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上野万太郎の「この人がいるからここに行く」 東京から福岡に移住して北欧ヴィンテージ家具販売店を開業した比留川絢士さん

2年半前に東京から福岡へ移住してきた比留川さん

先日、知り合いの珈琲店のカウンターで隣になった青年。マスターの紹介で、ひとことふたこと話をしてみると、なんでも北欧家具の輸入販売店を経営しているという。それも2年半前に東京から縁もゆかりもない福岡に移住してきて開業したというではないか。僕の頭の中で「ん???何それ??」と?マークがいくつも浮かび上がってきた。

その青年は比留川絢士(ひるかわじゅんじ)さん、39歳。素朴なオシャレ感と人懐っこい笑顔、そして丁寧な話しっぷり。どうしても頭の中の?マークを消したくて「ちょっと話を聞かせてくださいよ」と、会って3分で「muto」での取材を申し込んだのだった。

ヴィンテージの北欧家具の店「floor」

彼のお店は中央区舞鶴の浜の町公園に面した古いビルの一階にある。壁一面が白く塗られた明るい店内に前面ガラスから柔らかい光が差し込む。店名は「floor」。1950年代から60年代に生産されたヴィンテージ北欧家具を中心にインテリアを提案するセレクトショップだった。

floor 上野万太郎

「大切に使い継がれてきたヴィンテージ家具は、何気ない日常にそっと心地良さを添えてくれると思うんです。デザイナーや作り手の想いをその商品の背景にあるストーリーと共に現代に繋げていきたいんです」と比留川さん。

確かに、自分の部屋にこんな家具が並んでいたらどんだけオシャレかよ!と思うような椅子やテーブルなどが展示されている。華美になり過ぎずただシンプルなのに優しい素材感と美しい造形の北欧家具は僕にとっても憧れである。

floor 上野万太郎

東京生まれ東京そだちの比留川さん

そんな比留川さんがどうして福岡に移住し開業したのか。まずは彼の生い立ちから話を聞いてみた。

1985年東京都八王子市生まれ、高校までは八王子で育った。小さい頃からモノ好きな少年だった比留川さんは、車、オーディオ、楽器などに凝っていたそうだ。その辺の趣味も僕の波長とぴったりで尚更興味をもった。

「楽器は、4歳の頃からヴァイオリンを習っていました。関東の音楽大学に進みヴァイオリン奏者でもあったのですが、実は演奏することよりヴァイオリンの製作や修理に興味がありました。しかし仕事としてヴァイオリン製作や修理の道に進むのはいろいろ厳しい世界でもあると思いその道は断念しました。演奏家として生きていくつもりはもともとありませんでしたし」と比留川さん。

卒業後の就職は輸入車販売の営業マン

大学卒業後は地元に戻ってBMWを取り扱う輸入車販売会社に就職した。「楽器店からも内定をもらったのですが、音楽とは違う世界も見てみたかったしもともと車も大好きだったので車の営業の道を選んだんです」。4年間営業マンとしてがむしゃらに働き、それなりの成績も残したそうだ。

「今思えばヴァイオリンというヨーロッパの楽器に触れながら子供時代を過ごし、就職でヨーロッパの一流自動車メーカーのデザインや歴史、性能に触れたのは、のちのちヴィンテージ家具の道に進む僕にとっては有意義なことだったのかもしれません」と語る。輸入自動車販売の営業マンとしてせわしなく働いていた頃、家具販売会社を経営する叔父から「うちで計画している新規事業の住宅プロデュー ス部門の営業マンとして働かないか?」との誘いを受けた。叔父の会社では、オリジナル家具、オーダー家具、ヴィンテージ家具、大手メーカー家具を取り扱っていた。

「自動車販売会社では、朝から深夜まで働きながら体力的にいつまでも出来る仕事じゃないなと思っていました。そんな時に叔父からの誘いがあり、営業マンとしてのスキルも役に立ちそうだし、車以上に暮らしと密接な仕事内容に惹かれて転職することにしました」と比留川さん。転職前には学校に半年通い、建築について勉強してから入社したそうだ。

ヴィンテージ家具の世界へ

家具店がプロデュースする住宅ということで、まずは家具部門で家具の基本を学んでいた頃、茨城県つくば市にヴィンテージ家具専門店を出すということになり、当初店を任せる予定だったスタッフの退職などがあり入社2年目にして比留川さんが想定外の店長として赴任することになった。
北欧や英国の家具を取り扱う店。比留川さんにとって、それが本格的にヴィンテージ家具と関わることになるスタートだった。想定外の役務だったものの、根っからのモノ好きが高じヴィン テージ家具にハマっていった。研究心が強く深掘りするにしたがってますます知識は増えていったため、入社して数年で仕入れも担当するようになり、バイヤーとして海外仕入れの仕事も任されるようになったのだ。

