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主人公は明仁と美智子!問題小説の作者・映画監督の森達也に聞く

宮中で、天皇と皇后はどんな会話を交しているのだろう。想像することしかできないが、映画監督の森達也さんは小説『千代田区一番一号のラビリンス』で、その会話を描いた。もちろん創作だが、数々のドキュメンタリーを制作してきた森さんが表現した天皇の姿とはどんなものなのか。そして執筆の動機は?RKB報道局の神戸金史解説委員が、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、森さんの言葉を伝えた。 神戸:今日はおすすめの本を紹介したいと思います。現代書館から出版されている『千代田区一番一号のラビリンス』。小説です。本の冒頭を、私が読んでみましょう。

髭を生やした半裸の男たちが、体中に槍や矢を刺されて息絶えたばかりのマンモスの巨体の横で、手にしたカップヌードルを嬉しそうに食べている。……マンモスは食べないのかしら。じっと画面を見つめながら、妻がひとりごとのようにつぶやいた。
神戸:そして、夫婦の会話が進んでいきます。「どうやって持って行くのかしら」「マンモスを」そんなやりとりがあります。

そう言ってからテレビ画面に視線を戻せば、CMはもう終わっていて、再びクイズ番組が始まっていた。
神戸:なんか家庭的な感じ。ちょっと聴いてください。

「昔のクイズ番組とはずいぶん違うね」

しばらく番組を眺めてから、明仁は言った。(中略)民放のバラエティ形式のクイズ番組を観るなどいつ以来だろう。美智子は小首を少しだけかしげながら、そうかしらとつぶやいた。
神戸:主人公は「明仁」、妻は「美智子」という小説なんです。つまり譲位前の天皇と皇后の物語なんですよ。

 

田畑竜介アナウンサー:はー……。

 

武田伊央アナウンサー(以下、武田):え!?そんなフランクな会話をされるんですか!?

 

神戸:いや、これ小説です(笑)

 

武田:あ、すみません!

 

神戸:さあ、この夫婦の会話をコピーして持ってきました。お二人に読んでいただきましょう。

「昔は視聴者も一緒にクイズの答えを考えたけれど、最近は高学歴の出演者たちが難しい質問に答えるかどうかを観る番組が主流のようだよ」

「詳しいのね」

「新聞で読んだ」

「そういえば前に、テレビを観ると社会の変化がわかるって言っていたわね」

「そんなこと言ったかな」

「言いました」

「でも実際にそう思うよ」

「社会の何が昔と変わったのかしら」

「なんだろう。一言では言えない」

「芸人さんは増えたわね」

「そうだね」

「みんな笑いたいのかしら」

「そういうことかな」

 

妻の視線を右頬に感じながら、そろそろうんざりしてきたのかなと明仁は思う。そういえば以前、リモコンを操作していてたまたまバラエティ番組にチャンネルがあったとき、日本のテレビ番組はなぜこれほど音がうるさいのかしらと首をかしげていたことを思い出した。
神戸:首をかしげていたのが、美智子さん……。「こんなやりとりを皇居で本当にしているのだろうか」と考えてしまいます。この本のタイトルは『千代田区一番一号のラビリンス』。皇居の住所は「千代田区千代田1番1号」なんです。皇居の地下にあるラビリンス、「迷宮」を、当時の天皇・皇后お二人が訪ねていくというのが後半に出てくるわけです。

 

神戸:これを取材している人の一人称で書かれていますが、「森克也」という名前になっています。著者の森達也監督のことですね。映画監督であり作家である森さんは、オウム真理教のドキュメンタリーを撮って世界的に評価されたり、『放送禁止歌』を発表したり、『フェイク』、『i―新聞記者ドキュメント―』など、話題になる映画をいっぱい作っていらっしゃる方で、こんな小説も書くんです。この本を番組で取り上げるにあたって直接森さんに電話してお話を聞きました。

(神戸)書評にはどのぐらい取り上げられました?

