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テレビアニメ『アンパンマン』の曲は“人生の節目を迎える人に贈る歌”

RKBラジオ『立川生志 金サイト』のコメンテーター、潟永秀一郎・元サンデー毎日編集長は、かつて作詞家を志望していた。そこで毎月一回お送りしているのが「この歌詞がすごい」という解説コーナー。3月は進学や就職、転勤などが決まる時期。そこで今回は、そんな「人生の節目を迎える人に贈る歌」を読み解いた。  

詩人・やなせたかしが訴える「諦めずに生きること」

「人生の節目を迎える人に贈る歌」それはずばり、テレビアニメ『それいけ! アンパンマン』のオープニング主題歌「アンパンマンのマーチ」です。作詞は、アニメの原作者でもある、やなせたかしさん。亡くなってもう10年になります。あとでお話しますが、私は生前に何度かお目にかかって、対談の司会という形でいろいろお話もうかがい、「こういう歳の取り方をしたい」と感じ入ったことを、今も覚えています。

 

それでは歌詞について。なんといっても胸に刺さるのは、1番と2番の次の部分です。

なんのために生まれて

なにをして生きるのか

こたえられないなんて

そんなのはいやだ!

 

なにが君のしあわせ

なにをしてよろこぶ

わからないままおわる

そんなのはいやだ!
幼児向けアニメの主題歌ですが、これってむしろ大人に響きません? 先ほど言った対談は2005年の暮れに、やなせさんと同じ高知県出身の漫画家・西原理恵子さんと行った対談ですが、やなせさんはその場で、こうおっしゃいました。

「僕は作品を作る時、『子どもたちは年齢が違うだけで同じ人間』だと、ずっとそう思ってやってきた」
ああ、だからこの歌詞なんだなぁと思いましたし、やなせさんは雑誌「詩とメルヘン」を創刊して編集長も務めた詩人でもいらっしゃる。だからこれは、詩人・やなせたかしの思いを込めた、一つの作品だと思っています。

 

そうして、「そんなのはいやだ!」という思いに対する答えが、「諦めずに生きる」こと。それぞれ、続く歌詞はこうです。

今を生きることで

熱いこころ燃える

だから君はいくんだ ほほえんで

 

忘れないで夢を

こぼさないで涙

だから君はとぶんだどこまでも
こうして歌詞を読むと、冒頭に出てきた後、繰り返されるサビの歌詞

そうだ うれしいんだ

生きるよろこび

たとえ胸の傷がいたんでも
が、なおさら胸に染みます。「生きていれば、それでいい」「辛いことがあったとしても、どうか夢を忘れないで生きてほしい」という、子どもたちへのメッセージが――。先ほどお話した対談でも、やなせさんはこうおっしゃっています。

生きていくっていうのは、満員電車に乗るようなものでね。その中で席を見つけるということなんですよ。頑張ってずーっと乗ってると、いつの間にか1人2人と降りていく。『わあっ、あそこ空いた』って(笑)。 満員でも、無理矢理乗っちゃうんです。やめたらダメ。降りたら終わり。あきらめさえしなければ、貧乏でも何でも、必ず糧になる。後で考えると、やっぱり何かにつながってる。必要なんだ
これ、やなせさんの経歴をたどると、さらに重みが増します。5歳でお父さんを亡くしておじさんの家に引き取られ、今の千葉大に進学して就職するんですが、徴兵されて中国に渡り、終戦後は職を転々としたあと上京し、三越の宣伝部に入社します。

 

ちなみに今の三越の包装紙は、著名なグラフィックデザイナーの下絵を元に、やなせさんがデザインしたものです。それで生活は安定するんですが、ずっと漫画家の夢は捨てずに描き続けて、34歳で独立。でも漫画だけでは食べられずに、放送作家や作詞家の仕事もして=そうそう、この当時作詞した中に有名な「手のひらを太陽に」もあります。

 

『アンパンマン』も、最初に発表したのは40歳だった1969年。それがテレビアニメになって大ヒットするのは、さらに20年後、やなせさん60歳の時です。だから「やめたらダメ。降りたら終わり。あきらめさえしなければ、貧乏でも何でも、必ず糧になる」というのは、ご自身の実感なんですね。作家や作詞家という夢を言いながら、早々にあきらめて何も書いてこなかった私は、恥ずかしくてメモを取る手が止まったことを、今も胸の痛みとともに覚えています。

『アンパンマン』を描いた根底にあった戦争体験

アンパンマンからもう1曲。エンディングテーマだった時期もある「アンパンマン体操」です。この歌で体操した方も多いんじゃないでしょうか。作詞はやなせさんと、コピーライターとしても著名な魚住勉さんです。

 

こちらも「アンパンマンのマーチ」と同様に、心に響くメッセージが込められていて、1番、2番、3番すべて冒頭の歌詞がそうですね。

もし自信をなくして

くじけそうになったら

いいことだけ いいことだけ 思い出せ

 

だいじなもの忘れて

べそかきそうになったら

好きな人と 好きな人と手をつなごう

 

楽しいこといっぱい

でも さびしくなったら

愛すること 愛すること すてないで
とりわけ1番、歌い出しの「もし自信をなくして くじけそうになったら いいことだけ いいことだけ思い出せ」は、子どもたちに覚えていてほしいし、私たち大人もそうですよね。

 

最後に、やなせさんがなぜ「アンパンマン」を描こうと思ったか。根底には、戦争体験がありました。対談で語られたことをご紹介して、今日は閉じます。西原理恵子さんが「戦争体験は、描かれる漫画にも影響しましたか」と尋ねたことへの答えです。

「その影響はすごく、作品作りの中でありますよ。一番大きいのは『正義というのは信じ難い』ということですね。日本は『中国の民衆を救う』『正義の戦いだ』と言っていたが、戦争が終わったら悪者になっていた。正義は簡単に逆転するんです。フセイン対アメリカでもイスラエル対アラブでも、両方とも『自分の方が正しい』と言っている。勝った方が正義になる。ですから、そんなものは信じ難い。正義の味方なんてものは、信じられないんです。

 

それともう一つはですね、人生で一番、何がつらいか。『食べられない』ってことなんだよね。だから『正義の味方』だったらね、まず、食べさせること。飢えを助ける。でも戦後ずっと、スーパーマンとかウルトラマンとか、いっぱいヒーローは出てきたけど、みんな飢えている人を助けないんですね。だから『それをやんなくちゃ』という思いがずーっとあって、結局、アンパンマンにつながっていくんです」
ロシアのウクライナ侵攻から今日(2月24日)で1年。やなせさんの言葉は改めて胸に迫ります。マーチも体操も、この機会にぜひ、じっくり歌詞を読んでみてください。

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