「小呂島」知っていますか?

「小呂島」知っていますか?

みなさん、小呂島ってご存知でしょうか?透き通った海。美味しい海の幸。島に住む男性のほとんどが漁師なので早朝に仕事を済ませ、奥さんたちもその手伝いをすることから、夕方には西日を浴びる島にふさわしいゆっくりとした時間が流れています。

波の音と共に夕飯を食べたあとの子どもたちが遊ぶ声も聞こえてきます。宿泊施設やレジャー施設もないので、島外からのお客さんは、たまに来る工事関係者と釣り人のみ。昔ながらの島の暮らしが続いています。

とても魅力的な離島、です。

僕は今年5月29日午前10時放送(2022年)「新窓をあけて九州」の取材で小呂島に何度もお邪魔しました。

日々、仕事や家庭の用事、子どもの習い事などで時間に追われている僕にとっては、心の底から安らげる場所でした。島に泊まった日「今日の夜は何をしよう」と考える余裕がありました。ありきたりな表現ですが、流れている時間が違いました。ですが、取材を進めると小呂島の印象が少しずつ変わってきました。

今はとても魅力的な離島、ということです。

岐路に立つ離島

そもそも「小呂島」を読めますか?「おろのしま」と読みます。場所は、福岡市西区にある姪浜渡船場から約40km、船で65分の距離にある離島です。それだけ離れているのに住所は福岡市西区、福岡市で最北端最西端に位置しています。こうして書いてみると特長がたくさんあるのですが、僕は個人的に福岡市民でも「小呂島」の存在を知っている人は少ないと感じます。僕もその1人でした。「おろのしま」という音は耳にしたことがあっても、福岡にあること、そして場所はどのあたりなのか、どんな島なのか、など気に留めたこともありませんでした。

島の未来に危機感を抱き、島おこしを始めた青年を取材させて頂きました。島田乾生さん(しまだげんき・31)です。乾物の「乾」に生魚の「生」、漁師になるために生まれてきたかのようお名前です。島の人口は、ここ20年で60人ほど減っているそうです。200人前後のうちの60人なので約30%の減少です。それを象徴するような言葉を乾生さんから聞くことができました。

小呂島は、空き家はないけど人口は減っている。

どういうことか。人口減少の大きな理由は高齢者が亡くなることと出生率の低さですが、小呂島にはもうひとつの理由がありました。職種がほぼ漁師に限られることもあり、若者が島外に出て行くということです。乾生さんが島おこしを始めたきっかけは、4年ほど前に年齢が近い漁師仲間が5、6人島を離れたことだそうです。その仲間に家族がいた場合は3倍、4倍の人口が短期間で減ったことになります。

島の外との結びつき

乾生さんの島おこしのポイントは、島の外の人や産業を巻き込んでいけるかどうかにあります。「島の高齢者はどうしても島の中だけで解決しようとする」(乾生さん談)。小呂島には高校がないため、進学する人は一度必ず島から離れます。
ですが、今の親世代は中学卒業後に漁師を継いでいる人も多いのです。その環境で島の問題を解決しようとした時に「島の中だけで解決しようとする」のは当然だと思います。

乾生さんは本人曰く「親の漁師の仕事を継ぐ宿命を実行した最後の世代」で、福岡市の高校に進学し、卒業後すぐに漁師になるために島に戻ったそうです。
しかし、ここから少しだけ将来の島おこしのコンセプトに繋がる出来事が起こります。なんと乾生さんが、あの三代目J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEメンバー募集に応募し、最終選考まで残ったのです。それから決定するまでしばらくの間、小呂島と東京を行き来する生活が始まります。そして、ライブの場やテレビ番組の取材などを受ける時に「小呂島出身」をアピールしていったのです。
その行動により、小呂島への反響を実感した乾生さんは島の外からでも故郷を応援することができることに気づいたそうです。

今ではひと月の半分は島を離れ、島外で小呂島のPRを続けています。特産品の鰤フレーク「しまごはん」を持って各地のマルシェへ参加したり、大学の授業とコラボレーションすることでご当地キャラを作ったり、大型商業施設での「小呂島のぶり祭り」を開催したりしています。

島の子には外の世界を見てほしい

乾生さんは島の小中学校から依頼を受けて、子どもたちの教育にも参加しています。
自身がそうだったように島の外に出て、いろんなものを感じて島の発展に関わって欲しいという思いがあるのです。

街で生活している子どもに比べて、島の子は多くの大人と話すことや社会の様々な場面に触れる機会が少ないので、今のうちに訓練しておこうという狙いもあり、昨年「漁師カード」の作成を地元の小学生と一緒に行いました。乾生さんと一緒に、小学5、6年生の全生徒4人が漁師さんを訪ねて島を歩き回り、趣味は?好きな食べ物は?とインタビュー、さらには写真も撮影。

それをプリントしてカードを作成したのです。そして完成したカードは、島外のイベントで「しまごはん」のおまけとして無料配布し、島おこしにもつなげました。

乾生さんは「小呂島出身者は島を離れても島への愛は持ち続ける」と信じています。

長男の宿命として島田家4代目として受け継いだ漁師の道を、新しい形に変え島おこしに奮闘する乾生さんの活動はまだまだ始まったばかり。目が離せませんし、離しません!

(水深15mの海を素潜り。銛で魚をついて上がってきた乾生さん)

THE WRITER

松井聡史 / RKBテレビ制作部ディレクター
松井聡史 / RKBテレビ制作部ディレクター
カメラやパソコンよりも土を触ってる時間の方が圧倒的に長いRKB農園部(自称)。最近の仕事は、生ごみのコンポスト、畑の水やり、除草作業、野菜の販売、そして時々、番組企画書の作成。RKBラジオよなおし堂ではレギュラーでコーナーを持ち、SDGsを発信している。

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