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ノーベル賞作家の故郷・長崎を歩く…モデルの団地は「泊まれる博物館」

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イギリスのノーベル賞作家、カズオ・イシグロさんが、生まれ故郷の長崎を舞台に書き上げたデビュー作『遠い山なみの光』が、映画化されました。監督が参考にした当時の県営住宅は、国内最古の鉄筋コンクリート製公営住宅のひとつで、今はリノベーションされ若者が集まる地域の拠点となっています。RKB毎日放送の神戸金史解説委員長が、9月2日放送のRKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』で見学ツアーの様子を伝えました。

カズオ・イシグロ氏のデビュー作を映画化

何かを気にするかの様に上に眼差しを向ける悦子(広瀬すずさん)©2025 A Pale View of Hills Film Partners

イギリスのノーベル賞作家、カズオ・イシグロさんの生まれ故郷は長崎です。その長崎を舞台に書き上げたデビュー作、『遠い山なみの光』が映画化され、9月5日(金)から全国公開されます。

映画の主人公を演じるのは広瀬すずさんで、1950年代の長崎が舞台です。30年後のイギリス時代を、福岡出身の吉田羊さんが演じます。

作品情報 監督・脚本・編集:石川慶 出演:広瀬すず、二階堂ふみ、吉田羊、カミラ・アイコ、柴田理恵、三浦友和 原作:『遠い山なみの光〔新版〕』(ハヤカワepi文庫、税込み1,342円)

「戦後間もない1950年代の長崎、そして1980年代のイギリスという、時代と場所を超えて交錯する“記憶”の秘密をひも解いていくヒューマンミステリー」とうたっています。広瀬さんと吉田さんが演じる主人公のほかに、象徴的な登場人物として二階堂ふみさんが入ってきます。

原作を書いたノーベル賞作家カズオ・イシグロさんは、映画化にあたってこんなコメントを寄せました。

「物語そのものは、第二次世界大戦の惨禍と原爆投下後の、急激に変化していく日本に生きた人々の、憧れ、希望、そして恐怖を描いています。今もなお私たちに影を落とし続けている、あの忌まわしい出来事の終結から80年を迎えるこの時期に、この映画が公開されることは、なんと相応しいことでしょう」

カズオ・イシグロさんは1954年、長崎生まれ。海洋学者の父親の仕事の関係で5歳でイギリスに渡り、イギリス国籍を取得しています。大学で英文学を専攻し、『遠い山なみの光』(1982年)でデビュー。『日の名残り』(1989年)でブッカー賞、2017年にはノーベル文学賞を受賞しています。長崎の記憶はおぼろかもしれませんが、この小説では1950年代の長崎を描いていきます。

当時の公営団地跡で映画のロケハン

映画の長崎のシーンでは、当時の公営住宅での暮らしが描かれます。原爆で壊された家は1万8,000戸にも及んだそうです。引揚者もいて、深刻な住宅不足になります。そこで公営住宅をどんどん建てていきました。イシグロさんが住んでいた地区の県営住宅は、解体されて今は存在しませんが、同じころに造られた「魚(うお)の町団地」が長崎市役所の近くに残っています。1949年に造られ、国内に現存する最古の鉄筋コンクリート製公営住宅のひとつです。

「魚ん町+」の外観

1948年に設計されたため、「48型」と呼ばれたタイプは、全国で1,700戸ほど建てられましたが、今では5棟(長崎市、広島市、下関市、静岡市2棟)が残るだけ。実は、この旧「魚の町団地」を監督が訪れて、これを参考にしてセットを作っています。

現在は、民間の「ココトト合同会社」が運営を受託して「魚ん町+(ぷらす)」という名前にして、スモールオフィスとして貸し出されたり、シェアキッチンが入ったりしています。映画の公開を前に、関係者は盛り上がっています。

「イシグロが見た長崎の原風景」見学ツアー

8月25日に開かれた、「カズオ・イシグロが見た長崎の原風景」と題した見学ツアーに参加してきました。現場でお会いした、長崎県観光連盟のフィルムコミッション担当、高村美保さんのお話です。

長崎県観光連盟の高村美保さん

神戸: 魚の町団地は、どういう団地ですか。

高村さん: 1949年に建築されて、当時では先進的な団地だったみたいです。

神戸: 原爆投下から4年後。

高村さん: はい。全国にもいくつか残ってはいるんですけども、比較的「魚の町団地」は保存状態が良い団地と言われています。当時はみんなが住みたい団地だったのかなと思います。

神戸: そうだと思います、最先端で。まだ残っていること自体がすごいですね。

高村さん: はい、なのでちょっとレア感を広めていけたらな、と思います。

神戸: 今、この建物の中には何が?

