店主の岩隈聡(そう)さんが南区玉川町に自家焙煎珈琲店を開業したのは2019年1月。僕が最初に伺ったのは2月末だったかな。近所の文房具店「PLASE.STORE」の店主・高山啓太さんが「近くに万太郎さんが好きそうな珈琲屋さんが出来てますよ」と教えてくれたからだ。
行ってみると「珈琲いわくま」という控えめな看板がひとつ。全面大きなガラス張りの店内は、コンクリートと木が良い感じで調和した落ち着いた雰囲気だった。青く塗られた大きなドアを引いて入ると、カウンターの中にいた店主の岩隈さんは、清潔感があり凛としたバーテンダーのような空気感をまとった人だった。あとで年齢を聞いたら40歳を越えたばかりといってたから、その割には物静かな印象が少し年齢を高くみせていたかもしれない。
バックパッカーから輸入車ディーラー営業マンへ
岩隈さんは1978年に久留米市で生まれ糟屋郡久山町で育った。珈琲店に興味を持ったきっかけを聞くと「大学生の頃、まだ今泉にあった『珈琲美美』さんに入ったんです。その時に店主の森光宗男さんが淹れてくださったネルドリップ珈琲の美味しさと、大人の空間の喫茶店に衝撃を受けたんですよ。将来を考えた時、こういう仕事だったら歳をとっても自分のペースで充実した人生を送れるかなぁと思ったんです」と答えてくれた。
大学卒業後、岩隈さんは一旦就職したものの、バックパッカーとして海外を旅してみたいという気持ちを抑えきれず、3年で思い切って退職し、東南アジアなどへ3ヵ月半の旅へ出たそうだ。そして帰国後、たまたま新聞でみかけた輸入車ディーラー「ヤナセ」の社員募集広告に応募し見事営業マンとして採用された。元々車好きの父親の元で育ち、自分も古い輸入車に乗っていたのだが、特別な思いがあった訳ではなかった。
輸入車営業マンとしての仕事は肌にもあってたし楽しかったが、若い頃に「珈琲美美」で感じた珈琲店への憧れが忘れられず、「40歳までには独立したい」という想いが年々強まっていったそうだ。そして35歳頃からは具体的に珈琲店開業へ向けての勉強を始めて、39歳で退職し珈琲店開業への道を進み始めることになった。
自家焙煎珈琲店の開業へ向けて
珈琲店開業を前に、まずは平尾の「日々ノ珈琲」が主催する珈琲教室に通い、焙煎技術を中心に珈琲全般についての基礎を学んだ。そしてその後、春日市の「passo a passo」にも通い珈琲豆や焙煎機のことを教えてもらったらしい。
「とにかく『passo a passo』さんにはお世話になりました。結果的に焙煎機も『passo a passo』さんと同じ『富士ローヤル』にしたんですよ」と岩隈さん。
さらに「珈琲抽出方法については、東京の『カフェバッハ』の田口護さんの本を読んだりしながら独学を重ね、現在のペーパードリップの抽出方法に固まりました。『三洋産業』さんのドリッパーを使っているのも『カフェバッハ』さんの影響です」と続ける。
そんな準備を重ねた後、「珈琲いわくま」は2019年に開業した。自家焙煎の珈琲は中煎りから深煎りまでを用意。その中でも僕が好きなのは、昔ながらの喫茶店をイメージして、毎日飲んでも飽きない珈琲を目指しているという中深煎りのオリジナルブレンドだ。ニュークロップと言われる今年の新豆を使って産地を変えながらブレンドするので、季節により味も変わっていく。今月はペルー産を中心にホンジュラス産やエチオピア産をブレンドしたものが提供されている。
いずれにしろ、ネルドリップ抽出かと思うほど、ねっとり、とろりとした珈琲に仕上がっているのは、きっと「珈琲美美」に憧れた最初の想いが、ブレることなくきちんとそのまま具現化されているんだろう。
お店のこだわり
「珈琲いわくま」に入ったお客が最初に感じるのはゆとりのある空間だと思う。それは元々岩隈さんが客として喫茶店を訪問している時に狭い店が好みではなかったので、自分の店はゆとりある空間にしたかったそうだ。
ユニフォームはないが毎日白いシャツを着るということは決めているらしい。「これも『珈琲美美』出身の『手音』の村上さんへのオマージュかもしれません。でも、『珈琲美美』の森光さんとも『手音』の村上さんとも親しくお話したことはほとんどなかったんですけどね。とにかく憧れの存在でしたからね」と岩隈さん。
調度品や器にも凝っている。コーヒーカップは岩隈さんがデザインし、大分県の陶芸家である阿南維也さんに作ってもらったそうだ。カップを手に持った感触や口当たりの良さなどは、まさに岩隈さんのこだわりが生かされている。また、照明やカウンター、椅子、テーブルなどの調度品も知り合いの木工作家へお願いしたとのこと。
そういう作家さんは店で一緒に働いている奥様のつながりも多いという。作家さんの個展を店内で開催したり、店外へのイベント出店なども岩隈さんと奥様と両方のつながりから広がっている。
開業前から試行錯誤しながら完成した人気のチーズケーキは奥様の手作りだ。また最近では、岩隈夫妻の友人である「御菓子TUGI」のあんこを使用したアイス最中も人気だ。
スイーツについては「うちはカフェではないので、スイーツはあくまでも珈琲を楽しむための脇役と考えています。珈琲に合うものを厳選しながら、時々新作も出してます」と岩隈さん。
それでもスイーツ目当てに訪れる若い女子も多く、そのおかげで岩隈さんが開業時に想定していた客層とは違い、10代から70代までと幅広い方が訪れる珈琲店になったようだ。
20年後のこと
最後に「20年後、どうしてると思います?」と聞いてみた。「20年後ですか、60歳半ばですよね、あんまり考えてないですね(笑)。まあ、珈琲店を続けていけてたら体力的にもしんどくなると思うんで、珈琲豆販売中心の店になってるかもしれませんね」と苦笑い。
僕が週に数回「珈琲いわくま」に通っているのは、もちろん珈琲を飲みに行っているわけだが、岩隈さんと話に行っているという意味合いも強い。カウンター越しに物腰柔らかく話題豊富に客の話し相手をするなんて、まさに腕利きバーテンダーのようだなと思っている。きっとそんな思いの常連客がたくさんいるのではないだろうか。ということで、これからも奥様と末永く仲良く頑張ってください。
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