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イスラエルのガザ侵攻が始まり、まもなく2年。パレスチナのおびただしい人々が虐殺され続けている。ナチスドイツによる大量虐殺(ホロコースト)を体験したユダヤ人が、なぜ同じような行為をしてしまうのか。9月30日放送のRKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』で、イスラエル滞在経験が長い毎日新聞の大治朋子編集委員が解説した(聞き手・神戸金史・RKB毎日放送解説委員長)。
トランプ氏がイスラエル首相と合意
RKB神戸金史解説委員長(以下、神戸): けさ(9月30日)の読売新聞1面に、「トランプ氏 ガザ恒久停戦要求へ イスラエル首相と会談」という記事が出ています。ホワイトハウスでネタニヤフ首相と会談後に記者会見する方針という記事ですが、先ほど午前7時半過ぎに会見内容が読売新聞のサイトで報道されました。
トランプ大統領とネタニヤフ首相、20項目のガザ和平計画で合意…ハマス受け入れが焦点
https://www.yomiuri.co.jp/world/20250930-OYT1T50031/
計画によると、戦闘を即時に終結させ、ハマスはイスラエルで拉致した人質全員を解放する。イスラエル軍は段階的にガザから撤退し、武器解除などを条件にハマスのメンバーには恩赦が与えられる。 戦後の統治は、パレスチナ人や国際専門家による組織が担い、トランプ氏をトップとする国際組織が運営を監督する。治安維持のため、米国、アラブ諸国、国際パートナーが参加する「国際安定化部隊」を創設し、パレスチナ人の警察部隊を訓練する。戦後統治ではハマスはいかなる形でも関与しない。
神戸: これで停戦に動き始めたらとは思いますが、基本的にハマスを関与させないこと、人質を全員解放すること、イスラエルが求めていることが盛り込まれています。
福岡都市圏で30万人が殺されたイメージ
神戸: 1週間後の10月7日は、2年前にハマスによる襲撃が起きた日です。2年間も大変な戦争が続いてきました。改めて振り返ってみます。
ガザ地区は長さ50キロで幅は5~8キロ、細長い棒のような形をしています。面積は365平方キロ。福岡市(343平方キロ)と隣の春日市(14平方キロ)を足したくらいです。人口は、220万人超。福岡市(166万人)に、周辺の筑紫地区(筑紫野市・春日市・大野城市・太宰府市・那珂川市)と糸島市の6市(計54万人)を足すと、ほぼ220万人になります。
ガザ保健省は9月17日、パレスチナ人の死者数が6万5,000人を超えたと発表しました。パレスチナの専門家である早稲田大学文学学術院の岡真理教授は「最近の紛争では、間接的な死者は直接的な死者の3~15倍に上る」という統計がある、と紹介していました。6万5,000人の3~15倍が間接死、けがをして亡くなったり、餓死したり。イスラエルは今、国際社会から「飢餓を兵器として使っている」と非常に強い非難を受けています。
直接死1人につき、少なめに4人の間接死がいたと想定すると、2年間で220万人のうち32万5,000人が亡くなっていることになります。イメージしてみてください。福岡市周辺の都市圏で、30万人が既に殺害されていて、街はほぼすべて、がれきと化している。これがガザの現状です。国連の人権理事会の調査委員会は9月16日に報告書を発表しています。ジェノサイド条約に基づいて法的に評価した結果、6万人以上のパレスチナ人の殺害や、強制的な移住、人道支援物資の搬入の阻止などイスラエル側による行為はジェノサイド(集団殺害)にあたると結論づけました。もちろんネタニヤフ首相は強く反発しています。
パレスチナの国家承認を
神戸: 現代社会で、30万人が2年間の間に殺害されているのです。外に出ることも許されず「天井のない監獄」と言われているガザ地区が集中的な爆撃を受け、女性にも子どもにも多くの死者が出ていることを考えると、いたたまれない気持ちになります。恒久停戦への道がやっと見えてきたのかもしれませんが、完全にハマスを排除する内容です。本当にこれをハマスが受け入れるのか。イスラエルがガザ地区から撤退し、何とか早く戦争が収まってくれたらと思います。