(森)書評は、新聞は3つぐらいじゃなかったかな。大手の週刊誌の書評欄とか、ああいうところには全然載ってないですね。

(神戸)やっぱりタブーなんですかね。

(森)タブー的な要素もあるし、扱いづらいんでしょうね。つまり、「反天皇制」かっていうとそうでもないし、かといって「天皇制肯定」ではもちろんない。どういうスタンスで扱えばいいんだろうみたいな、そういうポジションにあるからじゃないんじゃないかなって気はしますけどね。
神戸:この物語の主人公「森克也」さんは、ドキュメンタリー番組を作っている方です。憲法1条=日本国の象徴である天皇に関するテレビドキュメンタリーを作りたいと考えた。この企画の難点は、天皇と会って映像を撮ることにあった。どうやったら皇居に入れるのか、必死に考えていく。小説の中ではありますが、同時並行で天皇一家の会話が出てきます。そして、会えることになっていくわけです。それには、「山本太郎」という国会議員が大きな役割を果たします。

 

武田:え!?

 

神戸:実在の人物が小説の中に出てきて、動いちゃうんですよ。同姓同名ですから山本太郎さんのことを考えているんだろうと思いますけど、本人の承諾を得たかどうかは知りません。皇居の地下には、実は迷宮がある。そこを主人公たちが訪ねていく。だんだん後半にいくにつれて、どんどんファンタジーになっていきます。どうしてこんなことを考えたんだろうと思うような、中身です。「美智子は」「明仁は」と物語を展開していくわけですね。「どうしても天皇に会いたいんだ、僕は!」と言って、なんとかしてチャンスを画策していく主人公を見ると、ハラハラする。ちょっとサスペンス的なところも感じますね。そこで、森さんに聞いてみました。

(森達也さん)日本人を考えるときに「穢れ」と「清め」は、けっこう重要なキーワードだと、ずっと意識の中にありました。例えば、犯罪者家族に対してこれほど苛烈な扱いをする国って、そうないと思うんです。死刑制度をいまだに残していることもそうだし、福島とか、被害に遭った人たちに対しての差別的な眼差しもあります。在日外国人に対しても同じです。どこかで「穢れ」的な要素を……つまり神道ですよ。そうしたものがあるのかなって気が、ずっとしています。神道を考えると、やっぱり天皇制ですから、この国を考える時は、宗教とは言い難いと思うんだけど、神道的な感覚っていうのはけっこう大事なんじゃないかなと。
神戸:日本の現状を考える時、「穢れ」と「清め」はやはりどこかにあるんじゃないか、と森さんは考えているようです。それを考えるためには、天皇に触れざるを得ないではないか、と。実際にインタビューしたいけど、それが無理だったら自分の中で妄想してみよう、と考えたようですね。

 

神戸:ある新聞の書評欄には、書評家の岡崎武志さんが「こんなことが本当に書かれていいものか、という怖れと好奇心が先へ先へとページをめくらせる。『問題作』というしかない。一番読んでもらいたいのは、もちろん当代の上皇と上皇后さまである」と書いていました。かなりの話題作だと思います。

 

神戸:森さんは現在、初の劇映画「福田村事件」というのを撮ろうとしています。関東大震災は来年発生から100年、そのとき朝鮮人が虐殺されていきますが、香川県から来た行商人の一行が朝鮮人と間違えられて9人が殺害される事件が千葉県の福田村(現・野田市)で起きた。それを映画にしようというふうに考えているそうです。クラウドファンディングも求めていますので、本を読んで映画にも協力してあげたらどうかなと思います。

 

森達也著『千代田区一番一号のラビリンス』(現代書館、税別2200円)
http://www.gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-5913-3.htm
 

森達也第1回劇映画監督作品 映画「福田村事件」(仮)
https://a-port.asahi.com/projects/fukudamura1923/
 

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