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財津和夫、38年前のドラマ初主演作について恥ずかしそうに思い出を語る

ラジオ

TULIP・財津和夫が、ときにはドラマ出演した時の想い出を語る『グランドメゾン プレゼンツ 財津和夫 虹の向こう側』。今回は、なんと!主演を務めたドラマについて、今回からの新しい番組アシスタント・下田アナからの質問に、まるでインタビュー番組のようにお話を紡ぎます。

ドラマ主演作はNGの連発

番組冒頭、さっそく下田アナに向かって「聞いたところによりますと、下田さんって厳しい方らしいじゃないですか。宜しくお願いしますね。武田さん優しかったもんね~」と早くも探りと先制攻撃をする財津。
「私も優しいお姉さんになってこの番組に向き合いたいと思います」とやんわりと返す下田アナ。1989年(平成元年)RKB入社、20年ほど放送記者を務め、その後はラジオのディレクターなどの経験もあり。そんな2代目「お姉さん」アシスタントを、リスナーの皆様どうぞ宜しくお願いします。

さて、番組放送日の10月1日は、昭和を代表する作曲家のひとり・服部良一生誕の日(1907年・明治40年)。実は、38年前の1985年(昭和60年)に放送された、服部良一の生きざまを描くドキュメンタリー歌謡ドラマ「昭和ラプソディー」で、財津がドラマ初主演し、服部良一役を務めている。その時のエピソード・思い出話を下田アナにきっちりインタビューしてもらいましょう。
「服部良一の役の話が来た時、そんなのできるはずがないと思ったんだけど・・・若い頃っていろんな事やってみたいなというスケベ心がある訳じゃないですか」(放送時点では財津37歳)
「最初はただ演じてただけなんですけど、撮影の後半には『なんてことを私はやってしまったんだろう。こんな立派な人(の役)を私のようなこんな軽い奴がやっちゃって』という気になりました」
今でも、見る機会があっても、怖くて見ないようにしている財津だが、下田アナは今回の番組収録前に見たんだそうです。それを聞いた財津は「えー、ちょっとやめてよ!本当に」と大声の後、「いやいやいや下手なセリフだから、もう。♫ヤヤヤヤ、ヤー」と音程まで付けてうろたえた様子がありあり。
下田アナは、逃さずに「でも、とってもナチュラルで。指揮をするシーンがあって、音楽家という共通点があるのか、とっても生き生きとしていて」と質問を続けます。
「そりゃ、生き生きしているように指揮してね、と言われたんで。もう苦しかったんですけど、撮影大変なんですよ、素人には・・・緊張のしっぱなしなんですけど、『楽しそうにやって』と言われたから、引きつりながら無理やり笑顔作って・・・」
その後も、服部良一さん自身に対する質問が、下田アナから繰り出されます。初顔合わせの相手からの質問だからなのか、それとも自分が真剣に取り組んだドラマ初主演のドラマの話なのか、逃げずに、茶化さずに答えようとする財津の真摯な返答を、どうぞradikoでもお聞きください。今回は、財津がきちんと考察した服部良一論を簡潔ですが掘り下げてお話しします。さらに、途中で財津が「蘇州夜曲」を口ずさむシーンも必聴です。
本人曰く「普通の俳優さんなら簡単にできた事かもしれませんが」そのドラマ収録でNGばかり出してしまい「音楽家と俳優の二足の草鞋を履くことは当時全く考えられなかった」、その時からキッパリ役者は無理だと思ったそうです。がしかし、下田アナからの「これからそういう出演の話があったらどうします」には、間髪入れず「出たいですね~」と一言。まだまだスケベ心は無くしていないようです。
今日の一曲は、笠置シヅ子「東京ブギウギ」。鈴木勝の作詞、服部良一の作曲で1947年(昭和22年)に発表された終戦直後の歌謡曲として、また今日至るまで色々なバリエーションでカバーされている曲です。

次回10月8日の放送は、通常通り18時15分(午後6時15分)からです。
「アビーロード・スタジオ」に関してお話しします。

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