神戸:ジェノサイドについて、イスラエルは厳しく断罪されるべきだと思います。私がいま着ているTシャツにはアラビア文字で「アイ・ラブ・ガザ」と書いてあります。一刻も早く殺害が終わって、包囲が解かれることを願うばかりです。
田畑竜介アナウンサー(以下、田畑): 9月21日は国連の「国際ピースデー」でしたが、国家承認の動きがヨーロッパなどを中心に続いている中で、日本はなかなか……。
神戸: 石破首相は国連で「承認するかしないか、ではない。時間の問題だ」と発言しましたね。「やっとか」とうれしく思いました。
イスラエル滞在6年半の記者に聞く
神戸: ここからは、イスラエルに詳しい毎日新聞の大治朋子編集委員に登場してもらいます。大治さんとは、私が前職の毎日新聞で社会部にいた時、一緒に仕事していた時期があります。

大治朋子 プロフィール 毎日新聞編集委員。1989年に入社。防衛庁(当時)による個人情報不正使用に関する調査報道で2002、2003年度の新聞協会賞を2年連続受賞。ワシントン特派員時代の米国による「対テロ戦争」の暗部をえぐる調査報道で2010年度ボーン・上田記念国際記者賞。 著書に『勝てないアメリカ—「対テロ戦争」の日常』(岩波新書)、『アメリカ・メディア・ウォーズ ジャーナリズムの現在地』(講談社現代新書)、『歪んだ正義 「普通の人」がなぜ過激化するのか』『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』(以上、毎日新聞出版)など。
神戸: 大治さんは今年6月、『「イスラエル人」の世界観』(毎日新聞出版、税込み1,980円)を出版しています。エルサレム支局長の後、テルアビブ大学などで学び、現地で6年半、取材に研究に時間を費やしています。ガザへの攻撃が激化していて、今日はトランプ氏とネタニヤフ首相の会談の速報も入ってきています。ガザの現状は、どうなっていると考えたらよいでしょうか?
大治朋子編集委員(以下、大治): 本当にすごく狭い場所に、200万人以上の方が押し込められている状態です。以前は食料が400か所ぐらいで配られていたんですが、今年春からは4か所になってしまいました。2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃以降は、イスラエルがガザを封鎖して記者が中に入れないので実態がなかなかわからないのですが、最近はご飯が1日1食食べられるか食べられないか、水が手に入るか入らないか、そういう生活ですね。
神戸: 食料品を取りに行ったところをイスラエル軍に攻撃されて死者が出ている、という報道が何度も出ています。
大治: 市民からすると、食事をもらいに行っているだけなのに、突然銃声が響き出してパニックのようになって何人かが亡くなる。イスラエル側は「ハマスが撃ってきた」と言うし、市民は何が起きているか分からない。戦場といえども民間人は保護する、といった一定程度のルールが本来あるべきですが、それが守られているようにはみえない。封鎖されているので検証のしようもない状況です。
イスラエル人が抱く「被害者意識」

神戸: こんなことが本当に今起きているのか、信じられないような現実なのですが、大治さんが書いた『「イスラエル人」の世界観』の帯には「なぜ、世界中から非難されても彼らは報復を止めないのか」という言葉がありました。この本は、イスラエル人がどのように世界を見ているか、歴史的にどんな民族意識を持っているか、よく知らないことが多かったので、非常に参考になりました。私たちがまず知っておくべきことは何なのでしょうか。
大治: 日本で講演などをすると、「ユダヤ人はホロコーストを経験したのに、どうしてこういう戦争をずっと続けているの? どうしてこんなに残虐なの?」という質問をよくいただきます。日本では、広島も長崎もあったから、力による支配をやめよう、やっぱり対話ですよねという話をよく聞くわけです。ところがユダヤ人に「トモコの国はそうかもしれないけど、私たちは侵略戦争をしたわけでも何でもなく、ただ世界に離散して、少数民族として息を潜めて生きていただけなのに、虐殺された民族なんだよ」と。つまりホロコーストは、「国とか軍隊がないから、弱かったから起きた」と彼らはとらえているんです。強くなきゃいけない。軍隊を持ってなきゃいけない。国民1人ひとりがしっかりと脅威に目を向けなければならない」と。そういう発想なんですよ。
神戸: 歴史的にそういう被害者意識があるということ、いろいろな経緯や旧約聖書からの流れだとかさまざまな情報がこの本には入っていたと思うのですが、「ホロコーストを経験して生き残った。命はどれだけ大事かということを知っていながら、どうして?」と思う人は多いでしょうね。
イスラエルの「光」と「闇」

