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財津和夫、エッセイを綴るという事と作詞をするという事は似て非なるものだと説く

ラジオ

TULIP・財津和夫が、時には読書の秋を迎えての思いを話す『グランドメゾン プレゼンツ 財津和夫 虹の向こう側』。今回は、書き手の立場から、詞とエッセイの手法の違いなどを中心にお伝えします。

財津の「猫と犬の秋」宣言

読書の秋となりました。リスナーからの『じじいは蜜の味』読後の感想メッセージに関して、今回もインタビュー番組のノリで下田アナが財津へ質問を始めます。
下田:「『比喩表現とかシーンの描写がくっきり思い浮かぶ』(というお便りですが、)エッセイを綴るという事と作詞をするという事は、言葉を使う上で何か共通点があるものなのか、それとも全く違うものですか」
財津:「似て非なるものですね。歌ってメロディが付くからダラダラ書けない。でも文章って、説明するからまた面白さが出てくる場合もある。歌は、説明的であればそこでもうダメです。だから似ているようでやっぱり違うな、と思いますね」
続いては、書く時の順番や手段についての質問に。
下田:「文章を書く時は、ずっと頭の中で考えてから机に向かうのか、それとも考えながら書いていきますか」
財津:「普段は何も考えていない、いや考えられない方かな。ボーっと生きているんで。でも締切というものがある。自分でもなんでこの仕事引き受けてやってるんだろうな、と思う事がよくあるんです。『ああ、また締切がきた。考えなきゃ』と頭を絞るように机に向かって考えていますけども、出てこない。で、諦めたように散歩していると『あ、これがいいかな』とか浮かんできたりします」
ちなみに、作詞も文章も全て手書き。パソコンは持っていないそうです。
下田:「比喩って『これ使おうかなぁ』と思って書くんですか。それとも感性で生まれるんですか」
財津:「比喩はダジャレですよ、簡単に言うと。だから比喩表現するとき、何に例えたら一番良いのかって、それを考えている時が、楽しいですよね」
言葉って宝だし、力になるし、一方で人を傷つけたりすることもあるし、傷つけてもなお言わなきゃならないこともあるし、と下田アナが経験を踏まえての発言をすると、財津が今日一番の(?) 本音で答える。
「言葉って、今(下田アナが)言ったようにちょっと面倒なことがあるじゃないですか。だから、犬とか猫とかに向かって『仲いいもんね僕たち』って一方的に言いながら、(その後は)言葉なしで交流している瞬間が、本を読んでいる時より好きだなぁ」
下田:「じゃあ、読書の秋ではないのかしら」
財津:「あら、困ったな。猫と犬の秋にしちゃおうかな」
という事で、予告していた「最近読んだ本」については言及できませんでした。ゴメンナサイ。
今日の一曲は、介護施設で働いているというリスナーから、入所されている方々に覚えていただいた曲というメッセージ付きのリクエストで、財津和夫「切手のないおくりもの」。この番組でも何度かお答えしているように、リクエストが多い曲のひとつです。1977年(昭和52年)の発表、翌1978年はNHKみんなのうたでの放送で大きな反響を呼び、財津自身も何度かリメイクし、また多くの歌手によるカバーバージョンが競作されています。

長野の泣き虫カズちゃん

TULIPアンコール公演がスタートしています。来週10月29日は長野での開催。長野での公演、何か思い出はありますか、と下田アナから質問された財津、なぜか苦笑しながら
「その質問、ある意図がありますね・・・泣いちゃったんですよ、ここで。『泣き虫カズオ』なんでね」
どうして泣いちゃったのかなぁ、と下田アナが子どもに尋ねるような声をかけると
「客席を見たら、歌いながら泣いている人がいたんです。なんとなく泣いている、涙を浮かべているというのではなく、ハンカチ出して肩を揺らしながら泣いている人を見たら、つられちゃいましたね。これが老人の連鎖反応ですよね」
恥ずかしがっている財津に、心の交感ですよ、と下田アナが締める。もう長野は福岡よりも涼しいでしょう、どうぞ体調にお気をつけてお過ごし下さい、とも。

次回10月29日の放送は、通常通り18時15分(午後6時15分)から。
「希望」についてお話しをします。

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