ヴィンテージ家具の仕事が板についてきた頃、買付先で知り合った会社の社長から誘いを受けた。その会社はヴィンテージ家具を専門的に取り扱いながら先進技術の建築設計も手掛けており、ヴィンテージ家具や北欧の人びとの暮らしや生き方に傾倒していた比留川さんは悩んだ末、お世話になった叔父の会社を退職し、転職することに。32歳の時だった。その頃には車や楽器の世界は趣味として関わりながら、仕事としてはもう一歩踏み込んだヴィンテージ家具の世界で生きていこうと決意していた。

floor 上野万太郎

ヴィンテージ家具販売店として独立

大好きなヴィンテージ家具の部門を任されつつ他部門の仕事にも関わるようになり充実した日々を送っていたが、事業の安定化とともに少数精鋭だった会社は拡大路線へ向かって行き、自分が納得できる買付・接客・販売の質を維持できなくなることを感じ出した。そして会社と自分が目指す方向性が途中から変わってしまったことに悩み向き合う日々の中で、ふと意識をしていなかった独立という道が思い浮かんだそうだ。

「事業を興したい、経営者になりたいというのではなく、自分が納得できるカタチでヴィンテージ家具に関わっていたいという理由だけの、言ってみれば、消極的独立希望だったんです。自己評価よりも尊敬する周りの人たちやお客さんが後押ししてくれたことで独立を考えられるようになりました」。そうやって徐々に独立に向けて気持ちは固まっていった。そして36歳の時に退職し北欧ヴィンテージ家具の販売をするオンラインストアを開業することになる。

事業計画としては、ヴィンテージ家具をオンラインストアで販売するという経験からの目算があり、実店舗販売とネットショップを組み合わせれば経営的にやれる自信はあった。

福岡に移住して開業した理由

さて、「それにしても東京の人がなぜ福岡で開業したのですか?」。今回出会って最初の疑問はこれだった。

「数年前、まだまだ独立とか具体的には何も考えてなかった頃、ネットで中古のフランス車を探していたらたまたま福岡市で見つけたんですよ。どうせならってことで旅行も兼ねて自分で引取りに来ました。福岡に来たのは人生2回目でした。食べることやお酒も好きで市内をブラブラしてたらすっかり気に入ってしまったんですよね」

「福岡のどんなところが気に入ったのですか?」

「食材の豊かさとか、人と人の距離感が絶妙にしっくりきたんです。そして都会と自然が小さくまとまっているコンパクトシティ感も気に入りました。それ以来、いつか独立して店を構えるなら福岡もいいなぁって思っていたんですよ」

なるほど。福岡市民が自分たちでアピールする“福岡の良いところ”のような模範解答だ。それでも、その理由だけで移住して開業するとは・・・。

さらに詳しく聞いてみると、そもそもネットショップが出来るので店を構えるのは消費都市である必要はないそうだ。在庫のための倉庫なども借りる必要があるので、賃料が安いというのは魅力でもあるのかもしれない。実際、比留川さんは独立に向かってまずは知人が福岡県柳川市に借りている倉庫の一部に商品を置かせてもらうことからスタート。36歳で福岡市へ引越し独立、37歳で福岡市中央区舞鶴に店舗を構えたのだ。

floor 上野万太郎

海外の仕入れについて

バイヤーとして海外にヴィンテージ家具を仕入れに行くということにも興味があったので聞いてみた、「具体的にはどんなところに買いに行くのですか?」
「北欧というと、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドなどの国になり ますが、ヴィンテージ家具の輸入となると僕の主要な買付先はデンマークになります。買付に行くとなると一回で1~2週間くらい滞在して、いろんなディーラーを回ります。前職のバイヤー時代からのツテや新規開拓をしながら」

「一回当たりの購入金額は?」
「その時の商品の状況によって変動しますが、だいたい500万円以上は買いますね。先払いになりますし、為替変動リスクもあります。今年の円安の時なんかは、予定していた金額が大きく変動して帰国してからの関税が払えるかハラハラしましたよ」

「結構な資金が必要ですね」

「独立するにあたっては金融機関からの融資も受けながらやっています」

「あちらでの会話は?」

「だいたい英語で通じます。ペラペラ喋れるわけではないのですが、なんとか頑張っています」

なるほど。仕事でないなら付いて行けたら楽しいだろうな。しかし、旅費をかけて行ったのに良い商品と出会えない時などは焦ることもしばしば。物量のために妥協をすることはせず、仕入れ先を新規開拓してでも納得できる商品を必死で探してくるという。