神戸: 非常に印象的だったのは、この本に「光のイスラエル」と「闇のイスラエル」という章が立てられていたことです。宗教に彩られた1年間の暮らしは美しく、聖書の中の世界を現実に生かしていくイスラエルの生活。それと全く反対の「闇のイスラエル」。石を投げた4歳児を拘束する。誰かが抗議の石を投げてきたら、その周辺の家屋を爆破していく「集団懲罰」。子どもたちもどんどん逮捕されている状況に驚きました。大治さんがこの本に込めた気持ちとは、どんなものだったんでしょうか?
大治: イスラエルを旅行したり、短期的に暮らしたりした人は、光の部分を見ることができるわけですね。外国人にも親切ですし、「ハイテク企業がすごいよ」とか「ワインが美味しいよ」とか、楽しそうなわけです。イスラエル人は幸福度も非常に高いのですが、兵役に行かないと見ない「闇」の世界もあるんです。イスラエルが占領し、パレスチナ人がたくさん住んでいるエリアに行くと、電気が通っていない、光がない、十分な食料を買えるような経済力がない。勝手に入ってきたユダヤ人入植者が暴力を振るう。小さなパレスチナ人の子どもたちが石をもっているだけでイスラエル兵が目をつけて追いかけてくる。そんな生活をしている。ユダヤ人であっても兵役に行って初めて見るような「闇」の世界がたくさんあるのです。私たち記者は、両方行ったり来たりできます。両方の世界をお知らせしないとイスラエルの考え方はなかなかわかりにくいだろう、と2つの世界を軸に描きました。

レバノン南部の村を模した演習場で、ヒズボラとの地上戦を想定した訓練を行うイスラエル兵=イスラエル北部司令部エルヤキム訓練基地で2013年9月4日、大治朋子さん撮影
ガザの惨状を伝えないイスラエルメディア

田畑: 今の戦争状態に陥ったきっかけは、ハマスがイスラエル側に入って人質を取ったことから始まっていますが、そこからの報復行為が行き過ぎていると見えます。ガザに対して行っている攻撃の状況は、イスラエル国内でどう伝えられているのですか?
大治: イスラエルのメディアは、昔からそうなんですけど、驚くべきことにガザの状況などをあまり知らせないんです。背景には「自業自得」という感覚があるみたいです。映像もほとんど流しません。もちろんSNSでは流れていますが、SNSはその人がよく見ることしか出てきませんから、見たくない人には見なくていい環境になってしまっているのです。
大治: 20年近く前に行われた選挙で、ハマスがパレスチナの政党の中で最も得票しました。今回の10月7日の攻撃でも一部の市民が攻撃に参加してしまっているという情報が繰り返し報道されたりしているんですね。そうすると、「パレスチナの人たちはハマスを選挙で選んだ人たちでしょう」「今回の攻撃でも参加しているよね」みたいな情報ばかりが報道されていて、食べ物がないとか、イスラエル軍に殺された、といったネガティブな情報はあまり流れていません。国民に“配慮”して、聞きたくないことを知らせない、という感じになっているところがあります。戦争になるとそうなっちゃうものかもしれませんが、どんどん偏ってくる。「パレスチナの人たちがかわいそう」みたいな話をちょっとでもテレビで言ったりすると、SNS上で炎上したり、発言者が脅迫を受けたり。国民感情との向き合い方は、非常に難しいですよね。
神戸: 国際社会からすごくずれてきていますよね。
大治: ずれてきちゃうんですよね。それが紛争地の特徴でもありますし、特にイスラエルがトラウマというものに敏感な歴史を負っている部分と、両方あるでしょうね。
神戸: 一体、どうしたらいいのか。出口が見えない状況の中で、停戦の話がやっと出てはきました。とりあえず、歓迎すべきことなんでしょうか。
大治: そうですね。ただ、トランプ大統領は興味を失うと急に交渉の場からいなくなっちゃうようなところもあります。また、要求しているのが「ハマスはガザから撤退しろ」とか、なかなかハマスは飲めない条件です。
神戸: イスラエルにとっては、希望がほぼ通った形の停戦要求なのでしょうね。
大治: やはりトランプ大統領側にいますので、そうですね。
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この記事を書いたひと

神戸金史
報道局解説委員長
1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。






















