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ミャンマー「今とても厳しい局面」8月に迎えた“二つの節目”

RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』のコメンテーターで、東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長は8月25日の放送で「ミャンマーはこの8月に『二つの節目』を迎えた」と話した。台湾をめぐる米中関係の緊張、ウクライナ情勢といった大きな国際ニュースが続くなかで、ミャンマーの問題が隠れがちだが、今とても厳しい局面にあるという。  

収監中のアウン・サン・スー・チーさんにさらなる禁固刑

「二つの節目」。一つは、軍部によるクーデターからこの8月で1年半。もう一つは、そのクーデターで政権を掌握した軍部が「総選挙を実施する」と約束した期限=2023年8月まで残り1年となった。この節目の今、さまざまな動きが糸のように絡まり合っている。

 

まず、クーデターから1年半経ったミャンマー国内はいま、どのような状況なのかからお伝えしたい。ミャンマーでは、アウン・サン・スー・チーさん率いる国民民主連盟(NLD)政権のもと、2020年11月に総選挙が行われ、結果はNLDの圧勝だった。だが翌2021年2月「総選挙に不正があった」として、軍が突然「非常事態宣言」を発し、全権を掌握した。この1年半で、軍や警察官の発砲などで死亡した市民は2100人以上にのぼる。

 

77歳のスー・チーさんはいま、首都ネピドーの刑務所に収監されている。汚職や機密漏えいなどの罪約20件で訴追されている。その20に及ぶ罪のうち、先週15日には軍が統制する裁判所が4件の汚職で、禁錮6年の有罪判決を言い渡した。これまでに彼女に下された有罪判決と合わせると、合計17年の禁錮刑となる。

 

軍はスー・チーさんを、いわば「閉じ込める」ことで、政治生命を奪う狙いがあるように思える。裁判はいずれも非公開で行われてきた。軍は、法定でのスー・チーさんの発言が法定外に伝わることを禁止している。だから、スー・チーさんが何を主張したのかも、わからない。

 

また、ニューヨーク・タイムズ紙によれば、スー・チーさんが訴追された裁判すべてで、有罪となったら、合わせて180年を超える禁錮刑となる可能性があるという。アメリカの政府系メディアによると、スー・チーさんは一時、体調不良を訴えていたという。釈放を求める国際世論は強い。仮に健康問題を理由に、軍政が彼女を刑務所の外に出しても、自宅軟禁などの措置を取るだろう。

 

一方、今月1日、非常事態宣言の6か月間の再延長が発表された。現在のミャンマーの憲法によると、非常事態宣言は、6か月ずつ最長2年まで延長できる。そして、非常事態の終了から6か月以内に総選挙を行うと規定している。非常事態宣言は来年2月に切れるので、来年8月までに総選挙を実施しなければならない。あと1年で総選挙ができるのだろうか。

“一線を越えた”ミャンマー軍事政権

もう一つ、最近の大きなニュースとして、NLDの元国会議員、民主活動家ら4人が政治犯として死刑が執行された。4人は「テロ行為に関与した」として、死刑判決が言い渡されていた。

 

実は、ミャンマーは民主化される前を含めて過去30年以上、死刑が執行されてこなかった国。国際社会も政治犯に死刑を執行しないよう、ミャンマー軍政に求めていた。それにもかかわらず執行したのは、民主派への「みせしめ」だ。クーデターによる政権転覆に匹敵する暴挙であり“一線を越えた”と言ってもいい。

 

クーデター後、国軍の統治下で死刑を宣告された市民は117人。ニューヨーク・タイムズ紙によると、約1万2000人の政治犯が拘束されている。死刑の執行によって、軍への反発はさらに膨れ上がった。1年後の選挙の実施は見通せない。

 

仮に総選挙が行われる場合、国軍は、NLDからの立候補を拒まず、形だけの「自由で公正な選挙」を世界へアピールするのではないだろうか。一方で、軍の統制下にある選挙管理委員会は今月、全ての政党に対し、「外国人と許可なく接触した政党は抹消する」「外国人と政治家の面会は許可制とする」との命令を出した。あきらかな妨害工作だ。民主派は壊滅状態に見える。

 

1年半も政治が混乱すれば、経済もダメージを受けている。ミャンマーの通貨チャットの価値は、クーデター前の半分まで下落した。ミャンマーの中央銀行は今月初め、1ドル=1,850チャットに固定していた参考レートを、2,100チャットに切り下げた。しかし実勢レートはさらに悪く、1ドル=2,600チャット前後まで下落している。

 

国内では、インフレが市民生活を打撃する。政情不安、経済システムの機能不全、電力不足などの問題を抱え、深刻な外貨不足。外国投資も大幅に縮小、撤退も相次ぐ。

国際社会と違う動きを見せるロシアと中国

国連のミャンマー問題担当特使は先週17日、トップの軍司令官と会談した。クーデター以降、国連特使がミャンマーを訪問するのは初めて。特使はスー・チーさんへの面会を求めたが、国軍側は面会を許可しなかった。

 

国際社会の圧力こそ、不可欠だが、足並みはそろっていない。違う動きを見せているのが中国とロシアだ。ロシアのラブロフ外相は今月3日、ミャンマーを訪れ、軍司令官との会談で軍への連帯を表明した。ロシアはミャンマーへの武器供与を続けている。ミャンマーの武器調達先は、最も多いのが中国、次いでロシアとなっている。

 

中国の王毅外相も7月、ミャンマーを訪れ、経済支援を約束した。気になるのは、王毅外相の発言だ。

「両国関係は、国際情勢の変化という試練があっても、それぞれの国内情勢は影響を受けず、常に堅固だ。だれも崩すことはできない」
こう言い切っている。それぞれが国際社会から非難にさらされても、耳を貸さない――。私にはそう聞こえる。

 

クーデターから1年半の間に、ロシアのウクライナ侵攻が勃発した。中国とロシアが、軍政にシフトした姿勢の背景には、このウクライナ情勢、それに台湾を巡る米・欧・日との対立や相違も影響しているのだろう。中ロにとって、ミャンマーはカードになりつつある。

 

一方、ミャンマー軍政からしても、国際社会が対ミャンマーで一致団結するのには限度があると読んでいる。軍政が強気を崩さないのは、中国とロシアの支援をあてにできるからだ。国際社会でミャンマーが孤立すれば、とりわけ、国境を接する中国の影響力が強まるとの懸念もある。

日本独自の制裁スタイルは限界

そのミャンマーでいま、日本人ジャーナリスト・映像作家の久保田徹さんが拘束されている。最大都市ヤンゴンで、国軍への抗議デモを取材中に拘束され、扇動などの疑いで訴追された。すでに1か月になる。

 

日本は、欧米と一線を画し「日本は伝統的にミャンマー軍部と国軍とパイプを持ち、それを生かしてミャンマー問題の安定化を図る」という立場だ。だが、効果は見えてこない。政府開発援助(ODA)の新規分は凍結しているが、すでに実施したものには踏み込んでいない。私は、日本独自の制裁スタイルは限界に来ていると感じる。

 

これまで世界各地の途上国で起きてきたクーデターは、その多くが時間の経過とともに、既成事実化されてきた。思惑を抱く一部の大国が、率先して既成事実を後押ししてきたからだ。今、世界は「強権主義・権威主義」と、「自由主義・民主主義」の戦いと表現されるが、それはウクライナだけではなく、ミャンマーにも当てはまる。

飯田和郎(いいだ・かずお) 1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。
 

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