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「人が時間に支配されている」タイパ重視の風潮に潟永秀一郎が疑問

ラジオ
歌はサビだけ、ドラマや映画は1.5倍速や早送り――大まかな筋だけ、あるいは結末だけ分かればいい、時間がもったいない、といういわゆる「タイムパフォーマンス」とは何なのか? RKBラジオ『立川生志 金サイト』で、元サンデー毎日編集長・潟永秀一郎さんは「人が時間に支配されている気がする」とこの風潮に疑問を呈した。  

「ファスト映画」違法アップロードに5億円の賠償命令

ことし11月、「ファスト映画」を動画投稿サイトに投稿して利益を得ていた2人に計5億円の損害賠償を認める判決が出ました。「ファスト映画」というのは、2時間前後ある映画を10分ほどに短く無断で編集したり、静止画に字幕やナレーションを入れたりして流し、結末まで簡単に見せるものです。

 

映画や漫画などの海賊版対策を行う「コンテンツ海外流通促進機構」によると、昨年6月時点でYouTubeの55のチャンネルに国内外の映画約2100本が投稿されていました。総再生回数は約4億8000万回に達し、被害総額は1000億円近くにのぼると推計されています。

 

今回裁判になったのは、このうち宮城県警に昨年、著作権法違反容疑で逮捕された男女2人です。『シン・ゴジラ』など54作品を無断で編集してYouTubeにアップし、およそ700万円の広告収入を得ていたといいます。

 

先に刑事裁判の判決が出ていますが、いずれも執行猶予付きの有罪判決で、罰金は主犯格の男でも200万円でしたから、刑法の限界ではありますが、収益に比べて少なく、これではある意味「やり得」になりかねないため、大手映画会社やテレビ局など13社が、2人に計5億円の損害賠償を求めて提訴し、満額の賠償が認められた―――と、そういう経緯です。

 

2人とも20代で、5億円なんて賠償金とても払えないでしょうから、まあ自己破産でしょうが、制作側の狙いは「摘発されたら一生終わり。全く割に合わないからやめておこう」という抑止効果です。原告も判決後の記者会見で「著作権侵害に対する大きな抑止力になる」と歓迎しました。

 

ちなみに、この損害賠償の前提となった宮城県警による逮捕は、全国初の「ファスト映画投稿者の摘発」で、実はこの後、日本映画の投稿チャンネルは相次いで閉じられ、今はほとんど残っていないといいます。よく「最大の犯罪抑止は『検挙』だ」と言いますが、まさにそれを裏付けた一例とも言えそうです。

タイパ重視の世の中、ファスト映画には需要もあった

ただ、この事件の背後にあるのは「需要」です。つまり、見る人がいるから広告収入が得られるわけで、今回で言えば54作品で1000万回、1作品当たり20万回近く再生されています。つまり、日本には少なくとも10万単位の違法なファスト映画視聴者がいるわけで、もし制作会社が正規のファスト映画を作ったら、視聴者数はもっと跳ね上がるでしょう。

 

まあ、映画もドラマも倍速やシーンを飛ばして見る人がいますし、小説もネット上のサイトで筋と結末だけ読む人がいるわけですから、違法でない限り、楽しみ方は個人の自由なんですが、私なんか、そうまでして目を通すだけに時間を費やす方が、時間の無駄だという気がします。

 

もちろん中には仕事上必要な人もいるでしょうが、多くは「知っておかないと時代に遅れる」「話題についていけない」という、ある種の強迫観念に追われているんじゃないでしょうか。実際、映画『鬼滅の刃』が大ヒットしたとき、親御さんが見に連れて行ってあげられない子が疎外感を感じるとか、代わりに友達の親御さんが何人も連れて行ってあげるとか、話題になったことがありましたよね。その延長線上に、このファスト映画もあるように思えるんです。

情報量は20年前の6000倍に

そして、もう一つの背景が、情報量の急増です。以前、現代人が1日に受け取る情報量は平安時代の一生分――というお話をしましたが、近年圧倒的に増えているのは、言うまでもなくネット情報です。総務省によると、20年前、2002年のインターネット上の情報量を1とすると、2020年は6000。実に6000倍ですよ! もちろん、文字から画像、動画へとコンテンツ単位の情報量が飛躍的に増えていることもあるんですが、私たちが日々受け取る情報量も、5Gのスマホ時代になって急増していることは間違いありません。

 

これも個人差は大きいですが、例えば、仕事や学校の授業のほかにLINEもTwitterもインスタグラムも使っていて、YouTubeで動画も見て、配信音楽聴いて、テレビドラマも録画で見て…なんて生活していたら、隙間時間がほとんどないどころか、睡眠時間まで削っちゃいますよね。だから、一つ一つを短縮するしかなくなるんですね。

 

人間の脳の大きさは3万年以上前からほとんど変わっていないのに、受け取る情報量だけが増えていくので、現代人は慢性的な疲れが抜けない「蓄積疲労」の状態にあると言われています。

 

仕事一つとっても、かつては移動中や家に帰ればオフだったのが、今はスマホがあればメールチェックとかできるので追われ続けますし、友だち付き合いも、LINEに反応しなければ既読スルーとか言われるし、特に視神経からの影響が大きいとされ、スマホやパソコンなど発光するディスプレーを見続けることで脳はますます疲弊するそうです。

「タイパなんて早くおさらばしたい」

で、今更ながら思うんです。現代人は幸せなんだろうか? って。確かに生活は便利になって、洗濯も炊飯も掃除も、遠からず車の運転まで自動。テレビもラジオも配信サービスを使えば、ほぼ全国どこでもスマホで視聴できて、欲しい情報もコミュニケーションも、この手のひらの中。それどころかメタバースなんて、もう一つこの実社会以外の世界まで持てるという――それは確かに、私たちが子供の頃、描いた夢ではありました。

 

でも、それって幸せなのかなぁ、と、このファスト映画の件を調べながら考えました。それは単に年を取ったということかもしれませんが、上野や浅草で寄席や映画を見て、なじみの居酒屋のカウンターで顔見知りと馬鹿話ししながら杯を重ねたり、海岸で何をするでもなくボーっと海を眺めていたり、そんな「余白」が、しみじみ恋しいし、大事だなぁと。「タイパ=タイムパフォーマンスなんて、早くおさらばしたい」と、忙しい師走を迎えて思うんです。

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