高村さん: 民間の「ココトト」さんが直営でシェアキッチンとコワーキングスペースを運営されています。

神戸: 古い建物に、若い世代が集まってくるような感じ。

高村さん: そうですね。地域の方にも集まっていただき、若い方とも交流してもらうような場所になれば。長崎県が保存・管理している部屋があるのですが、一般公開をしていないので、ツアーでぜひ見ていただきたいと思います。監督さんたちが見て映画の参考にされているので、映画が公開になったら「あ、ここなんだな」と、すずちゃんになったみたいな気分も味わってもらえたら。

 
当時の配膳台

福岡市にも古い鉄筋コンクリートの建物をリノベーションした「冷泉荘」がありますが、こちらは民間集合住宅(旧八木アパート)で、魚の町団地の10年後、1959年に造られました。

1972年の長崎にイシグロさんが住んだなら…

ツアーで見学した中に、2階の2部屋を借りて開業したホテル「retro48長崎」があります。当時の調度品や家電、建具をたくさん集めて、現代の暮らしに必要な設備を整え、「昭和の暮らしを追体験できる場所」として蘇らせたのだそうです。経営するのは小野境子さんと隆さんのご夫婦です。

ホテル「retro48長崎」を開業した小野さん夫妻

1つめの部屋は、カズオ・イシグロさんがもし1972年ごろに住んでいたとしたら、こんな雰囲気の部屋だったのかな、という想像で作ったもの。もう1室は、1年前に放送されたTBSの大人気ドラマ『海に眠るダイヤモンド』がコンセプトです。長崎の炭鉱、端島(軍艦島)に育った主人公の鉄平(神木隆之介)と朝子(杉咲花)がもし結婚していたら、こんな部屋に住んでいたのではないか、というコンセプトで作られたものです。私も、ツアー参加者の1人として見学させてもらいました。

小野境子さん: こっちは「カズオ・イシグロへのオマージュ」という感じのモダンな宿にしたかったから、畳を除けて板張りを張って。1972年の「教養ある中年夫婦の部屋」。お客さんにちゃんと、当時のステレオで聴いてもらおうと思って……(レコードの音楽が流れる)

小野境子さん: 当時の『ニューズウィーク』や昔の映画のパンフレット、そんなに汚れていないものを集めました。

神戸: マガジンラック、すごく久しぶりに見ました。

小野境子さん: そうそう、このデザインが昭和っぽいでしょ。

神戸: これは、「べっ甲の帆船」(の置物)。

小野境子さん: 「長崎くんち」のオランダ船です。昔の長崎のちょっとした小金持ちの家にはこういうのがあったので。

神戸: 宿泊できる状態なんですね?

小野隆さん: 民泊ではなくて、ホテルとしての宿泊業許可を取りました。2部屋だから、最大10名まで泊まれます。


 

『海に眠るダイヤモンド』朝子と鉄平の部屋も

朝子と鉄平が住んだとしたら

2つめの客室に移動しました。

神戸: おお、いいですね。

小野境子さん: 『海に眠るダイヤモンド』にはまったんです。「結ばれなかった2人(朝子と鉄平)の結ばれた世界を作ってあげたい、成仏させたいなあ」と、1ファンとして思って。

小野隆さん: 2人がもし結婚していたら、新婚生活で端島(通称:軍艦島)で生活できたら、こんな感じで家具を揃えられるよねという、昔の当時のアパートです。世界遺産になって軍艦島にツアーに行けますが、あの古いアパートの中には入れないので、「こんな感じで住んでいたんだよ」と。

ツアー参加客: それは、オタクにとって素晴らしくうれしいですね。ふふふ。

小野隆さん: この地図も実は、端島の当時の地図。

ツアー参加客: はああー!

小野隆さん: だから、「泊まれる博物館」みたいな。

神戸: 「泊まれる博物館」ですか!

小野隆さん: そうです、本当に当時の。

※TBS日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』 昭和の高度経済成長期と現代を結ぶ70年にわたる愛と青春と友情、そして家族の壮大なヒューマンラブエンターテインメント。 脚本:野木亜紀子、監督:塚原あゆ子、プロデューサー:新井順子

「朝子と鉄平の部屋」には、ダイヤル式電話などなど、レトロなものがたくさん揃っていました。さすがに、布団だけは羽毛布団でしたが。「カズオ・イシグロの部屋」にはIKEAのソファーベッドが置かれていました。

映画の公開後、9月12日(金)~15日(日)にガイド付き見学ツアーが開かれます。1日4回、定員は10人で先着順です。(ただし、ホテル「retro48長崎」内部の見学は、宿泊予約の入っていない時のみです)。「カズオ・イシグロ氏が見た原風景」についてのトークショーも開かれます。映画の写真パネル展もあります。詳しくは、「ココトト合同会社」のHPやインスタグラムでご確認ください。

https://coco-toto.jp/

https://www.instagram.com/p/C-5lQXvS-oG/

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この記事を書いたひと

神戸金史

報道局解説委員長

1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。