ベトナム映画界の2人の巨匠、ダン・ニャット・ミンとヴィエト・リン。2人の歴代名作を一挙上映する特集上映が福岡市総合図書館で開催されている。その上映作品のひとつ、1987年という革命後まもない時期に当時の社会主義ベトナムの体制を痛烈に批判したダン・ニャット・ミン監督の『河の女』をクリエイティブプロデューサーの三好剛平さんがRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で紹介した。
ベトナムとその映画の歴史
まずは簡単にベトナムの歴史と、その映画の歴史をご紹介したいと思います。
ベトナムは、1945年に第二次対戦が終了した後にも実に30年以上ずっと戦争が続いた国でもあります。特に1960年代前半から、冷戦中の社会主義VS資本主義の代理戦争として南北ベトナムが争う「ベトナム戦争」が勃発し、歴史に残る凄惨な戦争が1975年まで続きました。戦争は社会主義勢力である北ベトナムが勝利し、これが母体となって1976年に建国されたのが、現在に続く「ベトナム社会主義共和国」です。
一方、そのベトナムの映画はというと、実は19世紀末にフランスでリュミエール兄弟が映画を発明してすぐにベトナムにも映画は伝播していたようなのですが、国としての「映画の誕生」を記念しているのは1953年とされているようです。これはベトナム“建国の父”ともいわれるホー・チ・ミン主席が、映画を政府のプロパガンダとして利用していくべく、国営での映画づくりを始めたタイミングでもありました。
以降ベトナムでは国家主導による映画づくりが進行していきますが、1976年の南北統一、そして1979年の中越戦争のなかで、深刻な社会の現実と国家が推奨する映画づくりのあいだにギャップが生まれ始め、そのことが新しいベトナム映画を模索していく動きとなっていきます。本日ここからご紹介するダン・ニャット・ミン監督は、まさしくその時期から才能を発揮しはじめた監督です。
「ベトナム映画の二人:ダン・ニャット・ミン & ヴィエト・リン監督」
さて、今回ご紹介する「ベトナム映画の二人:ダン・ニャット・ミン&ヴィエト・リン監督」特集です。1980年代から現在に至るまで、ベトナム映画の重要監督として活動してきた2監督の歴代名作を一挙上映する特集上映です。会場となるのは、日本では2つだけの国際フィルムアーカイブ連盟に所属する、福岡が誇るべき映画/映像施設=福岡市総合図書館です。ここの福岡フィルムアーカイブが所蔵する二人の監督のフィルム作品をはじめ、日本初上映作品を含む計13本の作品がプログラムされた上映企画となっています。
本当ならここから13作品を一つずつご紹介したいのですが、お時間の都合上、今日はそのうちの1本、ベトナム映画の最重要監督である巨匠・ダン・ニャット・ミンによる1987年の代表作である『河の女』をご紹介します。
舞台はベトナム戦争中、ベトナム南部のフエを流れるフォン河から始まります。その河には、軍人を相手にする娼婦たちの舟があちこちに浮かんでいました。主人公は、貧しい家庭環境からやむなく娼婦として働くしかなかったニュエという女性。彼女はある日、傷を負って舟に逃げ込んできた解放戦線のリーダーをかくまいます。ニュエはその男と恋に落ちますが、男の名前も聞かぬまま、いつかの再会を胸に願いながら、男を戦場に送り出します。やがて戦争が終わり、ある日ニュエは街中で政府高官となった男を見かけ、その元を訪ねるが——、というあらすじです。
この映画、いわゆる1980年代のベトナム映画ということもあって、僕も鑑賞前には、素朴なタッチのメロドラマのような映画かな…と高を括って見に行ったのですが、完璧に予想を裏切られる、非常に洗練された傑作でした。ヒロインの回想と独白に始まる映画の構成が、後半に起きていく悲劇とどのように結ばれていくのか。劇中で読まれるある一編の詩は、映画後半に向けてどのように残響していくのか。劇中に登場するあの「男」とは、誰あるいは何を象徴していたのか。
監督の代表作という触れ込みに違わぬ傑作であり、劇中における女性あるいは個人の尊厳に向けた確固たる姿勢も含め、これは映画として、そして映画人、ひとりの人間の作品として、圧倒される完成度を持った映画です。
ちなみにこの映画は、後半に向かって当時の社会主義ベトナムの官僚主義や体制を痛烈に批判する作品となっていくのですが、1987年という革命後まだ歳月もそれほど空けていない時期に、こうした映画をつくることは監督にとってもかなり覚悟がいる挑戦だったはずです。実際この映画はベトナム国内でしばらく上映を禁止されていたといいます。しかし監督はこの映画が公開された87年のインタビューでは「人生の真実を語り、我々を取り巻く環境、そして国の状況を、真実を持って描くこと」は自分に「天から与えられた使命」であり、そのためにも映画を通して「警告を発し、社会における人と人の関わり合いを、より良いものにしていくことが目的なのです」と語っています。こうした映画人としての気概に満ちた紛れも無い傑作なので、どうか是非とも見逃さずにおいてほしいと思います。『河の女』は今週末の10/15日14:00、そして10/26木11:00の上映が残っています。
また、10/21土11:00と14:30には、今回特集されたベトナム映画の巨匠2名であるダン・ニャット・ミン監督とヴィエト・リン監督の代表作上映とオンライントークがセットになったイベントも用意されています。いずれもベトナム映画界の生ける伝説ともいうべきお二人の生のお話をお聞きできる貴重な機会なので、こちらも是非あわせて参加されてみてはいかがでしょうか。
「ベトナム映画の二人:ダン・ニャット・ミン & ヴィエト・リン監督」
会期:2023年10月4日(水)~26日(木)
会場:福岡市総合図書館 映像ホールシネラ
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