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財津和夫、一人暮らしのアパートで見ず知らずの女子高生に寝起きを襲われたビックリ体験を語る

ラジオ

TULIP・財津和夫が、時には独身時代の青春を振り返る『グランドメゾン プレゼンツ 財津和夫 虹の向こう側』。今回は、TULIPデビュー後に経験した一人暮らしに関するエピソードをお話しします。

 

侵入者と電話に悩まされた独身時代

3年前の国勢調査の結果では、単身(一人)世帯の割合が38.1%となっている。高齢化による配偶者の死別、3組に1組ともいわれる離婚の増加、そして「おひとり様」というライフスタイルの定着・・・最初からニュースのような書き出しとなりましたが、今回は、財津の一人暮らしの経験とそのエピソードについて思い出を語ってもらいましょう。
「ウチは貧乏だったので、高校を卒業したら『お前はもう大学に行かなくていいと』(親に)言われ、じゃあ大学には行かなくていいんだったら何をしようかなぁ、そうだ一人暮らししようと思い立って、浪人生ではないんだけど受験のためという建前で四畳半みたいなところで一人暮らしをしました。それが最初なんですけど、ほんの数か月ぐらいでしたね」
「本格的に一人暮らししたのは東京に行ってからです。最初はTULIPのメンバー5人、南青山の木造アパートで共同生活でした。南青山というと聞こえはいいんですが、50年前はまだ畑がいっぱいあるような状態でした」
「心の旅がヒットして『そろそろバラバラに住もう』という事で、2人-2人-1人に分かれて住むことになり、私が一番年上だったので、ひとりで(杉並区)高円寺というところに住みました。5階の玄関のドアを開けたら富士山が見えて、気持ちいいんです。昔ですから、治安がどうだとかいう話ではなかったので、夏はいつもドアを開けて寝てました」

※本文とは直接関係ありません。富士山のイメージカットです。

え、ドアを開けて?! と、下田アナにびっくりされると、ここから一人暮らし話の核心に入っていきます。
「いや、もう本当にそんな時代でしたから。そしたら、ある朝『財津さん、財津さん』と揺り動かされて目が覚めたんです。フッと見たらセーラー服を着た女子高生が僕を起こしているんです。これ、絶対夢かな、と思ったんですけど、リアルな出来事だったんです」
「『何やってんの、こんなとこで!』と言ったら、『ドア開いてたんで、入ったら財津さんまだ寝てたから、起こしてあげました』」
え、ファン?! ちょっと、どうして、と下田アナの低いはずの声が最高潮に高くなる。
「ホントにね、今考えたら色々チャンスだったなと思うんですけど(笑)・・・、真面目だったんですね、当時。『お父さんお母さんに怒られるよ、こんなことしたら!』と、心の底からそう思って、追い出しましたね」
どうしておウチがわかったのかしら、と下田アナが冷静さを取り戻すと
「昔は電話帳に番号出てたじゃない。そんな時代ですから。しかも玄関が開いてますから、女子高生じゃなく泥棒でも入ってこられるし」
一人暮らしに関する、リスナーのお便りの紹介を挟んで、今度は、その電話に関するエピソードへ。
「勿論(当時は)携帯なんかないですけど、さっき言ったように電話帳で調べればわかるので、電話が鳴るんです。売れた後ですから、1分間に1回ぐらい鳴りましたね、ひっきりなし。眠れないんで、毛布で包んでから寝ましたよ。それでも薄―く『ルルルー、ルルルー』と聞こえるんですよ、若かったから耳いいし」
あのあたりから、頭おかしくなったかもしれないし、田舎もんが東京に行くとこうなるんですよ、と、エピソード披露の後、述懐する財津でした。


今日の一曲は、やはり富士山がベランダから見えるというリスナーのリクエストで、TULIP「心の糸」。
1978年(昭和53年)発売のアルバム「Upside-down」の冒頭に収録されている。男の失恋には未練がたくさん、という定説に従った(?) 未練満載の歌。曲名紹介後、下田アナの「心の糸、結んでいますか。財津さんの糸、今どうなっていますか」のアナウンスと財津のこっそり笑いが意味深長です。


次回12月10日の放送は、通常通り18時15分(午後6時15分)からの予定です。
同窓会の思い出などをお話しします。

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