北欧ヴィンテージ家具の魅力

「いまさらですが、比留川さんが思う北欧ヴィンテージ家具の魅力って何でしょうか?」

「ひとことで言うと、実直さとアカデミックなアプローチから生まれた機能美ですかね」

「ん?なかなか難しいですね。具体的にいうと?」

「おおまかに、北欧ヴィンテージ家具とは1950~1960年代を中心に北欧諸国で製作された家具の総称。さまざまな国や時代の中で生まれたデザインスタイルを尊重しながら、それぞれのデザイナーがシンプルかつ機能的にリデザイン(再デザイン)し、切磋琢磨したことで生み遺されたものなのです。デザイナーは基本的に家具作りの技術と資格を得た上で デザインをするのでルックスありきの使い勝手をないがしろにした物が生まれにくい。 華美な装飾を削ぎ落とされた飽きのこないデザインだけでなく、人間工学を踏まえ使い手への配慮が行き届いた機能美、それに製作技術と良質な素材が同時期に相まったことが半世紀以上経った今も優秀な日用品であり続ける北欧ヴィンテージ家具の魅力で価値が上がり続ける理由だと思っています」

「オシャレなだけじゃないのですね。そういうところが実直さを感じるところなんですね」

「リデザインという考え方も、デザイナーが家具のつくり方や構造を理解した上で仕事に就くシステムも、人間工学や当時の人びとの暮らしの原寸から考えられたアプローチも、すべては国や国民の豊かな暮らしを長期目線で考えた上での教育からきたもの。今もなお古びることなく世代を超えて受け継がれているんです。そういうところがアカデミックと感じるのかもしれません」と語る。

「floor」の商品

では具体的に現在「floor」で取り扱っている北欧ヴィンテージ家具の一例を比留川さんに紹介してもらおう。

floor 上野万太郎 デンマーク国民の生活向上を掲げてボーエ モーエンセンによりデザインされた名作、J39。

floor 上野万太郎 こちらも同デザイナーによりデザインされたライティングビューロー。チェストとデスクの機能を併せ持ち、普段は天板を折り畳める優れた逸品。

floor 上野万太郎 異なるデザイナーによるダイニングテーブルとチェア。コンパクトなテーブルは拡張ができ、最大10人での使用もかなえる。

floor 上野万太郎 学校で実際に使われていたスクールデスク。ダイニングテーブルと同じ高さの高学年用ゆえコンパクトなワークスペースに。

floor 上野万太郎 さまざまな素材やデザインのチェアが入荷ごとに入れ替わる。

floor 上野万太郎 現地買付時の一コマ。8,000~10,000アイテムの中から150アイテムほどを買い付ける。

福岡で開業して1年半

「福岡に移住して2年半、開業して1年半、福岡での仕事はどうですか?」

「福岡で暮らす満足感は期待通りです。しかし、単身で縁もゆかりもない福岡に移住したので今が人生で一番孤独感を味わっているかもしれません。会社に所属しているわけでもないので」

「福岡は独身女性の割合が高いと言われていますから縁があれば結婚とかどうですか?」

「結婚ありきで生きているわけではありませんが、良い出会いがあれば考えるかもですね (笑)。でも、とりあえず今はお店を知ってもらうことが第一。いろんな方に足を運んでもらい、交流の場所だったり会話が生まれる場所になれればいいなと思 うんです」

「なかなか高級な家具屋さんというイメージがあると敷居が高いかもしれませんね」

「確かにそう思います。でも価格幅も広いですし、家具を買わなくても、北欧のことやインテリア全般の話に興味がある人でも嬉しいです。たまには珈琲を淹れて、くつろいでもらえる場所にもしたいですね」

「ネットショップでの売り上げが大きいと聞いていますが、ネットショップと店舗売りの割合は?」

「まだまだ店舗での売上は途上ですが、そもそも僕は店舗での対面販売が大好きなのです。ゆくゆくはネットよりも店舗販売の割合を多くしたい。そのためには店も僕自身ももっと福岡に根付けるように頑張りたいです」

floor 上野万太郎

誠実でしっかり者、それでいてオシャレで多趣味でモノへの造詣も深く、人と関わることも大好きという比留川さん39歳。まさに福岡の街にピッタリの関東人だと思う。


floor 上野万太郎

ここ10年くらい福岡は移住してくる人が多い街といわれているが、“土地の肌感”が合うか合わないかが楽しく生活できるかどうかにかかってくると思う。さて、比留川さんはどうなのか。一度、「floor」の扉を開けて彼が大好きな北欧ヴィンテージ家具に触れてみませんか?家具の横で微笑んでいる比留川さん。家具とともに肌感をお試しあれ。

floor 上野万太郎

INFORMATION

店名: floor
住所: 福岡市中央区舞鶴3-6-17-102
営業日: 金曜日~月曜日(不定休あり)
時間: 13:00~18:00
駐車場: 店舗前にあり
取扱商品: 北欧ヴィンテージ家具
ネットショップ: https://floor2020.stores.jp/
Instagram: https://www.instagram.com/floor.jp/

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この記事を書いたひと

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