのか? 綿密な取材と膨大な資料をもとに、「からゆきさん」の軌跡を辿ったノンフィクションの金字塔。(解説:斎藤美奈子)
(2)『まっくら 女坑夫からの聞き書き』(岩波書店、880円)
筑豊の地の底から石炭を運び出す女性たち。その逞しい生き様を記録したデビュー作。(解説:水溜真由美)
(3)『闘いとエロス』(月曜社、税別2600円)
谷川雁との共感と絶望、伴走と訣別を、闘争内の性暴力事件を中心に描き出し、性と組織の困難に切り込む、読み継がれるべき問題作。初版1970年。(解題:大畑凜「困難な書」)
(4)『非所有の所有――性と階級覚え書』(月曜社、税別2400円)
『まっくら』以後、筑豊での性と階級が交差する闘いのなかから既成のものにかわる新たなる概念を生みだす格闘の軌跡。初版1963年。(解題:大畑凜「弁証法の裂け目」)
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この記事を書いたひと
神戸金史
報道局解説委員長
1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。