「誰かの役に立ちたい」レモネードスタンドがつなぐ遺志~小児がんで娘を亡くした母親

小児がんの患者を支援する募金に協力した人にレモネードをふるまうレモネードスタンドという活動が、先週末、福岡市で実施されました。4年前に亡くなった娘の思いをつなごうと、街頭で支援を呼びかけた1人の母親を取材しました。

◆寄付のお礼はレモネード


週末に博多駅前で実施されたレモネードスタンド。小児がんを経験した子供やその保護者が患者を支援する募金を呼びかけ、寄付をした人たちに冷たいレモネードを手渡しました。

今から22年前、アメリカで1人の女の子が始めたこの支援活動は、今では世界中に広がっています。

小児がんを経験・井之口航くん「0才の時に白血病に。募金してくれたら病院の人たちも頑張れるかなと思って」

◆抗がん剤治療で家族に日常が戻る
医療の進歩で日本では小児がんの7割から8割を治せるようになったものの、今も年間に500人近い子供たちが命を落としています。

毎年、レモネードの活動に参加している添田友子さんは、4年前に次女の千歳ちゃんを小児がんで亡くしました。

千歳ちゃんは3歳の時、発熱をきっかけに病院で診察を受けました。

添田さん「一度抜けて、ロングヘアーになった後に、あっという間に抜けちゃったんですね。すぐに福大病院に行ったらその日のうちに検査になって、夕方には白血病と言われそこから帰れなくなりました。もう信じられないし何かの間違いだと思うし」


診断された病名は、急性リンパ性白血病。辛い抗がん剤治療と入院生活が1年続きましたが、そのかいあって寛解状態に。家族に再び日常が戻りました。

◆学校に通えたのは4か月

添田さん「家族みんなで寝られる、嬉しいね、公園も行ける最高やねっていう毎日を過ごし。ランドセルを買ってあげられる喜び、嬉しくてどれでもいいよ2個でもいいよ、頑張ったもんねと言って買いました。希望に満ちていましたね」

退院の2年後、小学校に入学した千歳ちゃんは、夏休みにレモネードスタンドの活動に加わりました。

添田さん「自分は元気にしてもらったけど、今も病院で頑張っている子供達がいるんだったら自分は力になりたいと言っていたので。いつもしてもらうばかり、ありがとうと言っていることが多かった自分が誰かにありがとうと言ってもらえることができることが最大の喜び」


しかし、その1週間後に白血病を再発。学校に通えたのはわずか4か月でした。臍帯血移植を受けて一時退院したものの、またすぐに発症。このとき、医師から余命宣告がありました。

添田さん「ちーちゃんが大きくなる姿を見ることはできませんと言われていた。やりたいことをやらせてあげてって言われるんです。それに対して私はいや、まだ治療にのせてくださいと」

◆誰かの役に立つために


千歳ちゃんがやりたいことは「誰かの役に立つこと」。4時間におよぶ輸血を受けて再びレモネードスタンドに立ちました。千歳ちゃんの絵日記に描き残された思い出は、この日が最後です。2018年8月6日、7歳で亡くなりました。

添田さん「千歳が亡くなってからはできれば部屋から出たくない、布団からでたくない、何もしたくないんですよ」

つらい記憶から逃れるため、一時は実家に戻って駄菓子屋を手伝い、今年1月には千歳ちゃんと暮らした街に新しい駄菓子屋をオープンさせました。

店に集まる子供たちの笑顔に癒やされたことや、地域の人たちが支えてくれたことで少しずつ前を向けたといいます。

◆今もレモネードがつなぐ遺志


店内には、小児がんと闘う子供を支援する募金箱を置き、レモネードを配っています。ポスターなどを貼った啓発コーナーも設けました。

千歳ちゃんの同級生「千歳ちゃんとたくさん話したり遊んだりしていたことを覚えています」
来店客「小さい内から知っていたら違和感なくいろんなことを考えられるだろうし親たちもそうですよね」

レモネードスタンドも、千歳ちゃんの思いを受け継ぐ大切な活動の一つです。

添田友子さん「つらい闘病も、未来を奪われてしまったこともずっと代わってあげたいと思っていた自分が、今、それはかなわないので。千歳が病気の子どもたちの力に少しでもなりたいという思いを繋いでいけたらと、その一心です」

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